第63話 節分効果と夢のビジョン
「ミーコ、何で止めてくんないんだよ」
「えと……」
「ミーコを責めんといてくれ。ワシらが強引にやったんやけん」
「じゃあ、理由を教えてくださいよ」
俺が自分の感情に任せて語気を荒らげていると、仁さんは軽くため息を吐き出す。
「節分には、豆をまくのが常識だろ」
「病人の見舞いに来て、病人の家で豆まきをする事のどこが常識ですか!」
「これは厄祓いなのよ。誠君の風邪を霊的に浄化してたの」
「それ、今日じゃなくても豆をまいてたって事ですか?」
俺の反論に真紀さんも言葉に詰まる。ミーコが止めないにしても、何故瞳さんも豆をまいていたのだろう。ただ、彼女を問い詰めるのは可哀想な気がして、俺も腕組みをしたまま無言になる。
その内に熱が出てきて立っていられなくなった。
「誠さん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。まだ寝てた方がいいみたいだ」
「ほうやで。豆まきはワシらが全部やっとくから安心して眠っとけ」
「続けるんですか!」
「心配すんな。終わったらちゃんと掃除もするけん」
全く凝りていなさそうな仁さんの顔を見た俺は無言で布団に戻る。その後も節分の掛け声を子守唄代わりに俺はまぶたを閉じた。あの調子だと全ての部屋で豆まきをするんだろうな。それで風邪が治った世話ないよ。現代科学の敗北だよ……。
ただ、不思議と節分の掛け声は耳に心地良かった。この季節特有のものだからだろうか? それとも部屋に初めて友達が遊びに来たからだろうか? もしかして、本当に部屋の空気が浄化されているとか?
俺がいま感じている自分の気持ちの正体を分析していると、突然掛け声が止む。全ての部屋に豆まきをし終えたのだろうか? それにしては唐突な気がする。
疑問に感じた俺は、起き上がって様子を見に行こうと部屋を出る。そのタイミングで、仁さんが玄関から外に出ていく様子が目に飛び込んできた。
「仁さん? 何かあったの?」
既に気持ちが別のところに向かっていた仁さんは、俺の呼びかけを無視する形で外に出ていく。今までそう言う対応をされた事がないのもあって、俺はショックでその場に立ち尽くした。
すると、背後で真紀さんの声が届く。
「またマーガが出たみたい。仁君、1人で大丈夫だからって……」
「あの、誠さんは寝ていてください、まだ治っていないんですし」
「あ、うん……」
俺は仁さんを1人で行かせた事に罪悪感を覚える。ただ、何も言わなかったたところに気遣いも感じ、その意志を尊重する事にした。真紀さんと瞳さんは床の掃除をしている。俺も手伝おうとしたものの、きっぱりと拒否されてしまったので大人しく寝る事にした。
今度こそはしっかり眠気が襲って熟睡モードに入る。するとすぐに夢が始まった。その夢の中で俺が見ているのは、地元の懐かしい風景。どこだろう? 夢なので周囲がぼやけているものの、注意深く見ていくとそこは俺が先日迷い込んだ原っぱのようだ。そう、レイラを尾行していて辿り着いたあの場所だ。
そこでは何十体ものマーガを1人で倒しているピュアピンクの姿があった。アレ? これは本当に夢なのか? それとも現実の光景を見ている?
