魔法少女の修行

第14話 ミーコ先生の魔法授業

 ミーコが修行発言をした翌日、いつものように5時に起こされ、朝のルーティーンが始まる。朝はそれ以上の時間の余裕がなかったので、特に何も変わらなかった。ただ、朝食後に彼女は毛づくろいをしながらちらりと俺の顔を見る。


「仕事が終わって家に戻ってきてからが本番だからね」

「あ……うん」


 この言葉を聞いただけで、今日は家に帰りたくなくなってしまった。一体どんな修行が待っていると言うんだ。仕事が終わってからも更に体を酷使するのは勘弁して欲しい……。

 しかし時間は無情にも過ぎていき、仕事を終えた俺は玄関のドアを開けるのを躊躇していた。


「うう、怖いな……」


 家にいるのが人間なら、バックレてもそこまで罪悪感は抱かないだろう。けれど、待っているのは猫だ。猫のような妖精だけど、どちらにせよ人じゃない。ここで俺が家を空けたら、ミーコにひもじい思いをさせてしまう。それは出来ない。

 俺はゴクリとつばを飲み込むと、破れかぶれでドアを開ける。


「ただいまっ!」

「遅かったじゃない。まさか怖気づいてた?」

「いやいや、まっすぐ帰ってきたし?」

「まぁいいや。まずはいつものやつを終わらせよっか」


 こうして帰宅後のトレーニングも終わり、休憩を挟んで夕食の準備。夕食が終わったところで、いつもなら開放される自由時間が修行の時間へと変わった。

 一体何をされるのかと心の中を不安で満たしていると、ミーコが魔法で本たくさん浮かばせてやってきた。その全てが辞書並みの分厚さの本だ。全部で10冊。


「魔術の修行と言ったらまずはこれっしょ。魔術書取り寄せてきたから」

「これ全部読むの? 嘘だろ?」

「はぁ? 読むだけじゃダメだし。理解しなきゃだし。テストもすっから!」

「うへえ……」


 昨日ミーコが言った『修行』の意味もここで理解出来た。これだけの本の内容を頭に入れるって、確かに修行だ。資格試験でもここまでのテキスト量はないよ。トホホ。

 何事もやってみなくちゃ始まらないと言う事で、俺は取り敢えず一番上の魔術書を手に取る。表紙には厨二病感マシマシな魔方陣が描かれていた。そしてタイトルの文字は読めない。いやこれどうやって勉強しろと? 俺が勉強の第一歩以前でつまずいていると、トコトコとミーコがテーブルの上を歩いてきた。


「ちょっと頭下げて」

「え?」

「いいから下げる!」


 俺は何だか分からないまま言う通りにする。彼女と目が合うくらいに下げたところで、右前足が俺のひたいに押し当てられた。ピンクの肉球のプニプニ感が気持ちいい。て言うか何これ? 何かの儀式?

 俺はこの突然のご褒美に混乱しつつも、幸せ気分が充填されていくのでそのままにしていた。30秒くらい経ったあたりで、ミーコは右足をスッと戻す。


「何したの?」

「あんたの魔力レベルの一時的な底上げ。これで読めるっしょ?」

「えぇ?」


 俺は顔を上げ、半信半疑ながらも改めて魔導書の表紙を見る。すると、今度は何故か文字が読めるようになっていた。俺が目を丸くしていると、この様子を見ていたミーコがドヤ顔になる。


「どうよ?」

「すごい。ミーコ魔法使いみたいだ」

「私も兄さんも普通に魔法使えっから。選ばれし妖精なんだから敬えよ」

「ははーっ」


 そんな小芝居を挟みつつ、読めるようになった魔導書を開く。いきなり目に飛び込んできた専門用語の洪水と難しい言い回しの数々に、俺のまぶたがズシンと重くなった。


「うう……難し……」

「寝るなしっ!」


 俺がテーブルにつっぷそうとした瞬間、ミーコの爪が飛んできた。避ける気力もなかったためにその攻撃は見事にヒットする。この瞬間、強烈な痛みが俺の頭を強制的に覚醒させた。


「いてーっ!」

「いい? 寝ようとする度にこれすっから!」

「マジすか」


 やっぱりミーコはスパルタだった。怖い鬼監督が見守る中、適度な緊張感を持って俺は魔導書を読み進めようとする。けれどやっぱり読み慣れない文章に頭を抱えてしまう。びっしりと文字だけがズラリと並ぶ本なんて、読み進められる訳がない。


「なあミーコ。俺これ全然分かんないわ。お前は読破してんの?」

「ったり前でしょ。て言うかお前禁止って言ったよね? よね?」

「わわっごめん」


 気を悪くしたミーコが爪を出して殴りかかってきたので、俺は必死で謝って許しを請う。数十回頭を下げたところで、彼女はハァとため息を吐き出した。


「分ーった。あーしが読み上げてその都度説明してやっから、あんたは本を読んだりノートに書いたりしなさい」

「あ、じゃあノートとシャーペン……」


 俺は筆記用具とノートを準備すると、改めてミーコ先生の授業を受ける。流石に魔導書をマスターしている彼女は、一切魔導書を読まずにその内容をスラスラと語り始めた。


「まずは世界の成り立ちと構造ね。無から始まったこの世界はいくつもの次元を内包する多重次元構造になってるの。この世界を3次元とするなら、5次元が見える世界と見えない世界が当たり前に認識されている世界ね。で、7次元が物質界の元になる各素材を作り出す世界で、9次元が世界の全ての根源を作り出す世界。更に上の次元もあって全部で13次元あるわ」

「いきなりスケールのデカい話から始まるなあ」

「ま、このあたりは魔術に直接関係ないから後は端折る」

「えっ?」


 自分が教える側になった途端、このミーコ先生は不必要な部分を雑に説明するか説明せずにサクサクと省略していく。1冊目の魔導書は実践にあまり関係のない内容だったのか、詳しく語ったのは数ページ分でノートに半ページも書き取らない内に終わってしまった。


「あんなに情報量が多いのにほぼすっ飛ばした」

「仕方ないでしょ。実践に使えないんだから」

「じゃあ何で持ってきたんだよ」

「うっさいわね! 念のためにに決まってんじゃない!」


 素朴な疑問で逆ギレされてしまい、俺は困惑する。すぐに2冊めの授業に移り、こちらもかなり端折っていった。魔法陣魔法とか個人的には気になったのだけど、魔法少女の使う魔法の範囲にはないらしく、バッサリと飛ばされてしまう。


「なぁ、何か急いでないか?」

「当然よ。次の休みまでにはマスターしなきゃなんだから」

「え?」

「次に出動した日にすごく強い敵が出てきたらどーすんの? 初心者だから許してくださいが通じるの? だったらそれまでに強くなるしかないでしょ」


 ミーコの正論に俺は二の句が継げなかった。ただ、次の休みまでにこの量の魔導書を全て読んで理解するとなると、相当端折ってもかなり過酷なスケジュールだ。案の定、3冊目からは端折る事も少なくなり、魔法理論などをみっちり叩き込まれる。今日は3冊目の3分の1くらいまで進んだところで就寝時間になった。


「じゃあ今日はここまで。空いた時間に復習とかしてしっかり頭に入れておきなさいね」

「あ、有難うございましたぁ……」


 結局この日は眠気に負けて3回も引っ掻かれてしまった。次の休みまでに全部読破出来るかなぁ……。テストもするって言うし憂鬱だよ……。

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