夏と言えば山もいいよね

第43話 猛暑にバテる誠達

 夏は1ヶ月では終わらない。8月になって暑さは更にレベルを上げる。だと言うのに、何故セミはこんなに元気なんだ。鳴き声を聞くのは好きだけど、俺はもう暑さでやる気をすっかり蒸発させきっていた。

 冷蔵庫から買い置きしているシューアイスを取り出して食べる。ミーコにも渡す。


「あーし、これで誤魔化されないから! 早くエアコン買えし!」

「今から注文しても2ヶ月待ちだってさ。じゃあ意味ないじゃん」

「その頃もまだ暑いかも知れないじゃんか。ケチ!」


 ミーコは俺の対応にへそを曲げる。確かに、地域によっては室内で熱中症になって緊急搬送されたりも当たり前にあるらしいしな。重い場合は命の危険もあるとか。

 ただし、それは他地域での話だ。舞鷹市はそんな灼熱になる地域とは違う。暑くても扇風機があればエアコンを使わなくてもギリ耐えられるのだ。俺はそんな地元が好きだ。暑くなりすぎず、寒くなりすぎない。最高じゃないっすか。


 とは言え、それは自主的に我慢大会に参加しているようなもの。地元でもエアコンを装備している家がほとんどだ。きっと貧乏人以外はみんな買い揃えているに違いない。うう……、みんなビンボが悪いんや……。

 気がつくとミーコは玄関でくつろいでいた。ああ、暑い時に猫がくつろぐ場所のお約束のやーつ。俺は思わずその様子を写真に収める。


「あ、何やってんの! モデル料高いんだけど!」

「えー、サービスしてよー」

「じゃあ、今度お寿司買ってくる事!」


 モデル料はお寿司で手打ちになった。ミーコは刺し身よりお寿司を気に入ったようだ。スーパーのお寿司でいいから経済的だなあ。


 そして、日中の俺達は相変わらず仁さんの部屋でだらんとしている。瞳さんも真紀さんも同様だ。海水浴場でのサメマーガ以降、四天王関係では全く動きがない。アイツら、やっぱり暑さでバテてんだろうな。海で出会ったガドリスもむちゃくちゃ弱かったし。マジで暑さで参っているなら、四天王にもちょっと同情出来るな。日本の暑さは最凶だから。


「しかし毎日暑いのう」

「な~んもやる気が起きんすわ」

「あたし、これからも何も起きない気がする~」


 本来、俺達は舞鷹市を魔界にしない事を目的にしている。ただし、その行動を起こしているはずの四天王がその仕事を放棄しているため、連動して俺達もやる気が起きなくなっていた。毎日暑いし、しゃーないのだ。

 こう言う時に喝を入れるはずのマルやミーコも、毎日が平和すぎて感覚を麻痺させていた。マルは一応テレビやネットなどをチェックしているものの、だらけた俺達を容認している。ああ、今日も一日が無駄に過ぎていくのかな……。


 と、ここでテレビが夏山のキャンプの特集番組を映し出す。俺は無言で眺めていたのだけど、ここで真紀さんの目が少しだけ覇気を取り戻した。


「前は海に行ったし、今度は山はどうかなあ」

「四天王が山に来るんですかぁ~」

「え~と、多分~?」


 俺の質問に真紀さんは目を泳がせている。どうやら今度は100%遊びたいだけみたいだ。本当に山に四天王がいて、しかもヤツらの計画が動いているなら、その時は俺達も動かないといけないのだろうけど。

