第4話 担任と、クラスメイトの皆様方
凪いだ水面のような、穏やかな表情と声。薄く微笑みつつ、彼女はそう訊ねてきた。
「いいえ……?」
事実迷っていたつもりのないリリティアは、なぜそう見られたのかを不思議に思いつつ、首を横に振る。
「あら、そうなの? では、自分の意思で? こちらの貴女とは、きちんと話をしてあるの?」
「!」
『こちらの貴女』という彼女の言い方に、リリティアははっと目を見開く。
「貴女――わたくしのことが分かるの?」
「……ええ。そうね。おそらくわたしに見えている貴女と、皆が見ている貴女は違うのでしょう」
「貴女にはどう見えていると?」」
「魂とは肉体であり、肉体とは魂」
そっと囁くように、そう告げる。
「金の髪に青い瞳の、貴族のお嬢さん。わたしの名前は
「リリティア・フィー・ラミュアータよ。けれどわたくしは悪戯に面倒を引き起こすつもりはないの。特別にリリと呼ぶことを許してさしあげるわ」
その呼び名であればこちらの体にとっても正しく名前なので、奇妙に思われずに済むだろう。
「そう。では、リリちゃん。――あ」
何事かを続けようとして、しかし真紀は言葉を切った。
「いけない。遅刻をしてしまうわね。話はまた今度にしましょう」
軽く会釈をすると、真紀は校舎に向かって行こうとする。
「ま、待ちなさいっ」
反射的に、つい、呼び留めてしまった。
真紀はリリティアの呼びかけに応じて足を止め、振り返る。
「どうしたの?」
「え、ええと――」
尋ねられて、答えに窮した。
聞きたいことも言いたいことも沢山あるはずなのだが、沢山あり過ぎて時間が足りない。真紀の判断が正しい。
なのに呼び止めてしまったのは、リリティアが焦っていたからに他ならない。
「……あ、わたし、三年六組。生徒会長なの。よろしく」
「よ、よろしく……」
『また今度』話すのに自分の情報が足りていないと思ったか、真紀はそう付け加えた。
「リリちゃんも、行こう? 遅刻してしまうから」
「ええ、そうしますわ……」
自分の中でさえ聞きたいことがまとまっていないリリティアに、うなずく以外の道はなかった。
体育館で入学式を終えたリリティアは、これから三年間クラスメイトとなる皆と共に、一年一組の教室に足を踏み入れた。
新設の学部のために受験者が少なく、学年が変わってもクラス替えがないとのことだ。
璃々が選んだ学科は、商業会計科。兄である緋々希が経済学部――数字の方に進んだので、自分はビジネス・マネジメントを勉強し、売り場の見せ方に貢献しようと薄っすら考えたようだ。
(本当に何も考えていないわけではないようだけど……。げ、現場……。このわたくしが……)
あくせく働いて金を得るなど、正に平民の代表のような行い。
宮藤璃々が平民であり、それが当然だと分かっていても、なぜそれが自分なのかと理不尽を感じる。
(わたくしは人を使って働かせる側よ。どうしてわたくしが……)
納得がいかない。
(やはり、結婚しかありませんわね)
現実を知れば知るほど、リリティアの決意は固くなっていく。
「――さて。それでは改めて、自己紹介をしましょうか。これから三年、君たちの担任となる
黒板に白いチョークで自身の名前を書き、ここまで一組を先導してきた男性教師がそう言った。
年齢はおそらく、まだ三十にも届いていない。教師としては若手枠だろう。
「高校生活を平穏無事に過ごしたい気持ちは、クラス全員一致すると思います。そしてできれば楽しければよいと、期待もしていると思います」
異論はないのか、クラスから反発は感じ取れない。
現代で言うところのカースト上位、ところによってはトップ。それしか経験していないリリティアには、実感が湧かない。
しかしここまで小、中と学校生活を経て、また情報媒体から怖い話も充分に得ている生徒たちにとっては、ごく身近な問題となる。
「集団の平穏も楽しみも、全員の努力なしには成し得ない。このことを常に心に留めて、過ごしてください」
語り口調は穏やかだが、年齢にそぐわない貫禄があった。自然とクラス全員が耳を傾けるほどに。
(素晴らしい演説能力ですわ)
声の抑揚、ブレス、どれもが完璧だ。リリティアは彼が担任であることに感謝した。
(彼の技術はわたくしにも有用です)
大半の生徒が素直に聞き入っている中で、リリティアの熱い視線はさぞ目立ったのだろう。賀上は少し驚いたようにリリティアを見て、それから嬉しそうに微笑んだ。
「では、まずはそのための一歩。自己紹介をしていきましょう」
定石通り、出席番号順に振られることになる。
「はいっ。
トップバッターだった少女が、肘はもちろん指の先までピンと伸ばし、ハキハキとそう言った。
(あの方は、一体何を言っているのかしら)
明るい栗色の髪に、黒に近い焦げ茶色の瞳。どちらかといえば、クラスではやや小柄な方に入るだろうか。
今朝校門前で出会った真紀は隙のない美人だったが、こちらは愛嬌たっぷりで可愛らしい。
(容姿は優れていらっしゃるけれど、頭の方は残念のようね)
「……馬鹿馬鹿しい」
リリティアの隣で、男子生徒が低く呟く。反応したりはしなかったが、リリティアも彼に同感であった。
(五十年後ですって? わたくしたちは現在ですでに十五。その時は六十五歳ですのよ? 神や精霊に愛された特別な人物でなければ、多くは五十に届かず天に召されるものです)
平民より優れた能力を惜しまれてか、貴族はそれでも長寿な者が多い。だが平民は四十に届かず亡くなる者も少なくないと聞く。
(たとえ選ばれし貴族の集まりであっても、この人数が六十五まで生き残ることなどないでしょうに)
ほとほと呆れて息をつく。
そしてどうやら、リリティアの読み通り奏は少々変わった人物らしい。続くクラスメイトの挨拶は奏ほど長くなく、名前と『よろしくお願いします』の一言が付くだけだ。
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