第4話 魔法少女の適性

 俺は部屋にいる仁さんの方に顔を向ける。彼の言葉を聞く前にマルがやってきた。


「誠、妹を連れて行ってくれ。魔法少女の担当は1人ずつなんだ。君のサポーターは妹なんだよ」

「と言う訳だからっ!」


 マルが言い終わるやいなや、ミーコはシュルリと俺の肩に駆け登ってしがみついた。どうやら持ち運びの用の入れ物はいらないらしい。

 この状況が嬉しくなった俺は、上機嫌で帰宅する事にした。


 仁さんの家から俺の住むアパートはそれほど遠くない。来た事がないと言うだけで、歩いても30分もあれば辿り着ける距離だ。俺は記憶を頼りに道を選んでいく。西の空は赤く染まっており、頬を撫でる風が心地よかった。


「あーし、実はこっちで外に出るのが初めてなのよ」

「キレイだろ」

「ふん、妖精界の方がよっぽどキレーだし」

「はは、メルヘンの世界には勝てないよ」


 笑いながら肯定すると、気を悪くしたのかミーコはそこから無口になった。俺としては家に着くまで楽しく話しながら歩きたかったので、この展開はかなり不本意だ。一体どう返事を返すのが正解だったのだろう。

 そんな事をグルグルと考えている内に家についた。俺の住んでいるアパートも仁の家と大差はない。築30年の安アパートだ。階段を上がって二階の端っこのドアの前に立って鍵を開ける。すると、すぐにミーコが俺の肩から降りた。室内を物色しながら、彼女はマウントを取るようにつぶやく。


「ふーん、つまんない部屋」


 この一言に、俺はカチンと来る。大体、さっきまでいた仁さんの家だって似たようなものだ。どちらかと言えばウチの方がまだ新しいくらいだし、室内も片付いている自信がある。一体何を根拠につまらないと?

 感情が高ぶってしまった俺は、彼女に真意を問うよりも先に悪意が顔出していた。


「そんな事言うなら、今から動物病院に行って注射を射ってもらおうかな?」

「やだー! 注射嫌いー」


 ミーコは注射と言うワードに怯えて走り出した。この慌てようは既に注射の経験があるのだろう。この世界に来てすぐに射ったのか、妖精界にも注射があるのか――。

 とにかく、ちょっとビビらせたいと言う作戦は成功したと言う事で、俺は押し入れの隅っこで震える妖精に種明かしをする。


「ごめん。冗談だよ」

「ちょ、全然笑えないんですけどー!」

「君だって俺の家をつまらないって言っただろ」

「あーしのせいだって言うの? さいてー!」


 結局、へそを曲げたミーコは一時間くらい出てきてくれなかった。どうしたらいいのか困っていると、痺れを切らした彼女がいつの間にか俺の足にまとわりつく。どう言う心境の変化と思ったら、答えは単純だった。


「お腹すいたんだけどー。あーしを飢えさせる気?」

「あ、そっか。でも、猫缶とかそう言うのなかった。ごめん。今から買って」

「あーしを猫扱いしないで! あんたと同じもの食べさせてよ。猫じゃないんだから。玉ねぎとかもへーきだから、むしろ好物だから」


 流石は妖精。猫にはタブーな食材も問題ないらしい。それならばと、俺は昨日から作り置きして冷蔵庫に保存していた料理の名前を口にする。


「じゃあ、カレーでいい?」

「カレーあんの?! 大好きなやつ!」


 そんな流れで、俺達は夕食のカレーを一緒に食べた。人と同じものが食べられると言っても体の作りが猫だけに、スプーンは使わずにガツガツと直にカレーを食べていく。俺はその様子をニコニコ笑顔で眺めていた。ああ、猫の食事シーンは癒やされるなあ。

 途中で俺の目線に気付いた彼女は、食べるのを中断してジト目になる。


「何じっと見てんのよ。あんたもしっかり食べなさいよね」

「あ、そうだね。うん」


 まぁ、あんまり食事風景を見られるのも気分のいいものではないだろう。俺は視線をそらすと自分の食事に集中した。食べ慣れているカレーはすぐに胃袋に収まり、俺は食器を片付ける。それが終わった頃には、ミーコもすっかりお皿を空っぽにしていた。


「ふー、ごちそうさま。まあまあね」

「そりゃどうも」

「片付け終わったら渡すものがあるから、すぐにあーしの前に来てよね」


 俺はその言葉の通りにして、ミーコの前に座る。彼女は俺の前に指輪を置いた。


「これは?」

「その指輪がステッキになるの。指輪ならなくさないでしょ」

「どうも……」


 俺は早速指輪をはめてみる。アクセサリーなんてつけた事がないから不思議な感覚だ。一応誤解されないように右手の人差し指にセットする。とは言え、それだけではステッキにはならない。


「どうやってステッキにするんだこれ?」

「何でもいーんよ。呪文でも掛け声でも心に思い描いても。ステッキを具現化させようとすれば指輪は反応するから」

「へぇ……」


 説明を聞いた俺は、ステッキのイメージを強く念じながら指輪をはめた右手を握って頭上にかざした。呪文とかは恥ずかしいので無言だ。すると、このアクションに反応した指輪が光り輝き、あのピンク魔法少女も振り回していた魔法のステッキが具現化する。

 俺は初めてのステッキに心が震えた。しかし、この段階ではまだ女児用のおもちゃを嬉しそうに握っている危ないおっさんだ。


「あっさり第一段階クリア……やるじゃん」

「でも、ここからどうやって魔法少女に?」

「そこも同じ。魔法少女をイメージして何かアクションをするだけ。その方法は頭に浮かぶから」


 ミーコからのアドバイスを受けて、さっき同様に無言で強く念じる。しかし、それだけではステッキは稼働しない。そこで今度はステッキを適当に振ってみた。

 クルクル振っている内に気分も乗ってくる。それを終えた後、俺は思わず叫んでいた。


「へーんしんっ!」


 次の瞬間、ステッキから光が溢れ出してくる。その光に包まれた俺は恍惚感に満たされ、快感で頭の中が真っ白になった。ああ……気持ちいい……。

 気がつくと光は収まっていて、俺は魔法少女になっていた。ピンク魔法少女と同じ感じの服を来ている。背格好も近い感じだ。違うとすればその色。俺の衣装は青を基調にしていたのだ。この様子だと髪も青いんだろうな。


 この一部始終を眺めていたミーコは目を見開いて、あんぐりと口を開けている。


「こんなあっさり変身出来るなんておかしい。普通の人間じゃ出来ない事だよ」

「そ、そうなの?」

「あんた、何か隠してるでしょ? 洗いざらい吐きな」


 ミーコの鋭い視線がぐさりと俺を貫く。隠し事と言う事で、俺は一ヶ月前の神社でのあの一件を唐突に思い出していた。

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