第48話 廃ホテルでの攻防

 車も通らなくなった道路を俺はひた走る。目的の場所は川沿いだから走っていればすぐに着けるはずだ。


 集中していたので入り口を通り過ぎてしまったけど、見覚えのある廃ホテルの建物がまだあったのですぐに気付いて辿り着けた。

 ホテルのゲートを潜ると目的地の駐車場だ。足を踏み入れた途端、展望台前広場で見た不審なオブジェを発見する。全体的に黒かったりと違いはあったものの、同じ質のものだと言うのはすぐに分かった。


「アレだなァアアァァ!」


 俺はステッキを粒子変換して、速攻でジャンプをしてドロップキック。物理でオブジェを破壊した。バラバラに砕け散った破片はその場で消失していく。やはりアレはこの世界の物質ではなさそうだ。

 俺は、達成感に満たされて思わずガッツポーズをする。念のためにピンクに連絡をすると、海岸沿いの空き地には何もなかったようだ。


 俺が通信を終了しようとしたタイミングで、この嵐の中を歩いてくる人影に気付く。今から台風が直撃しようというタイミングで傘もささずにこちらに向かっていた。明らかに不自然だ。

 この状況でこの場所に向かってると言う事は、考えられる可能性はひとつしかない。


「ピンク、四天王が来た。すぐにこっちに来て!」


 俺はピンクに救援を申請して通信を切った。すぐに物陰に隠れて様子をうかがおうとしていると、駐車場に佇む俺の姿を見た四天王の1人が四つん這いになって速攻で走ってくる。その動作はとても素早く不気味で、俺は思わず叫び声を上げた。


「うわあああ!」


 野生動物の力で向かってきたのはリザードマンのガドリスだ。体がトカゲだから雨の日の方が得意なのかも知れない。このまま俺に向かって突進してくるのだろうか? 俺はステッキを強く握り直して防御魔法を展開した。


「マジカルア……」


 呪文を唱えている途中で、俺はガドリスの直撃を食らって空中に高く放り投げられた。体重が軽いって、こう言う時に不便よな。


「オマエか! オデの最高傑作を壊したのは!」


 ガドリスはむっちゃ怒っている。夏の浜辺で見せた姿とはまるで別人だ。よほど今回の作戦に力を入れていたのだろう。逆に言えば、それを阻止出来たのは俺達にとっては大金星だ。オブジェを見逃していたらどうなっていた事か……。

 強風が吹き荒れる中、上手くバランスを取って無事に着地出来た俺はすぐにステッキを握り直す。


「そうよ! アレは本来あそこにあってはならないものだわ!」

「オデ、オマエを許さない」


 ガドリスは立ち上がると、強い目ヂカラで俺をにらむ。トカゲの顔なので更に怖い。マーガを連れていないので、四天王本来の力で襲ってきそうだ。厄介なのはもう1人の四天王もここにやってきていると言う事。あまり急いでいないようだけど、バトルが始まれば加勢されてしまう。

 しかも、その1人と言うのが身長3メートルの大男『ヒュラ』なのだ。この2人を1人で相手にするなんて、負け確定と言っていい。ピンク、早く来てくれーっ!


「一体あのオブジェは何なの!」

「アレ、オブジェ違う! 魔素活性装置!」


 ガドリスは脳筋タイプなだけあって質問に素直に答えてくれる。俺は時間稼ぎも含めて質問を続ける事にした。


「魔素を活性してどうしようって言うの?」

「それは」

「それ以上喋るな。敵に情報を与える必要はない」


 時間稼ぎを見抜かれたのか、ヒュラがガドリスを止める。リザードマンのガドリスも立ち上がれば2メートル以上の大きさがあるものの、ヒュラはそれを遥かに超える大男だ。身長3メートルの巨体は目の前に立たれるだけで威圧感がスゴイ。魔法少女時の俺のほぼ2倍と言っていい背の高さだ。体が自動的に萎縮してしまう。

 そんな大男はガドリスにも負けない憤怒の表情で、俺を見下ろしながらにらみつける。


「魔法少女、この落とし前は死を持って償ってもらうぞ」

「あなた達に出来るかしら?」


 俺は精一杯の挑発をしつつ2人から距離を取る。脳筋物理攻撃特化タイプと有利に戦うには、遠距離からの飛び道具攻撃がセオリーだからだ。けれど、流石は脳筋2人だけあってすぐに走って距離を詰めてくる。

 こうして、バトルは追いかけっこになってしまった。


「待て! 逃げられると思うな!」

「オデ、絶対に捕まえる!」

「ひえええ!」


 俺はブーツに魔法粒子を纏わせて筋力強化。廃ホテルの周りを全力疾走する。少しでも気を抜くと追いつかれると言う恐怖心が俺の足を超高速で動かし続けていた。

 魔力バフで逃げ切れると思いつつ振り返ると、ガドリスは四つん這いのトカゲスタイルで本気を出しているし、ヒュラは3メートルの長身を生かした大股走行で一瞬で距離を縮めてくる。魔力強化をしていようが、俺に有利な所は何ひとつなかった。


「オラオラ、すぐに追いつくぞおお」

「オデ、逃さない。ゼッタイ!」

「ひえええ!」


 気分は運動会のリレー状態だ。トップを走る俺は先頭をキープしながらひたすらにゴールを目指している感じ。運動会と違うのは、この競技にゴールはないと言うところだろう。走るだけでも疲労は溜まるし、魔力も体力を消費する。最初から持久戦は不利なのだ。

 不利ついでに、俺は道路の凹みに足を取られてしまう。そのまま空中に投げ出された俺の体は、次の瞬間に地面にこすられた。


「ぎゃあああ!」


 超高速で走って勢いがついてきたところで転けたため、そのダメージは計り知れない。痛いし熱い。何より一番怖いのは、四天王に追いつかれる事だ。何とか起き上がれたところで、ダメージが残っていてはすぐに超高速で走る事は出来ない。もうダメだ……。


「マジカルスーパーボムスーパー!」

「「ギャアアア!」」


 聞き慣れたロリ声の呪文で四天王2人は爆炎に包み込まれる。叫び声からかなりのダメージを与えたみたいだ。ピンチを救ってくれたピンク衣装の魔法少女は、俺の手を取って立ち上がらせてくれた。


「引き付けてくれて有難う、おかげてまとめて倒せたわ」

「でも相手は四天王だから」

「分かってる。ここから仕切り直しだね」


 爆炎は突風ですぐにかき消され、そこには黒焦げ状態の四天王が立っていた。俺達もステッキを握り直して戦闘態勢を取る。今度は2対2だ。楽勝でなくても善戦は出来るだろう。


「数が増えたところでお前達は敵じゃねえんだよ!」

「オデ、まだ負けてない!」


 その時、粋がるヒュラに突風で飛んできた原付きが直撃。よろけたヤツはガドリスを巻き込んで倒れ込む。自然からの不意打ちに2人は一瞬思考を停止した。


「な、何が起こった?」

「ヒュラ、早くどけ……」


 俺達はこのチャンスにW魔法少女キックを浴びせ、ヤツらを空の彼方にふっとばした。台風の強風もあって、2人はとんでもない遠方に飛んでいく。

 全てが終わり、じっと空を見ていたピンクは振り返った。


「何とかなったね」

「今回は本当にヤバかったよ」


 やがて、台風は驚くほどに弱体化して急速に熱帯低気圧化していった。やはり魔素活性石がこの状況を引き起こしていたのだろうか。そして、その目的が舞鷹市の魔界化なのだとしたら――。

 俺は四天王の目的の一端を知り、改めて戦慄を覚えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る