9月は台風の季節

第46話 不穏な動きの台風

 新鮮な体験だったキャンプを終えて、また日常が戻ってくる。再度大きな騒ぎが起こる事もなく8月は終わった。まだ最高気温は30℃を余裕で超えていて、9月になった気はしない。

 真紀さんは異世界アニメに出てきそうな際どいファンタジー風の衣装を着て作業をしている。耳が尖っていたらまんまエルフだ。スタイルが良いのもあって、すごく似合っている。それにしても出来が良いなあ。


「真紀さん、それって買ってるんですか?」

「作ってるよ。趣味だもん」

「えっすごい」


 俺は真紀さんの技術力に感心する。素人の趣味のレベルを遥かに超えているからだ。手作りなのは市販品にないものだけと言う話だけれど、この世にない服を作れてしまうってスゴイ。好きだからこそ上達するってやつかな。


「どれだけ衣装持ってんですか?」

「買ったのも含めて100着は超えてるかな? 増えていくからねえ」

「もしかして、占い師の時のあの服も?」

「うふふ、秘密」


 真紀さんはそう言うと妖艶な笑みを浮かべた。別に素直に言ってもいいと思うのだけど、そこではぐらかすのが彼女らしい。

 仁さんはコンビニに買い物に行ってるので、今、部屋には俺と真紀さんしかないない。彼女が露出度の高い服を着ているのもあって、ついつい視線が豊満な部分に向いてしまう。


「おじさんのやらしい視線」

「あ、ごめ」

「あたし、結構好きよ」

「えっ」


 彼女の変に意識させる発言に、俺はゴクリとつばを飲み込む。沈黙が室内を支配して、真紀さんの視線が俺の視線と絡み合った。ここで何かしたら、どうにかなってしまうのだろうか。

 彼女の意図は分からない。俺は、どうするべきか――。


「ふい~、まだまだ暑いのう」

「あっ、お帰りなさい」


 緊張感を破壊したのは帰宅した仁さんの一声だった。いいタイミングで戻ってきてくれたおかげで場の空気はリセットされ、俺はほっと胸をなでおろす。

 エコバックを下げた仁さんは、ニコニコ笑顔で俺達の前までやってきた。


「ほい、アイス。一服しよや」

「あ、はい」

「ありがとぉ~」


 俺達は仁さんが買い物に行く時に欲しい物を聞かれていたのだ。それで食べたいアイスをリクエストしていた。一番の年長者を使い走りみたいにしてしまったけれど、彼がそれを望んでいたのだから問題はない。

 ちなみに、仁さんは雪見だいふく、俺はチョコモナカジャンボ、真紀さんはクーリッシュを食べている。エアコンの効いた部屋で食べるアイスは美味しいなあ。


 アイスの代金は仁さんのおごりだ。ニートなのにお金はどうしているんだろう? 仕送りされているのか、貯金があるのか……。プライベートの事なので聞けないけど、ちょっと気になるなぁ。

 雪見だいふくをひとつ食べきった仁さんは、もうひとつを串で刺しながら俺達の顔を見る。


「暑い内はマーガも出てこんのう。これからも出て来んとええんやけど」

「出てきてもどーせまた雑魚だから、大量発生しなければ大丈夫っすよ」

「そこや、気になるんはな……」


 仁さんは、四天王がマーガを作っている事に対しての疑問点を羅列し始めた。まず、生み出されたマーガが全て弱い事、出現に法則性があるのかどうか、マーガは何を目的に生み出されているのか……。

 それが真紀さんの言っていた舞鷹市魔界化計画のためだとしても、弱いとすぐに俺達が倒すのでほぼ無意味だろう。


 気になると言えば、先日倒したイノシシマーガだ。今までは市内で発生させていたのに、何故イノシシは人里離れた山の中で活動させていたのか。

 これらの問題について、妖精のマルを含めて全員で話し合ったものの、全員が納得する結論は導き出せなかった。やはり四天王に直接聞くしかないのだろう。


「四天王についてどれだけ分かった?」

「お手上げよ。だって動きがないんだもの」

「占ってもあかんのか?」

「精度の高いものは出てこないわねえ。またマーガと一緒に出てくれればね」


 サメマーガの時は四天王のガドリスが一緒に登場していた。またあのパターンになれば、そこで情報を引き出せるかも知れない。今ヤツらに会える一番可能性が高いのはそれだろう。イノシシの時はマーガ単体だったから、次で会えるかどうかは分からないけれど。

 こうして、ほぼ手がかりのないまま日々は何事もなく過ぎていった。



 9月も中旬を過ぎて、天気予報が騒がしくなる。台風シーズンが到来したのだ。台風自体は7月から発生しているものの、やはり本格的なシーズンは9月に入ってからだ。その台風のひとつ、台風15号が今まさに日本縦断コースに入っていた。このままだと一週間後には地元の上空を通過する事になる。

 今まで通りになるなら、地元を避けるルートになっていくはずなのだけど。


「ちょっとヤバいわね」

「えっ?」

「今度の台風の進路、ズレそうにないのよ」


 小坊主さんのような衣装を着て瞑想していた真紀さんが不穏な事を言い始めた。1週間前の台風の予想進路なんてズレるのが普通だ。けれど、今回の台風はそれがあまり変わらないらしい。

 勿論科学的根拠のない話だ。笑い飛ばしてスルーする事も出来る。だけど――。


「舞鷹市の結界が弱まっている?」

「かも知れない。こう言う時にマーガが出ないといいのだけれど」


 真紀さんは心配そうな表情でフラグを立てた。そんな不吉なフラグはへし折るに限る。でもどうすればいいのだろう。そう言えば、未来予知は条件を何かひとつ崩せば実現しないと言う話も聞いた事がある。つまり行動すれば変わるのだ。ただし、どう行動すればいい方に変わるのかは分からない。

 俺は窓の外の流れの早い雲を眺めながら、思考を回転させて迷路の出口を探す。


「何でもいいから行動しなければ……」

「何でもってなんや?」


 俺の独り言に仁さんが反応する。俺は真紀さんの台風の進路予想の話を説明した。最後まで聞き終わった彼は、しばらく考えた後にポンと手を叩いた。


「四天王の動きを先回りしたらええんやないか」

「え?」

「アイツらはマーガを使って何かをしようとしとるやろ? それを阻止するんや」

「それが出来たら俺達ここでだらけてないですよ」


 仁さんの意見には賛同出来る部分もあるものの、可能かどうかの話で言えばまず不可能ではないかと思う。大体、四天王が何をしようとしてマーガを生み出しているのかサッパリ分からないのだから。それが分からない事には先回りも何もない。

 俺が必死で抗議をしていると、仁さんは真紀さんの方に顔を向けた。


「占ってくれるか。出来るやろ?」

「まーかして!」


 仁さんに話を振られた真紀さんは、自信ありげな表情を浮かべてサムズアップ。あ、そう言う流れでいいんだと俺は感心した。

 真紀さんはいつものノリでカード占いを始める。仁さんは腕組みをしながらそれを眺め、俺はゴクリとつばを飲み込みながら配られていくカードに注目した。


「えーっとねえ……」


 最初に占いで分かったのは四天王が何かをするであろう場所の情報。それは地名ではなく、土地の雰囲気とか、周りの建物とかの視覚情報だった。ただ、これだけだと見えた場所の記憶がないと辿り着けない。

 そこで、もっと具体的な場所が分かるように俺と仁さんで質問を繰り返した。少しずつその場所の情報が絞り込まれていく。

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