第12話 かつてない強敵

 俺がツッコミを入れたその時、魔法の爆炎がスーッと消える。すると、お約束のように無傷のレイラがそこに現れた。ローブにも焦げ跡ひとつない。焦げ臭い匂いもしない。漂ってくるのは嗅いだ事のない不思議な匂いだけだ。

 彼女は悪役らしくニタリと邪悪な笑みを浮かべ、手を前に差し出した。そして人差し指を動かして挑発する。


「まさかこの程度ではないのだろう? 魔法少女。我らの下僕しもべ達を倒したその力を私に見せておくれよ」

「ぐぬぬ……」

「安っぽい挑発だな……じゃなかった挑発ね! その手には乗らないんだから!」


 ピンクが悔しさで何も言えない中、俺が代わりにその気持ちを代弁する。慣れていないので、すぐに女の子言葉を出せなかったけど。

 場の緊張感が高まる中、ピンクはステッキを強く握り、もっと破壊力の強い魔法を使おうとしていた。それに気付いたのは、パートナーのマルだ。


「ピンク、抑えるんだ。あいつからは情報を聞き出したい」

「分かってる。だからさっきも調整した。弱くしすぎたのかもだけど」

「とにかく、加減の難しい魔法は使うな。プランBだ」

「分かった」


 ピンクとマルはこの場面を想定して作戦を練っていたらしい。何だよそれ。俺は蚊帳の外かよ。俺もミーコと何かそう言う作戦を考えれてくれば良かったな。とは言え、人型の敵が現れるなんて想像も出来なかったから無理か……。

 マルの言うプランBがどんなものかは、ピンクの次の行動で明らかになる。彼女はステッキを頭上に掲げて呪文を唱えた。


「マジカルゥー……フルパワーッ!」


 その力強い掛け声が発せられたと同時にステッキが光の粒子に分解されていく。この時、なんで急に変身解除をするのかと俺は焦った。しかし、ステッキが消えたところで衣装も姿かたちも変わらない。その光の粒子はピンクの両手を覆ったのだ。グローブのように。

 そう、これもピンクの魔法のひとつだった。完全に粒子が定着したところで、彼女は武闘家のような構えを取る。なるほど、今度は徒手空拳で戦うと。えっ?


「ちょ、ピンク? まさか格闘技?」

「そうよ。ブルーはそこで見てて」


 もしかして、魔法少女の筋力増強を腕力に特化させたスタイルなのだろうか。俺がそう想像していると、ピンクはいきなりレイラに向かって駆け出した。ものすごいスピードだ。俺は格闘スタイルの魔法少女の動きに目を奪われる。


「力の調整、ピンクはあの方がやりやすいみたいだ」

「そ、そうなんだ……」


 突然マルが解説役になる。まるでアニメのワンシーンみたいで、俺は目の前で起こってる現象に更に現実感がなくなった。ちなみに、ミーコはじっとこの様子を観察している。目の大きさから興奮の度合いが分かった。

 あの様子だと、今晩辺り熱のこもった感想を延々と聞かされそうだ。そこまで想像して、俺はハァとため息を吐き出す。


 ピンクの動きは目で追うのもギリギリって言う超スピードだ。通常の魔法少女モードでもそれなりに早く動けるものの、今の彼女はその3倍くらい早く見える。手の届く間合いまで近付いたところで、鋭いパンチも繰り出し始めた。

 けれど、レイラにそのパンチは当たらない。ピンクはプロの格闘家じゃないし、もしプロが同じ力を持っていたら更に鋭い攻撃が出来るのかも知れない。だからといって、今のピンクのパンチがそこまでぬるいようには見えなかった。


「なんであんなに避けられてんの?」

「多分、相手も回避魔法を発動させているんだ。ピンクもそれは分かっているはず」

「ここから巻き返しは出来そう?」

「それは彼女の判断次第だね」


 何度打ち込んでもひらひらとかわされ、ピンクは一度また距離を取る。魔法で強化しているとは言え、流石に動きすぎたのだろう。彼女はハァハァと呼吸を乱していた。一方、レイラは全く疲れた様子を見せていない。呼吸も正常だ。全く構えも取らず、自然体で立っている。実力の差は明らかだった。


