第2話 家族と会いました
「一理あると思うけどな? そこそこでいいだろ。例えば通行人に二度見されないぐらいなら別にさ……」
「それで勝ち上がれるおつもり?」
「それともまさか、お兄様は勝つおつもりがない?」
「まー、俺は一応、将来家業を継いで、そこそこ安定した暮らしができれば……」
「現状維持に甘んじれば、落ちる未来しかありませんのよ。安定した生活を目指すのなら、むしろ積極的に上を目指さなくては」
会話をしながら、リリティアは宿主
和菓子屋『
(というか現在の暦が、二千年代!? わたくしの母国シェルランダが建国百八十年で……)
なんと国よりも長い歴史を持つ店だった。
数字を比べてそのことに気付き、リリティアは信じ難い思いになる。目眩さえ感じた。
同時に、強い気持ちも沸き起こる。
「よろしくてお兄様、歴史というのは、この世で最高の贅沢になり得ます。どれだけ金を積んでも、歴史は買えません。時間を経るまで待つしかなく、先を行く者には永遠に追いつけない」
「お、おぉ」
「その受け継いできた価値ある二百年を、まさかドブに捨てるおつもり!? いいえ、他の誰が許そうが、このわたくしが許しません!」
「よく言ったぁ!」
勢いよく――しかし場所を考慮したなりの抑えめの小声、かつ限界までは届かない位置で止めるという、中々器用な扉の開け方をして、男女の二人組が病室に入ってくる。
そして扉は、最後に入って来た看護師の女性によってそっと閉められた。
「父さんは嬉しいぞぅ、璃々。お前がウチに、そんなに誇りを持ってくれていたとは」
「
父の隣の女性――母である
「けれど璃々、母さんもとても嬉しいわ。あなたは真面目に手伝ってくれてはいたけど、お店のこととかにはあまり興味がないのかと思っていたから」
両親の喜びように、リリティアは改めて璃々の記憶を探った。
美羽の言う通り、璃々はそれなりに家業を手伝っていたようだ。ただし継ぐことを視野に入れている緋々希ほど熱心ではなかったのも、美羽の見立て通り。親は子をよく見ている。
(将来的に、従業員として働くことは考えていたようだけど……。そちらもまだ薄ぼんやりとしたイメージですわね)
それよりも璃々の関心が強く向いていたのは、春からの高校生活であった。
(何て間延びした子なの。もう十五ですのよ? 自分の将来ぐらい定めて動き出さなければ、出遅れていくに決まっているのに)
そんな璃々に対してリリティアが抱いたのは、呆れだ。
実家で働くというのもあり得ない。結婚もしない女性など、嘲笑の的になるだけではないか。
(ですが、急げばまだ間に合うでしょう。幸運でしたわ)
今頃璃々はリリティアの体に入って、何一つ不自由なく、何一つ憂いのない、完璧な環境を満喫しているに違いない。そう思ったら、少し理不尽なものを感じる。
だがふてくされていても事態は改善しない。リリティアは早速、父に問いかけた。
「興味がないわけではございませんが、わたくしは女の身。嫁いで、家を出ることになるでしょう? ――ときにお父様、お母様。わたくしの婚約者はどのような方?」
璃々の記憶の中に、それらしい意識がなかった。不思議に思いつつ訊ねてみる。
どんなに間延びした子であろうとも、最低限、それぐらいはいるだろうと。
しかし。
「いや、いないよ!?」
なぜか驚かれた。
「なんですって!? お父様、わたくしを笑い者になさるおつもり!?」
「笑い者って……というか璃々、どうしたんだその喋り方は」
「あー、気にしなくていいと思う。どうせどっかの何かに影響されたんだろ。悪くなるなら問題だろうけど、まあ、上品な方向っちゃそうだし」
今更ながら娘の変化に戸惑った父親に、先に順応してしまった緋々希からフォローが入る。
「ってか、璃々。それSNSで言ったら炎上するやつだからな? 気を付けろよ」
リリティアの言動は『お嬢様芸』だと、家族に認識された瞬間であった。
「そう言えば璃々は、幼稚園の頃に若い奥さんになるのに憧れてたなあ。でもほら、最近は晩婚化も進んでるから、そんなに焦ることはないと思うぞ」
「お母さんたちの時代は、結婚してなかったり恋人がいなかったりすると負け組――みたいな風潮がまだ残ってたけど、今はもう、ねえ。そういう時代じゃないし」
「な、なんですって……。ば、晩婚化……?」
父母の言葉に、冗談ではなく衝撃を受けたリリティアだが、すぐにそれが事実であることを知る。
リリティアの――シェルランダ王国の常識では、女性は十六、七で結婚するものだった。二十を越えたら嘲笑される原因となり、もっと悪ければ女性として欠陥があると噂され、忌避されるようになる。
ところが今いる世界と国――日本では、十代で結婚する方がむしろ少数派。二十代、三十代が当たり前らしい。
(さんじゅう!? 三十で初婚!? 女性が!? そんなことが許されるの!?)
いいやそれどころではない。独身であることさえ、別段責められることではないようだ。
そうなると、先程璃々の意識の中にあった未来像、『実家で働く』も、悪い選択肢ではなかったように思う。
シェルランダでは、まずあり得ない。
婚約者がいない点については、理解した。この国の在り様と、どうやら平民である宮藤家の娘という立場であれば、むしろ自然なのだろう。
シェルランダでも、平民の娘であれば婚約者などは決められず、恋愛結婚をする者も少なくないと聞いたことがある。
理解はした。だが、納得はしていない。
(平民……。このわたくしが、平民)
その事実は、生まれてからずっと侯爵令嬢として敬われてきたリリティアに、多大なショックを与えた。
(あり得ませんわ!)
リリティア・フィー・ラミュアータが、平民などであってよいはずがないと、憤然とする。
(婚約者がいないのは、むしろ幸い! わたくしに相応しい身分の男性を、わたくし自身が捕まえればよいということですね。ふっ。余裕でしてよ)
完璧な淑女である自分を求めない貴族の男はいない。リリティアは心の底からそう確信を持っていた。
(狙うのなら……皇族の男子。もしくは、総理大臣の息子などかしら。いえ、身分が平民であることを考えると、わたくしの高貴さがあっても少しばかり厳しいかしら……?)
悩ましいところだ。
(まあ、それは後々考えましょう)
どうやら十五という年齢は、将来を決めるのに焦る年齢ではないようなので。
勿論、リリティアにのんびりし過ぎるつもりはない。焦る必要はなくても、動き出すのは早い方がいいに決まっているのだ。
「ええっと――あの。ご家族の歓談中申し訳ありませんが、お目覚めになられたので、少々検査をさせていただければと……」
リリティアが得た情報をひとしきり整理して方針を決めたところで、父母と共に病室に入ってきた看護師からそう言われる。
「あ、すみません」
「娘をよろしくお願いします」
ベッドの側に詰め掛けていた家族が、彼女に場所を譲った。
「では、宮藤璃々さん。いくつか質問させていただきますね。その後、先生から少しお話があると思います」
「分かりましたわ」
看護師の後ろで、緋々希がハラハラしているのが目に入って、アイコンタクトでうなずく。残念ながら緋々希の表情は変わらなかったので、通じたかどうかは定かではない。
リリティアとて愚かではない。思う所はあろうとも、他人との会話で不審がられるような言動を、自ら選ぼうとは思わなかった。
璃々の認識を探りつつ、無難な答えを返すつもりだ。
ちなみに、口調は特に変える必要性を感じていない。
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