俺は夢の中の情景がただの想像の産物には見えなかった。この夢には俺が登場していないし、戦っているピンクも全く誇張がない。無数のマーガの背後には四天王が勢揃いしている。ここまで見たところで俺の目は覚めた。
「四天王全員相手じゃ、ピンクがヤバい」
「何言っての?」
まぶたを上げるとミーコが覗き込んでいた。どうやら掃除も終わり、女性陣も帰ったらしい。俺はミーコに事情を話すと、すぐに部屋着に着替える。
「ちょ、そのまま加勢しに行くつもり?」
「そうだけど?」
「じゃあ、これ飲んできなさいよ!」
ミーコから渡されたのは栄養ドリンクっぽいもの。ただし、瓶の形はそっくりなものの、ラベルに書かれてある文字が日本語じゃなかった。魔導書の文字と一緒だから妖精界の飲み物なのだろう。
「これは?」
「妖精界のリポDみたいなものよ。体力と魔力を回復させる。それで体調も少しは回復するはずよ。でも一時的なものだから。過信は禁物!」
「有難う」
俺はすぐにキャップを開けてドリンクを一気飲みする。すると、すぐに体がカーっと熱くなって内側から元気が湧きがってくる感覚を覚えた。うん、確かにこれは元気になるな。
俺はミーコの頭を撫でると、すぐに玄関に向かった。
「じゃ、行ってくる」
「無茶しないで無事に帰ってきなさいよね!」
「わーってる!」
こうして、俺はミーコに見送られながらドアを明ける。外に出たところですぐに魔法少女に変身。フリフリ衣装を身に纏ったところで、ピンクが戦っている現場へと向かった。
夢の通りなら、その場所は何の目印も何もない謎の原っぱ。一度迷い込んでからは二度と辿り着けなかった場所だ。けど、今回は違う。ピンクが今そこで戦っているからだ。魔法少女同士なら感覚でお互いの居場所が分かる。
「何とか間に合ってくれ……」
俺はまだ決着が付いていない事を祈りながら現場へと急いだ。普段は気付かないような小道を抜けて、どんどん山の中に入っていく。普通なら分からないような細い道は、けれどしっかり奥に続いていて、その先に何かがある事を予感させていた。
どんどん進んでいく内に、俺はレイラを尾行してた時の感覚を思い出していく。それはつまり、この先にある光景があの時のものと同じものだと言う事を確信させてくれた。
「やっぱりそうだ。この先だ。間違いない」
走り抜けた先で視界が開けてきた時、俺の目に映ったのはさっき見たばかりの夢のビジョンと同じものだった。そう、雑魚マーガとの連戦で疲弊して肩で息をするピンクと、体力万全状態の四天王との対峙だ。
見たところ、まだ四天王戦は始まってはいないっぽい。
「ピンク! ごめん、遅くなった!」
「ブルー? あんたまだ寝てなくちゃ」
「大丈夫! ドーピングしてきた! 戦える!」
振り返ったピンクに、俺はアイコンタクトで返事を返す。彼女はすぐに察して軽くうなずいた。そうして、俺はステッキを構えるピンクの隣に並び立つ。俺達が揃うまで律儀に待ってくれていた四天王に対して、俺は啖呵を切った。
「待たせたわね四天王! 私も混ぜてもらうから!」
「ふん、俺様達は不意打ちを警戒していただけだ。今からきっちり叩き潰す! 覚悟しろ!」
「叩き潰されるのはどっちかしらねっ!」
身長3メートルの大男のヒュラが動いたところで、四天王が全員で襲いかかってくる。数の上で不利な俺達はすぐに散開して、四天王を翻弄する作戦に出た。
まっすぐに襲ってきたのは脳筋のヒュラとリザードマンのガドリスだ。それをデカヤセ男のヌーンとサキュバス系のシーラがサポートしている。
俺は超高速で走りながら、このヌーンとシーラの動きを注意深く観察する。ヌーンは魔法使いの杖のようなものを握っていて、敵対するものに間接攻撃をするタイプのようだ。以前初めてやられた時は、多分毒で俺の動きを封じたのだろう。
問題はシーラだ。彼女は一体どう言う動きをして俺達にダメージを与えるつもりなのか。シーラはまぶたを閉じて片膝をつき、神に祈るかのようなポーズをしている。口が動いてるので、呪文的なものを唱えているのかも知れない。
俺は今一番隙だらけなのがシーラだと判断して、執拗に狙いを定めて襲ってくるガドリスの攻撃を避けながら呪文を唱えた。
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