第45話 アウトドアも悪くないかも

「雄大な自然の中で飲む缶コーヒーも美味しいやろ」

「ですねー」

「外だとただのカップラーメンも味が違って感じられるよな」

「ですねー」


 あれ? だんだん洗脳されてきている? いやいや、俺はインドア派だ、そこは譲れん! 外の景色を観ながら美味しい体験をしたって、みんなで楽しく遊んだって、する事がない時間の余裕を楽しんだって、それでも俺は陰キャ、じゃない、インドア派なんだ~!

 一通り食べて飲んで現実を忘れた後、俺は地面に座ってヨガのようなポーズをしている真紀さんに視線を向ける。


「イノシシマーガは本当にここに?」

「正確な時間までは読めないけどね」

「でもキャンプって普通一泊二日とかですよね。遅くても明日には?」

「そう見えたし、瞳ちゃんも感じてた」


 霊感のある女性2人にその未来が視えたのなら、今回のキャンプでイノシシマーガに遭遇する可能性はかなり高いのだろう。ここで、俺はその場合の危険性に気付く。

 相手はイノシシだ。猪突猛進の語源にもなっている。そんな危なっかしい巨大な化け物が至近距離に現れるって事は……。


「危ないじゃないですか!」

「大丈夫。あたし達やキャンプ場の人達は襲われない。こっちから迎え撃つからね」

「そう言うのも見えてるんだ……」


 真紀さんの視たビジョンによると、マーガが出現するサインを感じ取った俺達が先手必勝で倒しに向かい、それで円満解決になるらしい。サメマーガみたいな雑魚って事なのだろうか。そうなると有り難いのだけど。

 俺が顎に手を載せていると、逆に真紀さんが覗き込んできた。


「山での戦いは初めてだけど、大丈夫?」

「えと……善処します」

「じゃあそれまではこの大自然をエンジョイしましょ」


 こうして、俺達は山の自然を満喫する。電波は届くのでスマホでネットを楽しむ事も出来るものの、折角のアウトドア体験だし、そっちを優先する事にした。

 俺はさっきの真紀さんの言葉が気になって周辺を散歩する事にする。仁さんも誘おうかと思ったものの、既にガブガブお酒を飲んで出来上がっていたので1人で歩き始める。その途中で瞳さんに出会った。


「どこ行くんですか?」

「ちょっとこの辺りを歩いてみようかなって」

「じゃあ、一緒に行ってもいいですか?」


 危険の少ないキャンプ場とは言え、やはり女性の独り歩きは心細いのだろう。俺はすぐにそのリクエストを承諾した。彼女の表情がパアアと明るくなる。

 2人で並んで歩いているとデートみたいだ。いや、そんな事を思ったらキモがられるかも知れない。何せ一回り年齢が違うのだから。変に勘違いせずに冷静にならねば。うん。おれはおっさんだ。若い子からは恋愛対象外だ。うん。


「初めてのキャンプはどうですか?」

「楽しいよ。でも、みんなに色々してもらったからだと思う。接待プレイじゃなかったら感想も違ってるかも」

「あはは。じゃあ今度2人で来ます?」

「ええと……。でも俺車持ってないし」


 俺は何かしらのフラグを折った気がしたけれど、そこはあまり気にしなかった。成立してはいけないフラグのような気がしたからだ。瞳さんも軽く笑ってこのやり取りをスルーする。

 気ままに歩くはずが2人で歩く事になって、俺は安全なルートを選ばざるを得なくなる。キャンプ場が推奨する散歩コースだ。美しい自然を堪能しつつ、不意のアクシデントが起こらない観光用の道。


「つまらないですか?」

「いや? そんな風に見えた?」

「ボク、心の色が見えるから」

「そっか。じゃあ嘘はつけないね」


 俺はイノシシマーガ戦に備えて周囲を見ておこうと思っていた事を正直に告げる。すると、彼女もそれに付き合うと言ってくれた。瞳さんも意外とアウトドア派だ。少しくらい山の中に深く入り込んでもそこまで問題ではないだろう。

 俺達はうなずき合うと、散歩コースを外れてキャンプ場の外周を探検するように歩き始めた。整備されていない場所でも特に危険な事はなく、逆に深く森林浴が出来て健康になれた気がする。


「大体把握出来たし、戻ろっか」

「ですね」


 俺達が戻る事には日が西に傾いていて、空が赤く染まり始めていた。俺達の姿を発見した真紀さんは、ちょっといやらしそうな笑みを浮かべる。


「誠君、デートどうだった?」

「いやそう言うんじゃないですから」

「まーたまたァ」


 その後はランタンを灯して夕食の準備をして、楽しい野外ディナー。大体同じ時間に他のお客さん達も夕食を食べていて、不思議な連帯感を覚える。料理はキャンプのベテラン真紀さんが作ってくれたのだけど、どれも美味しくてすっかり満足してしまった。


「ふー、まんぷくぷー。真紀さん、有難うございました」

「誠君は料理作るの?」

「簡単なやつなら。下ごしらえが必要なのとかは、全然」

「自炊出来ているだけでも偉い!」


 真紀さんに褒められると、すごく肯定感が高まってくる。料理、もうちょっと頑張ってみるかな。仁さんは昼間から飲んでいたのもあって、食事の後はすぐに寝てしまった。まぁ、キャンプだとすぐに寝るのが正解なのかも。特に娯楽もないし。


「まぁ、星は綺麗だけど……」


 街中ではあまり星の見えない舞鷹市だけど、流石に山の中は空も澄んでいる。この天然プラネタリウムを俺はしばらく鑑賞していた。けれど、その内あくびが逃げていく。暇潰しの道具とかも持ってきていないので、俺も寝るためにテントに潜り込んだ。寝袋も初体験だけど、ちゃんと眠れるといいな。



 翌朝、俺は仁さんに起こされる。俺は普段5時に起こされていたから、その時間になると自動的に目が覚めるのだけど、今朝はそれより30分くらい早い。つまり、すぐには起きられなかった。


「起きろ。近付いてきよる」

「ふェ?」

「俺は先に様子を見に行く。ちゃんと目ぇ覚ましとけよ」


 仁さんが出ていった後、俺は二度寝しようとして寝袋を触ったところでふと気付く。


「あっ、イノシシ!」


 思い出したところですぐにテントを出ると、そこは濃い霧の中だった。まだ夜が明ける前の神秘的な雰囲気。マーガは夜中には出没しないはず……超早起きなヤツなのか?

 俺はすぐに仁さんを探すものの、霧が濃くて全く分からない。まだ誰も起きていないのを確認して俺は魔法少女に変身。それで得られた通常の数倍の感度で数百メートル先の人影を察知する。


「あそこね!」


 俺がその場所に駆けつけている途中で、魔法の光を目撃する。あれはマジカルシューティングピンクだろう。既にピンクが戦っているんだ。俺は更にスピードを上げた。


「ゴメン、遅くなった」

「もう倒しちゃった」


 俺が到着すると、目の前にはピンクとひっくり返った巨大イノシシがいた。噂通りの全長10m程度の巨大イノシシだ。こんがりと丸焦げになって、そのまま塵になっていく。海でのサメマーガと同じく、呆気なく倒せたらしい。


「真紀さんの占いが当たった……」

「じゃ、帰ろっか」


 こうして山でのマーガ退治は終わり、俺達は何食わぬ顔でテントに戻った。朝食を食べて片付け、地元のキャンプ場を後にする。帰りの車の中で窓からの流れる景色を眺めながら、俺はアウトドアも悪くないなと改めて実感したのだった。

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