「レイラって言うんだっけ? あなた、強いのね」

「あなたが雑魚なだけだよ、ピンクさん」

「じゃあ、もう少しだけ付き合ってもらおうかしら?」


 ピンクはそう言うと、また力強く踏み出して距離を詰める。今度は蹴りを入れ始めた。パンチからキックに変わってもレイラの回避は神がかり的で、攻撃は全く当たらない。彼女は一切攻撃せずに避けに徹している。もしかしたら、あの神回避は避けに特化しているから出来ているのかも知れない。

 このままだと先に力を使い果たすのはピンクの方だ。彼女だってそれは今実感しているはず。俺はこの状況にすっかり傍観者になっていた。


「ブルー! 手を貸して!」

「え?」


 いきなり声をかけられた俺は硬直する。魔法攻撃も効かない、物理特化も神回避な敵の幹部っぽい相手に、魔法少女初心者の俺の何が通じると言うのだろう。攻撃魔法だってまだ1種類しか使えないのに。

 突然のリクエストに俺が動けないでいると、ピンクが大きくジャンプして俺の隣に着地した。その手にはステッキが握られている。格闘モードは解除したみたいだ。


「よく聞いて。さっきの封印石復元と同じ事をするよ。今度は私がリードするから、ブルーはついてきてくれるだけでいい。タイミングはもう分かってるでしょ」

「え、えっと……」

「あいつには生半端な攻撃は効かない。だから、2人の力を合わせよう」


 この話しぶりから言って、協力魔法はとてつもない威力になるのだろう。それだけの事をしなければダメージは与えられないとピンクは判断したのだ。

 とは言え、やっぱり俺は人間の姿をした相手を攻撃する事をためらってしまう。ここで、マルが俺達に声をかける。


「ブルー、この状況を打破するにはそれしかないと僕も思う。覚悟を決めて」

「わ、分かった……」


 こうして、このヤバいバトルに俺も参戦する羽目になった。レイラに攻撃の意志が全くないところが救いだ。ただ、それも今までがそうだったと言うだけ。彼女が俺達を本気で潰そうとしたら一瞬だろう。だからこそ、先手必勝こそがこの場を乗り切る最善の手段と言う事になる。

 対戦相手が2倍になったのに、レイラの態度は全く変わらなかった。


「正直、君達の実力を高く見積もりすぎていたよ。特にブルー。君は全くの素人だ」

「まだ戦ってな」

「分かるよ、一目でさ。これ以上失望させるようなら」

「させねーよ!」


 レイラの挑発にピンクがステッキをかざす。慌てて俺も彼女に続いた。これから行うのは2人の意識を合わせた複合魔法だ。この状況、歴戦の猛者ならすぐに何が行われるのか分かるはずだ。

 だと言うのに、攻撃対象になっているレイラは全く動じていなかった。


「へえ、1人で倒せないから2人がかりか。いいよ。やってご覧よ」

「その余裕、有り難いね。攻撃を外さずに済むよ」

「君達の本気、私に味わわせてくれ」


 やはりレイラは分かっていて敢えて攻撃を受けようとしている。プロレスラーかな? とにかく、余裕の態度を見せるレイラを見てピンクの闘志は燃え上がったようだ。ひと呼吸を置いて、彼女の口がゆっくりと開く。


「ダブルサマータイフーン!」

「?!」


 呪文の名前に一瞬戸惑ってタイミングが遅れたものの、ピンクのステッキに魔力が充填し始めたのを見て、俺もすぐに魔力の波長を合わせていく。彼女の魔法の勢いに引っ張られるように、俺も今使えるだけの魔力が湯水のように放出されていくのが分かった。

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