敵の目的

第8話 仁さんの家で作戦会議

 神社で昆虫型のバケモノを取り逃がした後、俺達は仁さんの部屋に集まっていた。これからどうするかについて話し合うためだ。

 室内は最初に来た時とあんまり変わっておらず、相変わらずシンプルな感じでスッキリしている。意外と彼はキレイ好きなのかも知れない。物が少なめなのは無駄遣いが出来ないからだろうか。


 集まったとは言っても、そこにいるのは中年男2人に猫妖精2匹。なので、大して賑やかになると言う訳でもなかった。昼に集まっているので酒類も出ない。仁さんは見た目こそ酒好きキャラにも見えるものの、実際はどうなのだろう。酒癖が悪かったら距離を置かないとなあ。

 そんな彼は自分で出したお茶をぐいっと飲んで、早速話を進める。


「そろそろ、変身後のワシらの名前を決めんとな」

「は?」

「おめえ、ワシら変身中は美少女なんやぞ? 名前で呼び合えんだろが」

「あっ」


 話し合う事の最初がこれかよと思ったものの、確かにこう言うのは先に決めた方がいいだろう。今までは2人で活動する事はなかったけど、これからはそう言うパターンも多くなりそうだし。

 俺達はしばらく考えたものの、すぐに良い案が思いつくはずもなかった。そこで俺は代替案を思いつく。


「名前がアレなら、名字でいいのでは?」

「バッカおめえ、魔法少女2人が名字で呼び合うとか夢がねえじゃねえか」

「夢っすか」

「そうだよ。例えば……」


 そこで仁さんが提案したのが『ピュアピンク』。これは彼の魔法少女の時の名前だ。衣装がピンクだからそうなったのだろう。となると、俺の魔法少女ネームは『ピュアブルー』と言う事になる。

 某有名アニメに出てくる名称にすごく名前が近いのが気になるものの、俺は悪くない気がした。


「それで良くないですか?」

「そか? じゃあこれで行こか」


 自分が設定した名前を褒められて、仁さんは満面の得意顔になる。この人、意外とそっち系のネーミングセスがあるのかも知れない。まあちょっと長いので、バトル中は「ピンク!」とか「ブルー!」とか、そんな感じで略す気がするけど。

 とにかく、呼び方は決まったので次の話題だ。この場は誰が発言するかは決まっていない。なら、今度は俺が話す番だ。


「あの石って結局何だったんだろ?」

「封印していたんだろうね」


 ここでマルが会話に入ってくる。流石に使命を帯びて妖精界からやってきたエージェントだ。俺達よりこの手の事に詳しい。とは言え、何かを封じ込めていたと言うのは俺でも分かる事だ。実際に目にしたし。

 なので、何を封じていたのか、開放されて何が起きたのかの方が大事だろう。俺は黒猫妖精の方に視線を向ける。


「マルは何か知ってるの?」

「誠の話からすると、破壊された翌日からバケモノが出現している。つまり」

「そうだ! そこだよ」


 話の途中で仁さんが強制的に介入する。俺はこの予想外の展開に彼の顔を見た。


「バケモノって言うのは何かアレじゃろ? こっちの呼び方も決めとこうや」

「そう言うのって敵が自称するものなんじゃ?」

「まだ喋れる敵が出とらんじゃろが。こう言うのは早い者勝ちなんじゃ」

「えぇ……」


 俺は得意顔の仁さんの勢いに飲まれてしまう。バケモノの名前……確かに決めていた方がソレっぽくはなる。俺はそう言うの気にしないけど、彼はキッチリしたい派なんだろうなあ。

 今回は代替案が何も思い浮かばなかったので、返事待ちをする事にした。


「何かいい名前はないかのう? 誠は思いつかへんか?」

「さっぱり」

「んじゃあ、えーと……。そうじゃ、マルは何て呼んどったんじゃっけ?」

「魔獣だよ。でもこの街に現れるのは獣ばかりじゃないから相応しくはないかな」


 マルの意見を聞いた仁さんは顎に指を乗せる。ちなみに、この会議に参加してるはずのミーコはスヤスヤと寝息を立てていた。余計な茶々が入らない分、こっちの方がいいのかも知れない。

 マルが敵の事を魔獣と呼んでいる事に、俺は思い当たるフシがあった。


「そう言えば、昔は男も魔女って言われてたんだっけ。そう言う意味では魔獣でいいんじゃないか?」

「いや、そう言うんじゃのうてのう。専門用語を使った方がそれっぽいじゃろ」

「えぇ……」


 仁さんはこの状況を楽しんでいるようだ。実利より趣味と言うか。それだけ精神的な余裕があるのだろう。この話し合いは彼が納得しないと進まない。なら、その流れで進めるのが一番話がスムーズに回るだろう。敵バケモノのネーミング、俺もマジで考えてみようか。

 俺達は腕を組み、何かいいフレーズはないか考え始める。この茶番じみた行為にマルまでも真剣に参加していた。2人と1匹が何も喋らずに唸っていると言うシュールな光景は、他人から見たらよっぽど奇妙に映る事だろう。


 この世界を守るために来た妖精が敵の事を魔獣と呼んでいたと言う事は、敵は魔の眷属と言う事なのだろう。なら、その種族の名前は頭に『魔』を入れるのが自然だ。ただ、既存の名称だとまた仁さんが不満を訴えるに違いない。となると、やはり横文字系のネーミングがいいのだろうか?

 考えれば考えるほど、頭の中が混沌としてくる。自分の考えと言うより、仁さんが好む言葉を推理するゲームのようだ。こんな事をしていてもいいのだろうか?


「意味は割とどうでもいいんじゃ。響きなんじゃ。これって言う響き……」

「なんか、マンガやアニメの設定を考えているみたいですね」

「まぁ、似たようなもんじゃろ。この状況はアニメの世界みたいなもんやし」

「まぁーだ悩んでの? アホらしー」


 この状況でミーコが起きた。彼女は後ろ足で頭を掻いている。白猫妖精の冷徹な瞳は、俺達全員を等しく見下しているように見えた。


「敵なんて適当にそれっぽい感じで呼べばいいじゃん。アニメとかだとほら、ザケンナーみたいな感じだったりするじゃん。そんなアホっぽいんでいいでしょ。もういっそ、ウガーとかさあ、そう言うアレで良くない?」

「ウガーか。……それええな!」

「えぇ……」


 仁さんはミーコの出したウガーと言う名前を一瞬で気に入る。ウガーなんてアホっぽい名前に比べたら、魔獣の方がよっぽどマシだ。普通の人の感覚ならそうなるだろう。と、普通代表の俺は思う。大体、あのバケモノ達が「ウガア!」って常に叫んでいる訳でもないし。

 この流れは、言い出しっぺのミーコが一番納得がいかないようだった。


「ちょ、簡単に決めないでよ。ウガーってのは喩えなの。これに決めたら私が許さないから!」

「ほ、ほうか。悪かったな……」


 こうして、仁さんが頭を下げてウガー案は却下される。これでまたリセットだ。こんなどうでもいい話は早く終わらせて次に進めたいのに……。だから会議ってのは嫌なんだよな。何事もサクサクと決まらないから。

 結局、敵バケモノの名前は『マーガ』に決まった。マルが強引に決めた感じだ。

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