第10話 1000年前の秘密

 次の休日、俺達は地元の図書館に向かう。仁さんは毎日暇なのだからいつでも単独で行けるだろうに。彼いわく、平日はいつマーガが出現してもいいようにずっと待機していて無理なんだと。


「休日だと誠もいるしな。ワシはマーガを倒すのが仕事やけん」

「マーガ退治でも給料が出るといいんですけどね」

「だなあ」


 俺の冗談に仁さんはガハハと豪快に笑う。妖精2匹も本当は連れてきたかったものの、図書館って基本動物厳禁だ。ミーコはともかく、真面目で博識なマルは連れてきたかったなあ。

 調べるなら一番大きな図書館がいいと言う事で、俺達が向かったのは市で一番大きな施設。俺は初めて来たのだけれど、意外な事に仁さんはここの常連だった。


「分からん事があったらワシに聞けや」

「頼りにしますね」


 自動ドアを抜けて、俺達が向かったのは郷土の資料が並ぶ棚。舞鷹市の歴史が記された本はその棚に並んでいる。地方都市なのでやはりそこまで本は多くない。俺達は手に取れるだけの本を抜き取ると、早速調べ始めた。

 効率良く調べるために、まずは目次に注目。そこで目的の情報が書いてありそうな項目を見つけた時だけページを開いた。


「うーん、これと言って確かそうな手がかりはないですねえ」

「封印てのは普通密かにするもんやろ? 公式な書物には書かれてないんちゃうか?」

「じゃあ無駄足じゃないですか」

「まぁ待て。ハッキリと書いていなくても、ヒントくらいは分かるかも知れん」


 彼が言うには、この街が大昔から平和だったのか、途中から災害がなくなったのか、その境目があるなら歴史書に痕跡が必ず書かれているはずらしい。となると、それは数百年単位か、もっと昔の時代の話になりそうだ。

 地元の歴史をどんどんどんどん遡っていくと、この街の最初の方の記録に辿り着いた。それは約1000年前の出来事の記述だ。


「この街は1000年前くらいに人が多く住み始めたみたいですね」

「1000年より昔の記録が残ってないみたいやのう。これはちょっとおかしないか? 日本の歴史はもっともっと古いで」

「じゃあ、キーワードは1000年前……」


 ひとつの結論が導き出された後、この説を裏付けるために他の本も全て念入りに読み漁る。俺達の推測を補強するかのように、どの本にも1000年前以前のこの街の情報は書かれていなかった。これは明らかに不自然だ。

 読める本は読み尽くしたので、この僅かな手がかりを元に俺達は仁さんの家に戻る。そこで留守番をしていたマルに、早速調べた結果を伝えた。


「そっか、1000年前……」

「この街は1000年前に何かがあったはずなんだ。マルはこの事についてどう思う?」

「1000年前と言えば、僕らの世界では大事件があったんだ。勿論、舞鷹市の歴史とは関係ないかも知れないけど……」


 マルはそう前置きすると、1000年前に妖精界で起こった事件の詳細を語り始める。その話によると、当時の妖精界は存亡の危機に陥っていたらしい。


「魔界の暴君が侵攻してきたんだ。妖精界だけじゃない。他の世界も襲われたって聞いてる。魔界の軍勢は全次元制覇を目論んでいたみたいなんだ」

「そんな事が?」


 いきなり話のスケールが大きくなり、俺はゴクリとつばを飲み込む。


「全次元同時侵攻だったから、当時の次元の王達が連合軍を結成して魔界の軍勢と戦った。それでも鎮圧するのに1年かかったらしい。当然、連合軍が勝利したよ」

「それは一安心やな」


 一緒に話を聞いていた仁さんが腕を組んでうなずいている。ここまで話を聞いた俺は、何故この街のピンチに妖精界が動いたのか分かった気がした。


「その話、舞鷹市と無関係じゃないと思う。だって、マーガって魔界の勢力みたいじゃん。もしかしたら魔界の軍勢の敗北を知った人達がこの街に逃げてきたのかも」

「平家の落ち武者みたいなんか?」

「そうそれ!」


 俺は仁さんの言った喩えに目を輝かせる。そっからの説の展開はこうだ。


「舞鷹市に魔界の軍勢が現れて暴れた事で、街は荒廃した。そこで当時の陰陽師的な所が動いて、そいつらを討伐したんじゃないかな。で、封印したんだよ」

「なるほど、その流れはあるかも知れないな」


 マルはこの説に理解を示す。そこからは彼が俺の説を補強した。


「封印を解いた黒ローブってのは、何らかの方法で先に封印を自力で解いたんだろうな。それで、今も街の何処かで封印を探しているのかも知れない」

「そもそもの話、封印が全部解かれるとどうなるんや?」


 仁さんは腕組みの姿勢を崩さないまま、マルに顔を近付ける。黒猫妖精は目に力を込めて見返すように彼の顔をジッと見つめた。


「……これは最悪の想定だけど、舞鷹市が魔界になるのかも知れない」

「魔界になるとどうなる?」

「最悪だよ。気候も悪くなるし、治らない重い病気が流行るし、そうなると当然人々の心も荒ぶ。常に争いが絶えない、そんな地獄のような世界になってしまう。もしかしたらその現象は舞鷹市だけに留まらず、世界中に広がってしまうのかも……」


 この予想に俺はビビる。どうやら魔界の住人はその環境が一番心地良いのだそうだ。マルの話を補足すれば、それらの話にプラスしてマーガのようなものがウヨウヨいる世界になってしまうのだろう。あんなバケモノが当たり前にいる世界だなんて、そんなのはまっぴらゴメンだ。

 不安が大きくなった俺は、マジ顔の黒猫妖精を両手で掴むとその体を引き寄せて顔を近付ける。


「マル、まだ大丈夫なんだよな?」

「舞鷹市はまだ魔界化していない。今なら手はあるはずだよ」


 封印のひとつは破壊された。けれど、街がまだ平穏を保っていると言う事は、他の封印は破壊されていない。つまり、今から俺達がやるべき事は黒ローブより先に生きている封印を探してそれらを守る事だ。

 そうして、出来れば封印を解きに現れた黒ローブを倒す事が出来れば万々歳だろう。


 こうして、俺達の今後の方針が定まった。事情を分かっている黒ローブですら未だに見つけられていない封印を、先回りして守れるのかと言う不安はある。

 けれど、この場にいる全員で協力して、必ず地元を守りきると俺達は決意を新たにしたのだった。

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