第51話 盛り上がった運動会
早速仁さんと斎藤さんが意気投合している。まぁ予想できた流れだ。木原さんは俺と似たようなシチュエーションなんかな。あまりこの運動会に乗り気でないオーラが漂っている。気が合いそうな気もしたけど、周りを寄せ付けない圧がすごくて話しかけられなかった。
ロバート氏は今日もやはり無口で、ただ、俺と目が合った時に見せる笑顔は温厚さを感じられた。野生動物が見せる優しさに近いものを感じるなあ。
花見の時は変に絡まれてしまった黒百合さんには警戒したものの、今回は真紀さんがいる。雰囲気的にも同じタイプと言う事もあり、早速火花をちらしていた。
「初めまして。九条真紀と言います。よろしく」
「ふうん。あたしは黒百合優樹菜。誠君とはどう言った関係で?」
「仕事仲間なんです」
「へええ。楽しそうですねえ」
女性2人の静かな戦争は誰にも止められない。俺は視線をずらして運動会の観戦と応援に専念する。やる気の仁さんはたくさんの競技に参加するものの、俺は必要最低限だ。真紀さんが参加する時は必ず黒百合さんも出場していた。同じ地域枠でまだ良かったよ。直接対決していたらどちらが勝っても雰囲気が悪くなっていただろうな。
斉藤さんも仁さんと同じくらい出場していたけど、木原さんとロバート氏は基本応援要員だ。ロバート氏とかムキムキだから大きな戦力になると思うんだけどな。
「それーっ! 行けーっ!」
「真紀さんファイト~!」
「斉藤さん早いっすね~」
「黒百合さんもすごい、一位だ~!」
俺は必死に応援し、ロバート氏もたまに興奮しながら声を上げていた。ただ、やはり木原さんは自分の世界を崩さない。逆にそれがカッコよくも見えてしまう。出場したらやたら足が早かったし。人は見かけによらんね。
運動会は大いに盛り上がり、俺も気が付けば手に汗握っていた。競技の方も本気になるつもりはなかったのに、気がつくと全力疾走。日々のトレーニングが役に立ったのか、2位をゲットする。努力は裏切らないなあ。
「体を動かすのもいいものですね」
「ほうやろ。やっと分かってくれたか」
俺は誘ってくれた仁さんに感謝する。今回ここまでいい感じに盛り上がれたのは花見の時の4人が同じ場にいてくれたからかも知れない。俺は今の家に引っ越してきてからあんまりご近所付き合いをしていなかったから。あの4人がいなかったらテント内で孤立していただろうな。
その感謝を形にするために、俺は彼らの分も含めたドリンクを買おうとテントを抜け出る。そこで参加者を観察しまくっている瞳さんの姿が目に入った。
「お疲れ。どう?」
「あ、まだ見つけられてないです。ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。これだけ人が集まってるもんね。あ、ちょっと待ってて」
「えっ?」
俺は瞳さんの分の飲み物も買うとすぐに手渡した。まだ日中は暑いから冷たいスポーツドリンクだ。彼女は嬉しそうに笑顔を見せてそれを受け取る。
「あ、有難うございます」
「まだ暑いからね。熱中症にならないようにしっかり休みながらね」
「はい、運動会も頑張ってくださいね」
「まぁ適当にやってるよ」
瞳さんと別れた後、俺は買ったドリンクを持ってテントに戻る。同じ地区のチームで力を合わせたからか、険悪だった黒百合さんと真紀さんも仲良くなっていた。
「へえ、優樹菜はクラブのママやってんだ。やるじゃない」
「真紀は占い師? 雰囲気あるじゃない」
「占ったげようか? 悩みとかあるでしょ」
「また今度ねえ」
俺はその光景を微笑ましく見守りながら飲み物を渡していく。俺が勝手に買ってきたものだけど、みんな素直に受け取ってくれた。うん、良かった良かった。
やがて時間は12時を過ぎて、楽しいランチタイムだ。俺達の分は仁さんが人数分作ってくれていた。中身は茶色成分が多く、まさに男のお弁当って感じ。好きなものが多かったので俺的には大満足だ。
斉藤さん達も一緒に昼食を食べている。彼らはコンビニで買ったお弁当だった。斉藤さんは俺達のお弁当を興味津々に眺めている。
「手作り弁当かあ。うまそうだ」
「何かつまむか?」
「じゃあ、この肉団子を。これも作ったのか?」
「それは冷凍食品や。この弁当は冷食ばっかりやで。ガハハ」
そう、仁さんの弁当はほぼ冷凍食品の詰め合わせ。早くて美味しいので悪くないと思う。小さいおかずを数多く作るのは手間だし。真紀さんも気にせず美味しそうに食べている。体を動かして空腹になっていたと言うのも大きいだろう。
「優樹菜のコンビニ弁当も美味しそうね」
「でしょ、コンビニの弁当もいいのよね。真紀はその弁当で良かったの?」
「美味しければいいのよ、あたし」
木原さんは少食なのか、いなり寿司を3つを食べただけで昼食を終えていた。逆に、ロバート氏はボリュームが売りの大盛り弁当3つをぺろりと平らげている。それでもまだ物足りなさそうだ。俺の胃袋は普通の大きさなので、1人分のお弁当の分量で十分滿足している。
仁さんは斎藤さんと、真紀さんは黒百合さんと仲良くなってるから、俺も木原さんやロバート氏と仲良くなろうとしたものの、どうにもこの2人とは上手くそりが合わずに上手く会話を続けられずにいた。コミニュケーションて難しいな。
ちなみに、自分の役割を優先していた瞳さんは俺達とは別の場所で昼食を取っていた。一緒に食べていても良かったのにな。
午後からの競技も俺達は全力で楽しみ、結果的に地元チームは総合優勝をもぎ取る。その結果が決まった瞬間、みんなで歓声を上げて喜んだ。多くの人と一体になってひとつのものに取り組むって、こんなに楽しいものなんだなあ。
こうして無事に運動会は終わり、例の4人ともここで解散する。斉藤さんは別れ際に振り返って仁さんの顔を見た。
「今日は楽しかった。またどこか出会えるといいな」
「何なら今から飲みに行かへんか?」
「お誘いは嬉しいけど、今日は無理だ。また今度な」
「ああ、またな」
去っていく4人を見つめながら、俺は再会を約束出来る友人を作れなかった事を少し寂しく思う。あの4人の中から友人を作るのは難しそうだけど。せめて話が合わないとなあ。
紅く染まり始めた西の空をじいっと眺めていると、瞳さんが戻ってきた。
「運動会、お疲れ様でした」
「どうやった? 四天王は見つかったか?」
「ごめんなんさい。それらしい人は……」
「まぁ気にすんな。これだけの中から探すんは難儀や。無理言ってすまんかった」
仁さんは笑顔で彼女をねぎらう。俺達も瞳さんを責めなかった。けれど、当人は顔を悔しさで歪ませる。
「いる気配はあったんです。もう少し念入りに探していれば……」
「ほうか、おったんやな。今日はそれが分かっただけで収穫や。本当にお疲れさん」
仁さんに励まされて、瞳さんもようやく笑顔を取り戻す。やはり四天王はこの運動会に参加していたようだ。けれど、一体何が目的で? 運動会は特にトラブルもなく終わったけれど、その影で何かが進行してしまったのだろうか?
解けない大きな謎を残しながら、この日も何事もなく過ぎていったのだった。
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