魔法少女の初仕事

第5話 基礎トレの日々

 ミーコはじっと俺の顔を見ている。適当な嘘なんて通用しない強い圧だ。きっと浮気を見抜く奥さんの視線もこんな風なのだろう。

 俺の心の奥底にあるものを見抜いた彼女は、ジリジリと近付いて至近距離から見上げてきた。


「どうなの? 何かあったんじゃないの? 言っとくけど、あーしに嘘は通じないから。思い当たる事、全部言いなさい」

「えっと……。関係あるかは分からないんだけど」

「それはあーしが判断するから!」


 ミーコは俺の膝に乗って凄んでくる。ここまでされたらもう話すしかない。俺は一ヶ月前に体験した奇妙な出来事を、覚えている限り詳細に話す。謎の黒ローブの人物、神社での奇行、そして姿を消した事を――。

 最後まで黙って話を聞いた彼女は、すぐに表情を一変させる。


「そいつめっちゃ怪しいじゃん! 雑魚は仁に任せてあんたはそいつを探しな」

「えぇ……」

「休みの日は神社巡り、わーった?」

「えぇ……」


 ミーコは俺の膝から降りると窓際まで歩いて言って何か独り言を話し始めた。テレパシー的な能力を使っていたのかも知れない。何故なら、それが終わった後に俺に報告をしに来たからだ。


「兄貴と話はついたから。仁もそれでいいって」

「俺だけ蚊帳の外?」

「あんたは新人で素人なんだから先輩の意見には従いなさい」

「えぇ……」


 とまぁ、そんな感じで俺の仕事はなし崩し的に決まってしまった。大体、あの黒ローブを探すと言っても、常に神社に現れるのかどうかは分からないし、そもそも今も舞鷹市にいるかも分からない。見つかる可能性はほぼゼロだ。

 とは言え、いきなりバケモノとのバトルはやっぱり怖いし、地元の神社を巡りながら少しずつ魔法少女と言うものに慣れていってもいいのかも知れない。


「まぁ、いっか……」


 夜、布団に入った俺は組んだ両手に頭に乗せてひとりごちる。そのままぼうっとしていると、肘にミーコが頭を乗せてきた。あれ? これポーズを崩せないやつ?


「中々いいわこれ」

「俺の事嫌いじゃなかったん?」

「そ、それは……。ちょっとは仲良くならないとでしょ。あーしだって使命があんだから」


 ミーコは顔を背けながら延々と言い訳を並べ始める。ツン100%から少しずつデレが発生してきているのかな? 正直猫が至近距離に来てくれるだけでご褒美なのだけど、気を許してくれた彼女を見ていたら少しだけ欲が出てきた。

 俺は顔を横に倒して彼女の後ろ姿をぼうっと眺めながら、少しだけ攻めてみる。


「ミーコもやっぱりいい匂いすんの?」

「な、変態! 寄ってくんな!」

「えぇ……」


 ミーコは勢いよく飛び上がって俺から距離を取る。暗いので表情は分からなかったものの、かなりご立腹のようだ。変な勘違いでもしたのだろうか。猫飼いの人がよくやる猫吸いがしたかっただけなのに。

 経緯はどうあれ、結果的に彼女が離れたので俺は今のポーズを解除して普通に眠る。朝まではじっくり熟睡出来たものの、鳥のさえずりが聞こえ始めた時間に強制的に起こされた。


「早く起きなさいよ。朝になってんだけど」

「今……げえっ! 5時?!」

「あんた体力とかないんだから、筋トレとかジョギングとかすんの! 今から!」

「えぇ……」


 一夜明けたらミーコが鬼トレーナーになっていた。何を言ってるのか分からねーと思うが、俺にも説明している時間はなかった。彼女があまりにもしつこいため、俺はその言葉に従わざるを得なくなってしまったのだ。


「まずはストレッチ、腕立て伏せとかスクワットとかよ!」

「いきなり起きぬけはキツいよ」

「文句を言わずやる! バトルになったら言い訳出来ないよ!」

「えぇ……」


 この特訓、どうやら詳しい回数とかの指定はないらしい。30分程度で気の済むまでやる。ただそれだけ。ゆるいのかそうでないのかは分からないものの、仕事に支障が出ない程度に体を動かした。

 最初だけに腕立て伏せ10回程度とかで誤魔化したものの、じいっと監督されていたので手抜きだとバレた時点で指導は厳しくなるだろう。どうしたものか……。


 それが終わったら着替えてパトロールを兼ねた外の散歩だ。いきなりジョギングはキツいので、そこは変えてもらった。外出時はミーコが肩に乗る。早朝の街はとても空気が済んでいて、いいリフレッシュになった。

 まだ朝が早いので、近所の人とか誰にも遭遇しない。俺は人付き合いとかあまり得意じゃないのでこれは助かった。無人の道を気持ちよく歩いていると、肩に乗った彼女が大きくあくびをする。


「眠いなら家で寝てていいのに」

「あ、あんたがサボらないかチェックしてんのよ」


 はい、ツンデレお約束のヤツいただきました! このご褒美に嬉しくなった俺は散歩中の周りの景色に目を向ける。

 空が白み始めた街の姿は見慣れていないのもあってとても新鮮で、そして不思議と心地良い。早朝の新鮮な空気がそう思わせてくれるのだろう。


「こんな時間に散歩するのは初めてだけど気持ちいいな。起こしてくれて有難うな」

「は? おだてても甘くしたりしないんだからね!」


 朝の散歩はミーコのおかげで退屈せずに済んだ。とは言え、あんまりのんびりしていると出勤時間にも響いてくる。なので、時々時間をチェックしながら散歩コースを吟味する。

 大体計算通りの時間に家に戻ると、そこから朝食と出勤準備だ。


「朝、味噌汁で大丈夫?」

「いつもそう言うルーティーンなんでしょ。合わせるし」

「じゃあ2人分だ。たくさん作るのって初めてだなあ」


 俺は朝食を二人分作りながら、この状況にちょっと興奮する。朝から誰かのために料理を作ると言うのは、実家で暮らしていた頃にもなかった経験だ。

 俺が鼻歌交じりで鍋の様子を眺めていると、ミーコが音も立てずに近付いて来る。


「あんた恋人とかいねぇの?」

「え? それは」

「まー、部屋見たら分かるわ。必要最低限って感じ」


 最初に来た時に発した値踏みするような一言と同じレベルの爆弾が投下され、またしても俺の心にぐさりと刺さる。心に大ダメージを食らい、しばらく何も喋れなくなった。ミーコに悪意はない、ないんだ。

 ずっと無口のままに食事の準備は進み、白ごはんに味噌汁に卵焼きが並んでいく。今朝も慎ましい食卓だ。


「「いただきまーす」」


 何故かハモって朝食が始まる。楽しい食卓と行きたかったのに、俺はさっきのダメージが抜けきれておらず、ただ静かに料理を口の中に放り込んでいた。

 同じメニューを器用に食べているミーコは、咀嚼しながら自分の好みを口にする。


「ちょっと味が薄いかも。健康に気ぃ使ってんの?」

「薄味が好きでね……」

「次からもっと濃くしなよ。あーしはそっちの方が好き」


 濃い味がいいと言う事で、マヨネーズとソースどっちが好きか聞いてみると、塩コショウ派だった。なんだよ、俺と好みが一緒じゃないか。そう言うところでまた親近感が湧いてくる。早くもっと仲良くなりたいな。仲良くなれるといいな。

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