第25話 ヒュラの真の目的

 俺がこのバトルに乱入するタイミングを見計らっていると、一瞬風が止んだ。ヒュラの動きが止まったのだ。


「やるじゃないか。では、本気で行かせ……」

「マジカルビックバン!」


 ヒュラが力の余裕を見せて気合を入れ始めたタイミングで、ピンクが自身最強の魔法を放つ。隙を突くとしたらこれ以上の絶好のタイミングもない。流石はバトルの場数を踏んできただけはある。

 ピンクのステッキから放たれた極太の魔法ビームは四天王に向かって飛んでいき、直後に光が炸裂する。まるで太陽を直接見たかのような恐ろしいまでの輝きが俺の視界を奪った。目、目がァァァ!


 光が収まって目が慣れた時、そこにヒュラの姿はなかった。あまりの熱量に立ったまま蒸発してしまったのだろうか。ピンクの究極魔法はそこまでの威力を持っていた。少なくとも俺にはそう見えていた。

 しかし、魔法を撃った本人の見解は違っていたようだ。


「あいつ、逃げやがった……。最後に笑いやがって」

「倒せなかったの?」

「ヒュラの目的は、私にこの魔法を撃たせる事だったのよ。後よろしく」


 ピンクはそう言うとバタリと前のめりに倒れ、変身が解かれていく。やはり究極魔法は諸刃の剣だ。俺は最初、彼女の残した言葉の意味が分からなかった。ただ、倒れたおっさんの姿を確認した後に視線を移した時、その真意を理解する事になる。

 ヒュラが立っていた場所の延長線に封印石があったのだ。そして、石は見事に砕け散っていた。


「嘘……だろ……」


 破壊された封印石から無数の魔素が勢いよく飛び散っていく。見た目だけなら色とりどりの光の粒子だ。幻想的にすら見える。けれど、あのひとつひとつがマーガになっていくのだ。魔素の回収方法は分からない。マーガを倒せば消えるのかどうかも――。

 ハッキリしているのは、これで更にマーガの出現頻度が上がると言う事だ。とんでもない事になってしまった……。



 ひとしきり悲嘆に暮れたところで、俺は気持ちを切り替えて封印石の復元をする。日々の魔法の修行とトレーニングで何とか復元を1人でこなす事が出来た。バトルに参加しなかった事で魔力が温存されていたのも大きかったのだろう。

 消えたヒュラがどこに行ったのかは分からない。他の四天王も復活したのかも分からない。ただ、この場ではもう戦闘も起こらないだろう。俺は倒れた仁さんの肩を担いで彼の家に戻った。


 落ち着いたところで俺は残りの封印石のチェックをする。また四天王が現れたらとビビッていたものの、後の2ヶ所では何事も起こっていなかった。この事実に俺は胸を撫で下ろす。

 明日からきっとマーガが大量発生するだろう。ピンク1人で対処出来るだろうか? 俺は心の中を不安で満たしながら布団に潜ったのだった。



 翌日、恐れていた事が現実になる。通勤途中でマーガを発見したのだ。今まで早朝にヤツらを見かけた事はない。もしかしたら今までも出現していたのかも知れないけど、ピンクが対処出来ていたんだ。

 つまり、今はピンクでも対応しきれないほどのマーガが出現していると言う事になる。俺はすぐに物陰に隠れてピュアブルーに変身、サクッとマーガを片付けた。


 と、ここでピンクから連絡が入る。


「もう仕事行ってる? マーガが大変なの! 悪いけど手伝って!」

「いいけど、どこに出現しているか分からない」

「じゃあ、マル経由で情報共有するね!」


 この通信の後、俺の意識に直接情報が流れ込んできた。マーガの発生場所が感覚で掴める。それによれば、この付近だけでも3体存在していた。俺は近場から一体ずつ潰していく。どのマーガもマジカルブルースター1発で消滅する程の雑魚だった。

 その後もピンクが対応しきれないマーガを倒していく。落ち着いた頃には午前10時。めっちゃ遅刻だ。スマホには電話が何件もかかっていた。一瞬バックレようかとも思ったものの、それでも俺は事務所へと向かう。


 事務所では社長が1人で事務仕事をしていた。入ってきた俺に気付くと顔を上げて、ニッコリと人懐っこい笑顔を見せる。


「円城君、今日は遅かったね。連絡ないから心配したよ」

「社長、俺、今日で仕事辞めます。辞表まだ書いてないですけど」

「何いきなり? 理由は?」


 突然の爆弾発言に社長の目は丸くなった。その反応はとても自然なものだろう。魔法少女の役目が忙しくなったからとは言えず、俺は適当な理由を並べ始める。

 しかし、その話の矛盾をことごとく指摘されてしまい、俺は口ごもるしかなくなってしまった。


「理由は何でもいいんだけど、嘘はいけない。正直に話してよ」

「えっと……」

「それにね。私は君を買っている。正直に言うと辞めて欲しくない」


 社長の目が俺の心にグサグサと突き刺さる。こんな俺を雇ってくれたくらい器の大きな人だ。そして正直な事を美徳にしている。この人なら受け止めてくれるかも知れないと、俺は腹を決めた。


「実は、俺……魔法少女なんです」

「えっ」

「最近がバケモノの出現頻度が増えて、そっちに専念したいんです」


 こんな話、誰だってすぐには信用出来ないだろう。流石の社長もあんぐりと口を開けている。事務所は出払っていてこの部屋には俺と社長しかいない。今なら何も問題はないだろう。

 俺はステッキを出現させ、社長の前で魔法少女に変身する。青を基調にしたヒラヒラの可愛い魔法少女衣装を着た青髪ショートカット美少女になった俺を見て、社長は目を白黒させた。


「す、すごい魔法だ……」

「信じてくれます? だから仕事は……」

「ちょっと待ってくれ。私はかつてピンクの魔法少女に命を救われた。円城君は彼女の仲間なのだろう? だから恩返しをさせて欲しいんだ。仕事には来なくていい。その間の給料も払おう。それで、また暇になったら戻ってきてくれないか?」


 この社長の懐の深すぎる発言に、俺は正直に事情を話して良かったと安堵する。話がうまくまとまった事で変身を解いた。そして、社長と固い握手を交わす。


「有難うございます。終わったら戻ってきます、必ず!」

「頑張れよ。街の平和をよろしくな!」


 社長に応援されて俺は事務所を出た。これからは仕事を気にせずにマーガ退治が出来る。仕事に縛られない開放感を得たと同時に、マーガ退治への責任感も湧いてきた。

 今のところは雑魚ばかりだけど、そのうち強敵に出会う事もあるかも知れない。四天王との再戦も必ずどこかであるはずだ。それに、あのレイラとも――。


 悩む暇もなく、またマーガ出現情報が脳内に直接流れて来る。すぐに変身した俺は、そのまま魔法少女の役目を実行するために飛び出していったのだった。

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