第15話 座学と実践と

 次の日の修行も当然座学だ。昨夜の続きだから3冊目の途中から。よく考えたら本を読んだだけでは実力は身につかないだろう。その後には実践での力を磨く時間もいる。本を読み切るのは休みの前日じゃいけないんだ。最低でもその前日までには読みきらないといけない。

 俺は昨日の想定よりも締切が一日以上縮まってしまった事に頭を抱えた。


「どした?」

「いや、次の休みまでに実践もしなくちゃと思うとしんどいなって」

「ったり前でしょ。後3日で座学は終わり! 終わらせるから!」

「いや絶対終わらないって! まだこんなに本があるんだぞ! 無理無理!」


 俺は必死で抵抗するものの、ミーコは徹夜してでも終わらせると目を血走らせる。この気迫に俺は飲まれてしまった。今日は何とか3冊目をクリアする。ノートもかなり書いた。腕が筋肉痛になりそうだ。急いで書いたので文字が判別不可能の暗号レベル。後で読み返せるのかなコレ……。

 すぐに4冊目に入ろうとする猫先生に、俺は質問を飛ばす。


「マルもミーコも魔法使えるなら、何で普段は使わないんだ?」

「は? 疲れるからに決まってんじゃん。魔力=体力だし。だからまずはあんたに肉体改造をさせてたんだよ。魔法を使ってもバテないように」

「封印石復元の時にしんどかったのはそう言う事かぁ……」

「だから魔法使いに必要なのは体力! これからもビシバシ鍛えるよ!」


 魔法の秘密の一端が判明したところで、授業は再開。4冊目は各エレメントの詳細と相関図、魔法の活かし方。精霊との関係と契約の話がメイン。ゲームなんかでもお馴染みの設定が多かったので、割りとスムーズに頭に入っていく。スケジュール的に厳しかったのですぐに5冊目に取り掛かったものの、そこで俺の記憶は途絶えていた。


「あーしの爪でも起きないなんてよっぽど疲れてんのね。しゃーない」


 そんなミーコの独り言が聞こえていた気がする……。


 そして翌日の夜。ついにミーコは5冊目以降は一気に省略すると言う強引な手段に出た。この先で読みたい本もあった俺はかなり落胆する。


「やっぱ初心者に魔導書を全部読むって無理だから、ここまでにするわ」

「終わんの? もうちょっと読みたかったけど、良かったー」

「じゃあ、今からテストすっから」


 終わると聞いて安心してからの最後通告。テストの事をすっかり忘れてた。感情のアップダウンがキツい。ミーコはいつの間にか作っていた問題用紙を配る。ノートを見ても良かったので、空欄をほぼほぼ埋める事が出来た。


「ふぅ~。書けたー」

「どれどれ? ……あんた、この回答に自信ある?」

「当然だぜ? バッチリだろ?」


 俺はドヤ顔でサムズアップ。ミーコは解答用紙と俺の顔を何度も交互に見た。


「7割間違ってんだけど?」

「えぇ……」


 これが運転免許試験なら学科不合格だ。て言うか30点って事はどんな資格試験も不合格だろう。俺は衝撃の正答率に冷や汗を流す。ミーコはため息を吐き出すと、解答用紙と魔導書をそそくさとしまい始めた。

 俺は、そんな彼女の几帳面な行動に待ったをかける。


「あのさ! 魔導書、これからも読みたいんだけどいいかな?」

「興味出てきた? いーよ、じゃあ魔導書は本棚に入れとく」


 ミーコは少し表情を明るくして魔法で魔導書を本棚に入れていく。分厚い本が10冊並んだ光景は壮観だった。書店の辞典売り場の棚みたいだ。これでいつでも魔導書が読める。そう思うと俺も嬉しくなった。

 少し落ち着いたところで、ミーコからの返事を待つ。彼女は背伸びをしたり爪を研いだり顔を掻いたりして、一向に期待した展開にならない。待ちくたびれた俺は痺れを切らした。


