第3話 魔法少女の事情

 記憶を消す選択肢を仁さんが止めようとしていると言う事は、俺を仲間に引き入れたいのだろう。だとすれば、もう少し魔法少女の事を聞く必要がある。大体、安易に決められるものじゃないし……。

 俺はゴクリとつばを飲み込むと、目の前のおっさんに質問をぶつける。


「いつもあんなに楽勝な感じなんですか?」

「おうよ。苦戦した事なんか一度もねぇわ」


 仁さんは誇らしげに胸を張る。その態度に嘘はないようだ。仲間に誘うと言う事は、きっと俺にも同じ事が出来るのだろう。変身はともかく、俺も魔法は使ってみたいし、それでバケモノを倒せると言うのも面白そうだ。苦戦する事もないのなら、この話に乗ってもいいのかも知れない。

 俺の心の天秤が仲間になる方に傾き、そして自分の中で確実なものとなった。


「じゃあ、やっても……いいかなあ……」

「よし決まりや! 誠、歓迎するぜ!」


 仁さんは大きな声で豪快に笑う。やはりこの展開に持っていきたかったようだ。俺はハメられた感が心の中で大きくなり、決めた直後から後悔し始める。

 そこで慌ててマルにキャンセルを告げようとしたところで、彼が先に喋り始めた。


「紹介するよ、妹のミーコだ。今から君の担当になる」

「え?」

「チョリーッス」


 現れたの美しい白猫。妹と言うだけあって、毛の色以外はマルとそっくりだ。この猫と一緒に暮らせるなら悪くはないかもと、俺はキャンセルをキャンセルする。

 そうして、この白猫妖精に向かって手を差し出した。この時の俺の顔はかなりだらしなかったのかも知れない。だって――。


「あーしこいつ好きくない。マジで仲間にする気? ヤバ……」


 そう、いきなりミーコに嫌われたのだ。この予想外の展開に俺は頭上からタライが落ちてきたかと思うくらいのショックを受ける。俺は秒で心が抜け殻になってしまった。

 流石にこれはまずいと思ったのか、ここでマルが妹の方に顔を向ける。


「ミーコ、失礼だぞ」

「だってこいつ、生理的にヤなんだよ。あーしが面倒見なきゃなんだろ? 全然やれる気しねーから」

「それはミーコがやる気ないからで、楽したいからだろ。兄ちゃん分かってるんだぞ。ミーコから受け入れないとまた堂々巡りだ。いいのか、それで」

「うーん」


 この説得から、ミーコの背景がおぼろげに分かってきた。結構な問題児なのだろう。俺もそこまで出来た人間じゃないけど、猫は好きだし、仲良くなりたい。本当は猫っぽい妖精だけど、見た目が猫なら俺の中では猫だ。

 兄の言葉にしばらく黙り込んでいたミーコは、不機嫌そうな表情で俺の顔を見る。


「仕方ねーな。でも言っとくけど馴れ馴れしくすんじゃねーぞ」

「よろしくね、ミーコ」


 態度最悪の彼女に、俺は営業スマイルで手を差し出す。しかしそれは当然のように無視された。猫パンチで返されなかった分マシかも知れない。いや、接触がある分そっちの方がまだご褒美だろう。

 ただ、兄に諭されたのもあって、渋々俺の近くにはやってきた。


「あんた、あーしを大事にしになさいよね」

「それは、任せて」

「ふん」


 ミーコは顔を背けるとぺたりとその場に座る。今の状況だと背中を撫でたら引っ掻かれそうだ。俺はいつか仲良くなれたらなと思いつつ、触るのを我慢する。

 俺達のやり取りをじいっと見守っていた仁さんは、ここでガハハハと豪快に笑い出した。


「これでお前もワシらの仲間になったって事やな。じゃ、改めて自己紹介しよか。ワシは村上 仁。37歳や。サポートのこいつはマル。そっちの白いのがマルの妹のミーコや。2人共猫の姿をしているが妖精だぜ。ここまではええな」

「はい……。あ。俺は31です」

「ワシらがしているのはバケモノ退治やけど、その正体はまだよく分かっとらん。マルの上は知ってるかも知れんけど、こいつも知らされとらんのやと」


 仁さんいわく、マルとの出会いは突然だったらしい。バケモノに遭遇して腰を抜かした時に、颯爽と目の前に現れてアイテムを渡してきたのだとか。そこで変身して、バケモノを倒してからの縁なのだそうだ。


「決断力すごいですね」

「あの時は一瞬で分かったんや。たまにあるんよ、そう言うんが」


 仁さんはニンマリと得意げに笑う。と、ここで俺の頭に疑問が浮かんだ。


「でも仕事はどうしてるんです? バケモノは時と場所を選ばないと思うんですけど」

「ああ、ワシは今仕事をしとらんけん。いつでもフルタイム動けるんや」


 なんと、目の前のおっさんは純粋なニートだった。怖くて詳細な事情は聞けないけど、それならバケモノがいつ出現しても対応出来るのも納得だ。

 ただ、やはり働かないと食っていけない俺からしたら、ニートと言う存在にはちょっと引いてしまう。多分、この話を聞いていた時の俺は笑顔を引きつらせていたはずだ。


「バケモノってどうやって感知してるんですか?」

「基本的には直感やな。力に目覚めてから分かるようになった。安心せい。仕事を休んでまで付き合えとは言わへんから」


 仁さんはそう言うとまた豪快に笑う。でも今まで1人で回せてきたのだから、その自信にも納得だ。まぁ、この状況が変わらなければ――だけど。

 バケモノに関しては、どこから現れるのかだとか、出現頻度だとか、そう言う情報が全く足りていない。もしこれからあちこちで同時に出現するような事になったら、多分1人では対処出来ないだろう。


 俺はそう言う最悪の事態を頭に入れつつ、その事には言及しなかった。下手に口にする事で、今すぐにでも仕事を辞めてくれと無茶を言い出すパターンを危惧したのだ。


「じゃ、じゃあ俺は休日ヒロインって事で」

「おう、よろしくな! 相棒」


 上機嫌の仁さんに手を差し出され、俺は流れで握手をする。彼の手は大きく、ゴツく、じんわりと湿っていた。典型的な肉体労働系のおっさんの手だ。無職になる前は一体何をしていたのだろう……。

 そこからは、バケモノ関係の話はここに集まってする事などの色々な決まり事を決めていく。何か分かった時に情報を共有するのもここでする事になった。


 大体の話が終わると解散と言う事で、やっと俺は開放される。玄関で靴を履いていると、音も立てずにミーコがやってきた。


「あんた、あーしを忘れてるじゃないの」

「え……と」

「あーしはあんたのパートナーなの。一緒にいなくちゃダメなのよ」

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