第2話 おっさんの正体と喋る黒猫

 おっさんは俺の目の前まで来ると、値踏みするように観察してくる。身長は俺より少し低いから170センチくらいだろうか。その姿はマイルドヤンキーがよく来ていそうなグレーのスウェットの上下。靴は茶色のスリッポン……て言うやつかな、多分。

 髪は短くカットされているものの、寝癖がそのままだ。無精髭も生えていてやっぱり怖い。体型は中年太りでお腹が出ていて、少なくともスポーツマンではない感じだ。魔法少女姿とのギャップがありすぎる。


 一通り観察を終えたおっさんは、改めて俺の目に向かって視線を飛ばす。


「お前、見たよな?」

「えと、見てないです!」

「それ、バッチリ見たから出る言葉だろうが」

「はい、見ましたァ!」


 反射的に返事をしてしまった。それを聞いたおっさんは視線をそらして顎に手を当て、ぶつぶつと独り言をつぶやく。それが済んだらハァと大きくため息を吐き出した。それが何らかのヤバい兆候に感じられたものの、俺の足はすくんで全く動かす事が出来ない。自由に動くのは心だけだ。

 俺はグルグルと思考を巡らせて、好奇心に任せて魔法少女の正体を暴こうとした事を後悔しまくっていた。


 ため息を吐き出して何かを決意したらしいおっさんは、改めて俺の方に顔を向ける。


「じゃあ、ついてこい」

「え?」

「お前、ワシらの秘密を知りたいんじゃろ? 教えてやるからついてこい」


 その言葉には有無を言わさない強制力が発生していて、気がつくと俺はおっさんの後ろをついて歩いていた。まるで魔法のように足が勝手に動く。もしかしたら、おっさんが何かしらの魔法を使っていたのかも知れない。

 行き着いた先に何があるのか、俺の心に不安と期待が渦巻いていた。そこには、俺を助けてくれた存在が俺に危害を加えるはずがないと言う思い込みと、それにすがるしかない現実があった。人は理解の及ばない現象に遭遇すると、思考パターンが固定化されてしまう。この時、俺はそのパターンに見事にハマっていたのだろう。


 おっさんがどこに向かっているのか、出来るだけ道順を覚えようと歩きながら周囲を見渡す。どうやら普通に住宅地に向かっているようだ。来た事がない地域ではあるものの、そこまで複雑なルートではない。

 移動中、おっさんは何も喋らなかった。無言の圧も感じるものの、前を歩いているのもあって威圧感はそこまで感じない。そして、その背中は唐突に止まる。どこに着いたのかと目を凝らすと、視線の先にあったのは安っぽいアパートだった。


「ここですか?」

「まぁついて来い」


 そのアパートの一階の一室に俺は案内される。室内もよくある感じの間取りに見慣れた家具類があるばかり。生活感に溢れた一室を見て、俺は言葉を失った。


「ここ……が、あなたの家ですか?」

「まぁ上がれや。茶くらいは出すで」


 言われるままに俺は家に上がり、居間に移動するとそこに座る。座布団が用意されていたからだ。おっさんはお湯を沸かしてお茶の用意をしている。知らない家にいきなり通されて、俺は緊張感で何をする気も起きなかった。


「そんなに緊張せんでええ。足も崩しや」

「は、はぁ……」


 おっさんはテーブルにお茶を置くと、自身もどっかりと腰を下ろす。あぐらで座る姿が実に様になっていた。知らない人に家に来たと言う緊張感もあって、俺は正座を崩せない。質問に答えてくれるらしいけど、頭の中が真っ白になっていた俺は何も思い浮かべられなかった。


「まずは自己紹介からやな。ワシは仁。村上 仁や」

「あ、円城 誠です」

「で、詳しい事はこいつから聞いてくれ」


 仁さんはそう言うと、顔を斜め後ろに向かる。つられて視線を動かすと、そこにはいつの間にか可愛らしい黒猫がいた。猫好きの俺はここで一気に緊張感がほどける。

 俺と目が合った黒猫は、さっきの仁さんみたいに値踏みするような視線を飛ばしてきた。


「なるほどね、確かに普通じゃない」

「え?」


 なんと、その猫はハッキリ喋ったのだ。この異常事態に俺の目は丸くなる。そして、さっきの仁さんの言葉を時間差で理解した。詳しい事はこの猫が説明してくれると言う事なのだろう。魔法少女モノにありがちなマスコット動物的なアレだ。

 黒猫はシタッとテーブルの上に飛び乗ると、トコトコと俺の目の前まで歩いてきてチョコンと座る。


「僕の名前はマル。猫に見えるだろうけど、妖精なんだ」

「よ、よろしく」

「仁を魔法少女にしたのは僕だ。この世界の平和を守るためにね。彼には適正があったから手伝ってもらってる」


 マルの喋り方は賢い小学生のようだ。王道のマスコット的な存在と言える。俺も魔法少女アニメはそこまで詳しくないけど、この妖精は信頼出来そうな気がした。そして、彼の話はここでは終わらなかった。


「誠、君は僕達の秘密を知ったね。本来、誰も僕達の事を追求しないようになっている。そう言う魔法をかけているんだ。つまり、君は特別なんだよ。だからこそ、決めて欲しい」

「え?」

「魔法少女の情報は漏れるとマズい。ここを襲われたらおしまいだからね。だから、記憶を消すか、仲間になるかしかないんだ」


 マルはマジ目で俺を見つめてくる。口調は穏やかだったものの、この二択以外を口にする事は許されない圧をひしひしと感じた。シンキングタイムはあまり長く取ってくれそうにない。

 とは言え、俺は平穏な生活を続けたい平和主義者だ。そこで、無難な方を選ぶ事にした。


「じゃあ、記憶を消す方で……」

「記憶消去はとても痛いぞ、ええんか?」


 ここで仁さんが会話に割り込む。常識的に考えればその痛い記憶も忘れるだろうから、何も問題はないはずだ。ただ、この時の俺は頭の中が真っ白になっていて、冷静な判断とか無理な話だった。

 彼はぐいっと身を乗り出して、更に圧をかけながら確認を迫る。


「ええんか?」

「えと、その……。そもそも、なんで女児に変身を?」

「バッカお前、正体がバレないようにするためだろが」


 つまり、全然別の姿になれば、本来の姿に戻った時に誰にもバレないと言う話らしい。日本の特撮ヒーローと同じ理由のようだ。性別まで変わってしまえば、確かにバレる事はないだろう。変身の瞬間さえ見られなければ。

 その瞬間を俺は見てしまったのだ。この展開になるのも当然の帰結だわな。

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