 俺が信用していない雰囲気を出してしまったので、真紀さんは少し気を悪くした。


「あ~。誠君のその顔キラ~い。じゃあ瞳ちゃん、ちょっと探ってみてよ」

「わ、分かりました」


 真紀さんのお願いを聞いた瞳さんは、早速地図を広げてフーチで地元の山の辺りを探り始める。何度か丁寧に地図の上をなぞっていると、山のある一点で動きが止まった。


「確かに何かあるみたいです。今すぐ動くべきかどうかは分かりませんけど」

「マジで山に?」

「これで決まりね! 善は急げでしょ!」


 真紀さんは瞳さんの結果を聞いて声を弾ませる。このやり取りを聞いていたマルはすぐに瞳さんがチェックしていた場所をネットで確認した。


「あ、瞳さんが反応した場所って……」




 ――4人がそんな雑談をしている数日前、四天王は本当に山に来ていた。表向きの目的は魔法少女に勝てるマーガ用の素体を探しに入山したと言うものだけど、シェアハウスが暑くて耐えられなかったと言うのが本音だろう。

 4人の向かった山は地元の登山コースでもあったため、全員が世を忍ぶ仮の姿だ。全員この世界の山初体験なのもあって、移動するのにもかなり苦戦していた。


「くああ! 虫が多い! イライラする!」

「それより、山は涼しいんじゃなかったのかい? むっちゃ暑いよ。騙された!」


 4人の中でも、特に痩せ男の木原と紅一点の優樹菜の愚痴が多かった。数歩歩く度に不満を口にする。逆に大男の斎藤とロバートは口数が少ない。斎藤が山登りが楽しくて無口だったのに対して、ロバートは元々口数が少なかった。

 最後尾を歩く優樹菜は、悠々と先頭を行く斎藤の背中に向かって声をかける。


「一体どこまで行くんだい? 頂上まで登っちゃう気かい?」

「あはは、それもいいかもなあ」

「冗談はよして頂戴。もうこの辺りでいいでしょ」


 どうやら彼女は登山に飽きたらしい。この言葉を聞いた斎藤は、キョロキョロと周囲を見渡して振り返った。


「じゃあ、もうちょっと歩いたら広いところに出るから、そこでな」

「まだ歩くのかい」


 優樹菜はすぐに休めなかった事に口をとがらせた。そんな不満タラタラの彼女をロバートが慰める。


「大丈夫。優樹菜休んでいい。その間オラがしっかり守る」

「ロバートォ。この山に魔獣はいないから守る必要もないんだぞお」

「斎藤、冷たい。仲間意識ない」

「あぁん?」


 優樹菜への対応を巡って、斎藤とロバートが一触即発の雰囲気になる。この火花に挟まれた木原が眉間にしわを寄せた。


「あーもううっさい。いい加減にしろ! こんなところで仲間割れしてどうする」

「あ、ごめん」

「休みたいんだろ? こんな道端で立ち止まるより広い場所の方がいいだろ。ほら、もう見える。すぐそこだ」


 斎藤が指し示した場所は、目視が出来るほどに近かった。目的地が確認出来た事で、優樹菜も元気を取り戻す。


「何だ、近いじゃない。じゃあすぐに行こ」

「あ、ちょっと待って」


 4人は山の中腹の休憩スペースのような開けた場所に着く。そこに設置されていた東屋のベンチに座った。どうやら、その場所は山の管理者が作った休憩用のスペースのようだ。くつろぎながら、木原は水筒から水を注いで全員に配る。


「これでも飲んで落ち着け」

「みず~ぅ?」

「嫌なら飲むな」

「いや飲むけど?」


 3人が一息入れているところ、斎藤はすぐに立ち上がって深呼吸をする。


「うう~ん、気持ちがいいなあ」

「そうか? 私は魔界の空気の方がいいがな」

「まぁそう言うな、やがてはここも魔界になる」

「その事なんだけどな」


 斎藤と話していた木原はここで声がマジトーンになる。雰囲気が変わったのを察して、斎藤もゴクリとつばを飲み込んだ。

 木原は周囲を見渡して周りに誰もいない事を確認すると、コホンと小さく咳払いをする。


「いつまでこんな事を続けるつもりだ? 魔王様の指令は」

「分かっている。だから山に登ってきたんだろう。野生動物を贄にするために」

「けど、ここまでの道中でそれらしい動物は見かけなかったけど?」

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