第9話 舞鷹市の結界についての考察

「禍々しいからマーガ。もうこれでいいだろ」

「おお、ええやん。それで行こや」


 紆余曲折もありつつ、こうして敵の名前が決まったところで、やっと中断していた話の再開だ。あの石が封印していたものは何だったのか……。破壊跡からマーガが出てきたけれど、後で覗き込んだらもう生き物の気配は何もなかった。アレで全部出尽くしたと言う事なのだろうか。

 俺が思考の迷路をさまよっていると、マルが真剣な目で俺達を見つめる。


「もう分かってると思うけど、巨石はマーガの素を封印していたんだ。だからこの問題は舞鷹市の過去を知らないと解決出来ないと思う」

「素? マーガそのものじゃなくて?」

「誠、君は石が破壊された時に何かがが出ていくのを見たんだよね。きっとそれがマーガの素、魔素なんだ。その素が生き物に取り憑いてマーガに成っている。僕はそう思うんだ」


 マルの説は正しいような気がした。多分あの昆虫マーガは深淵の闇に吸い込まれた昆虫とその素が融合して生まれたのだろう。虫なら神社にたくさんいるし。

 ひとつの謎に暫定的な決着がついたところで、俺は根本的な疑問を口にする。


「黒ローブの目的が魔素を開放するだけとは思えない。マーガを舞鷹市に蔓延させる事で起こる『何か』を狙っているんじゃないか?」

「確かになあ。マル、妖精界ではその辺りはどうなんじゃ?」

「僕達はこの街を守るために来たけど、それはこの状況を放置していたら妖精界にも影響が出るからって聞いてる。世界を守るためだって。つまり、このレベルで終わる話じゃないんだ」


 マルは改めて自分達がこの世界に来た理由を口にする。その流れで、あの石が何だったのかについても言及を始めた。


「多分神社にあったのは結界のひとつだと思う。その結界で魔素を封じ込めていたんじゃないかな。もしかしたら、同じような結界が他にもあるのかも知れない。黒ローブの目的ってそれなのかも。まだ街が平和って事は、他の結界は無事って事なんじゃないかと思う」

「ちょっと待ってくれ。なんでそんな結界がこの街にあるんじゃ?」


 マルの考察に仁さんが待ったをかけた。確かに、この平和そのものの舞鷹市に似つかわしくない話だ。街に何かしらの封印がなされているだなんて聞いた事もない。俺も彼の意見に賛同する。

 すると、黒猫妖精はコホンと小さく咳払いをして、この疑問に答えた。


「そもそも、この街は守られている。それは特別な事なんだよ。日本は様々な災害に見舞われたり、異常気象の影響を受けているだろ」

「ん、まあ……」

「その点、この街はどうだ。地震も台風もまるで避けるように被害を受けない。変だとは思わないか?」

「それが結界っちゅーんか?」


 珍しく察しの良い仁さんの言葉に、マルは無言でコクリとうなずく。この街が自然災害に無縁だったのは、地形とか街の位置だとかそう言う要因だけが理由じゃなかったのか……。結界的な見えない力が守っているなら、台風が避け、地震があまり揺れないと言うのも一応の納得は出来る。

 そして、マルは何故この街にそんな結界があるのか、その理由についての考察も披露した。


「この街が守られていると言う事は、逆に言えば、この街が災害に遭ってはいけないと言う事なんだ。土地に大きな刺激を伝わると不味い。ここまで言えば分かるだろ」


 この問いかけに、仁さんは腕を組んで首をひねっている。今度の質問は彼にとって少し難度が高かったようだ。

 そこで、今度は俺が閃いた答えを口にする。


「大地震とか強い台風が直撃して封印の石が壊れたらマーガが大量発生してしまう?」

「そう、誠、正解だよ。まぁこれは飽くまでも僕の推測だけど」


 マルはどこかの有名予備校の講師みたいに俺の回答を褒めた。正解を導き出せて、俺はムフンと鼻息を吐き出す。災害を防ぐための結界のひとつが壊れたと言う事は、これからは大きな災害が舞鷹市を襲うようになるのだろうか。

 俺は自分で導き出した結果に、今更ながら戦慄を覚える。ただし、まだその兆候がないため、この考察が事実かどうかについてはもっと情報を集めた方がいいのかも知れない。


 俺達の会話を腕組みをしながらじっくりと聞いていた仁さんは、ここにきてマルの方に顔を向けた。


「あの石が結界のひとつと言うのは分かった。マルはそれが他にもいくつかあると言うんやな?」

「きっとあるはずだよ」

「じゃあ、黒ローブのやつは封印を全部壊して何をしようとしとるんじゃ? マーガを大量発生させたいだけなんか? 街を他の地域と同じくらいの災害地域にしたいんか?」


 仁さんの疑問も最もだ。まだ一番大事な敵の目的が見えてこない。俺も全く想像もつかない。封印を壊して、その先には一体何があると言うのだろう。もしかして、俺達には想像もつかない秘密がこの街に隠されている?

 この疑問にも、マルは独自の答えを導き出していた。


「飽くまでも僕の考える説なんだけど、この街を本来の姿にしようとしているんじゃないかと思う。そのための封印の全解除なんじゃないかな。その本来の姿がどう言うのかは分からないけど」

「そもそも、この街にそんな封印をしたのは誰なんじゃ?」


 仁さんはマルの話から導き出される当然の疑問を口にする。この質問には流石の黒猫妖精も答えられなかった。マルが分からないんじゃ、当然この場にいる全員分からないと言う事になる。

 話が行き詰まったところで、俺達は解決策を模索する事になった。手持ちの情報の中に答えが見つからないなら、探すしかない。


「ちょっとネットで調べてみます」

「どうやって探すつもりじゃ? 何て検索したら答えが見つかる?」

「うう、それは」


 仁さんの素直なツッコミに、スマホを操作する指が止まる。検索は便利なものの、目的が具体的でないと目的の情報には辿り着けない。俺が落胆していると、突然目の前のおっさんがガハハと笑い始めた。


「こう言う時に頼りになるのは図書館じゃろ。まずはこの街の歴史について書いている本を探そうやないか」

「おお、その手がありましたね!」


 封印がいつ行われたかは分からないものの、舞鷹市の歴史を調べれば何らかのヒントくらいは見つかるかも知れない。図書館で調べると言う仁さんのアイデアに俺はポンと膝を打った。

 と言う訳で、俺達は舞鷹市の歴史を調べる事になったのだった。

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