第283話 オーブ屋に戻って来てみれば
勇者崩れが下界に追放され、アレキサンドルが獣人軍の砦により容易に攻めて来れなくなり、エルフィン王国の影響で周辺国も南マーランド王国には手を出せないという現状により、俺は平和を享受していた。
「やっとオーブ屋の店主に戻れるな」
王国の政務は宰相のカトリーヌがまわしてくれる。
つまり、俺には暇が出来たということだった。
王だと言っても、それはエルフの準王族という立場で他国を牽制するためであり、王城に俺が居てもやることは無くなっていた。
そして、久しぶりにオーブ屋へとがっつり戻ったわけだが、そこではトラブルが待ち構えていた。
「なぜ、ここに居る?」
国外追放したはずの勇者崩れの一派がオーブ屋に居候していた。
彼女たち――女性ばかりだった――は、勇者崩れの組織を純粋な召喚者の互助組織だと思っていて、過激なテロを起こした連中にはドン引きしていた人達だった。
しかし、組織から抜けるというのも制裁が恐ろしく、言い出せずに組織の一員で居続けた感じだった。
そういった人達が、あのグランディアさんの送還時に、思い止まって国外追放を選んでいたのだ。
元の世界では死んでいるという懸念で、この世界で生き続けることを選んだ人達が大多数だったが、中には組織と袂を分かちたかったという理由の人達が居たのだ。
そういった人達が、召喚者が集まる第三の組織であるオーブ屋を頼ったということだった。
ちなみに、他二つの組織は、勇者崩れの組織とマーランド王国のことね。
「行き場が無かったということか?」
「送還を選んでももう死んでる世界に行くわけだし」
「実際は下界送りだったし」
「残っても組織の人間と一緒だとまた利用されるだけだし」
「一番安心出来るのはここだって、この子が」
そう紹介されたのは、5人のアイドル女性が召喚された時の巻き込まれ組の女性だった。
つまり最新で最後の召喚者の1人だった。
俺にはその女性は見覚えが無かった。
どこでオーブ屋の事を知る接点があったのか、皆目見当もつかない。
それに……。
「彼女、召喚魔法陣の知識があって、それを悪魔に消された時に記憶まで飛んじゃってて、今は何もわからないの」
「あの時の魔法陣技術者か」
グランディアさんが、召喚魔法陣の無力化のために、魔法陣を弄っていた技術者の記憶を消したことがあった。
それが、この女性だったのだろう。
「彼女は最初から古代魔法言語が解っていて、悪魔召喚の魔法陣も彼女が弄って起動させてたんです」
「それを全て忘れる代償で、記憶まで消えてしまったみたいで……」
「ここを推薦した理由もわからないのか」
ある意味正解に辿り着いてはいるのだが、その過程が不明瞭で気持ち悪い。
「彼女は悪くないんです。
召喚魔法陣で悪魔を呼ぶことを強要されても、断れる状況に無かったから……」
「役立たず女性が娼館に売られたこともあるからね」
あれか、九股さんのことか。
持て余したんだろうけれども、たしかにあれは酷いと言えば酷い。
まあ、俺でさえ救出を躊躇った傾国の美女だからな。
「見捨てられて王国に捕まって、処刑された召喚者もいるし」
あいつのことか。
逆らったり、無能を晒すと見捨てられる、それで裏切れないようにしていたわけだ。
互助組織?
一方的な思想に傾倒させることを強要する互助ってなんだろうね。
まさにテロリストの所業だな。
「それでここに助けを求めたというわけか」
「「「はい」」」
そこには記憶を失った女性を含めて4人の女性がいた。
全員が召喚者で、3人は勇者パーティー組だった。
それぞれ召喚時期が違うそうで年齢はバラバラだが、皆、テロには嫌気がさしていたそうだ。
俺はエルルに目配せをした。
その意味は「こいつら大丈夫だったか?」という確認だ。
それに対し、エルルが頷く。
どうやら、観察の結果、問題なしということのようだ。
リュミエールの護衛を自称するエルルが、身元不明人物の接近を放っておくわけがなかった。
同居を許すからには、身辺調査や行動調査など、裏でしっかり行われていたのだ。
「私たち、どうしたら良いのか……」
そこにアイドル5人組が現れた。
いきなりこの世界に連れて来られて、帰れないことが確定し、異世界で生きていく。
その覚悟も何もない状態で、どうすれば良いのか判らなくなっているのだ。
「困ったな。
まずはやりたいことをやれるように頑張るしかないんだが……」
この世界に適応してもらえれば良いのだが、彼女たちはデビュー間近のバリバリのアイドルだった。
その目標が失われた状態で異世界に順応しろというのは酷かもしれない。
「あー、コンサートでも開くか?
一応、今は王様だから、許可とか面倒なところはクリア出来るぞ?」
「やりたい!」
「この世界で一番、とっちゃおう!」
「セットリスト作るよ!」
「それよりダンスの振り付けだよ」
「新曲も欲しい」
彼女たちの表情が生き生きし出した。
これは良い提案をしたかもしれない。
そう思っていたのは、その時だけだった。
それが不用意な発言だったと気付くのは後になってからだった。
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