「で、俺って不合格?」

「初心者は3割も理解出来てれば十分でしょ。今日はもう解散。明日から実践ね」


 半ばあきらめたようなぶっきらぼうな答えが返ってきて、俺は気持ちの持って行き場をなくしてしまう。とにかく、明日からは実践だ。またスパルタになるんだろうなと思いながら、俺は布団に潜り込むのだった。



 翌日の夜、ついに実践パートが始まる。最初に行うのは魔力の実感作業だ。自分にどのくらいの魔力があるのか、魔力が体をどのように巡っているのかを感じ取る。これが出来ない事には魔力をコントロールしながら使う事は出来ない。魔法使いの基礎中の基礎だ。

 この方法は初心者用魔導書の一番最初の項目に載っている。つまり、座学が終わっても魔導書は常に手元に置いていた。つまずく度に該当ページを読み直して復習する。ミーコが監督で見ているものの、指導は大雑把で当てには出来ない。


「もー何やってんの! そこはもっとシレッとやんなくちゃでしょ! ヌマヌマさせているからグワッと来ないのよ!」

「分かるかっ!」


 そんな感じで数時間ほど色々試行錯誤していると、何とかうっすらと未知の感覚を感じ取れるようにはなってきた。次はこの魔力を集めたり拡散したり、自分の意志でコントロールしていく作業に入る。この感覚を掴む事で、弱い攻撃や強い攻撃が出来るようになるんだな。

 ただし、言うは易し行うは難し。かなり集中しても成功率は2割が精一杯だった。しかも少し油断すると簡単に意識が飛んでしまう。これにはミーコも呆れ顔になるばかりだ。


「あんたここでつまずいててどーすんの。普通の魔法使いなら生まれつきの感覚で出来るんだよ」

「俺は普通の人間だよ。無茶言わないでくれ」

「だから今やってんの! この先はこの感覚が必要になってくっから」


 ヘマする度にミーコが爪を見せてくるので、俺は必死で集中する。やがて、体がその感覚を徐々に覚えてきた。まだ動きながらのコントロールは出来ないけど、瞑想状態でなら魔力を意識出来るようになる。

 俺が能力の掌握に成功してニンマリすると、つられてミーコもうんうんとうなずいた。


「今らな初期魔法も使えるっしょ。やってみよっか」

「よーし」


 修行はここでようやく実践らしいパートに進む。初期魔法と言う事で俺がイメージしたのはやっぱり火炎魔法だ。掌の上に魔力を集め、火のエレメントのイメージを乗せていく。

 えーと、イメージの精度を高めるのにここで呪文を唱えるんだっけ。


「ファイアーボール!」


 呪文の詠唱と共に、ラノベとかでもお馴染みの火球魔法が完成する。生まれた火球は親指の先くらいの大きさだ。火球は高速で回転し始め、どこかに向かって勝手に飛んでいく。その軌道を目で追っていると、ミーコの尻尾に直撃した。


「あっ」

「何するにゃーっ!」


 俺はミーコにしこたま引っ掻かれた。尻尾に当たった時点で消滅したくらいだから、痛みはほぼないはずなんだけどな。とにかくこのダメージが大きかったので、今日の修行はここで終わりになる。

 痛みが引かなかったため、ほとんど眠れずに朝を迎えたのだった。


「うう、もう朝……? 今日は休みたい……」

「何言ってんの! 朝のトレーニングやるよ!」

「うわあ……スパルタだあ……」


 この日、仕事でミスしなかったのは本当に奇跡だと思う。日中は眠気との戦いでマジでヤバかった。帰宅した時はまぶたがほぼ下がっていた気がする。


「さあ今日も修行頑張るわよー!」

「ミーコ先生、今日は無理ですう」

「うん? 今日も爪を味わいたい?」

「や、やりますッ!」


 爪を見せられて強制的に覚醒させられた俺は、魔法実践レッスンの2日目に入った。とは言え、今日は応用編。使えるようになった魔法の威力のコントロールが出来るようになればいい。ファイアボールも飛ばさずに、掌の上で火球を大きくしたり小さくしたりする。慣れてくると集中しなくても出来るようになっていった。

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