昔の封印事情

第20話 地元の民話を調べてみよう

 5つの封印の内の2つが破壊されたので、今も無事なのは3つになった。しかし、まだ謎は残っている。そもそも、何を封印していて、破壊されるとどうなってしまうのか。これについては全く情報が足りていない。今の俺達は憶測だけで動いているにすぎないのだ。

 そりゃ、残りの3つを守りきればいいのだろうけど、封印自体の情報もあった方がいいに決まっている。瞳さんは当時の陰陽師が作ったものでマーガの発生を封じていると言っているけれど、それはあくまでも彼女個人の意見でしかないのだ。


 マーガは今も発生し続けている。平日の退治はピンクの役割で、出現するマーガの強さも特に変わってはいないらしい。もしマーガの発生に条件があるのだとしたら、それは一体――?

 俺はミーコの持ってきた魔導書をめくりながら、考えがぐるぐると回っていた。


「あー、もう分かんない事だらけだー!」

「分からないなら調べればいーじゃん」


 一緒に魔導書を眺めていたミーコが適当な返事を返した。俺は既に図書館で調べている事を説明して魔導書を閉じる。寝転がってぼうっと天井を見つめていると、猫妖精が俺の顔を覗き込んできた。


「前に調べたのはこの街の歴史についてだけだったじゃん」

「その流れで封印についての記述も探したけど、そんなものはなかったんだよ」

「ばっかねえ、封印って事で残ってるとは限んないじゃん。地元の昔話とか民話とか風土記みたいのにお化け関係の話があるっしょ? マーガって昔はおばけ扱いされてただろーし、その線で探すんだよ!」

「お、おう……」


 ミーコの熱意に俺は圧倒される。確かに地元の言い伝えとかはほぼノーチェックだった。俺の両親とか周りの大人からもその手の話は聞いた事がない。地元にそんな話があるのかどうかも疑わしいけれど、舞鷹市だって昔から人が住んでいる日本の土地だ。おばけや妖怪話がひとつもない訳がない。

 俺はミーコのアドバイスを元に、地元の歴史を改めて調べ直す事にした。


 仕事帰りに図書館に寄ってそれっぽい民話などを探してみる。平日にマーガ退治をしない分、調べ物関係で何か役に立たないと――と言う焦りのようなものもあって、俺の睡眠時間はガシガシと削られていった。

 そこで分かった事は、地元のおばけ話は他地域の民話のパクリ的なものが多いと言う事。1000年前に起こった何かをモチーフにした話はひとつも見つからなかった。明らかに何かおかしい。記憶を消されたのか、上書きをされたのか――。こう言う思考に陥ってしまうのは、今までに体験したおかしな出来事の影響なのだろう。


 そもそも、この街で起こっている出来事はこの街の関係者だけで対処出来るような小さなスケールの話とは到底思えない。警察とか政府とかは全く感知していないのだろうか。敢えて動かないとか? マルもミーコも何故俺達だけに接触している?

 図書館からの帰り道、答えの出ない問題の罠にハマった俺は頭をかきむしりながら夜空を見上げる。星の少ない地元の天然プラネタリウムを眺めながら、ハァァとため息を吐き出した。


「結局、俺達は何も分からないまま踊り続けるしかないのか……」


 次の休日、図書館で調べた事などを話すために俺は仁さんの家に向かう。そこで彼に会って近況報告などの世間話をしていると、唐突にインターホンが鳴った。話を切り上げて仁さんが来訪者の顔を確認。すぐにドアは開いた。


「お、おはようございます……」


 可愛らしいロリ声と共に現れたのは瞳さん。今日もバッチリ上下黒で決めている。俺も彼女の顔が確認出来たところで挨拶を返した。初対面の頃はオドオドしていた瞳さんも、今では普通にまっすぐ俺達の側に来て気楽に話せるところまで打ち解けている。彼女をスカウトしたマルも今の状況に満足げだ。

 逆に、ミーコとはそりが合わないのかあまり会話はしていない。今後は少しずつでも打ち解けていけるといいのだけれど。


 瞳さんが仁さんの家に来るのも俺と同じように休日限定だ。彼女が現役の学生さんと言うのもあるけど、本人曰く、休日までに色々調べてその結果を報告するスタイルがしっくり来るのだそうだ。

 瞳さんは空いている椅子に座ると、俺達の顔を控えめに見つめる。


「えと、今日は皆さんどんな話を?」

「昔話から封印の謎について迫ろうとしたけど、成果が得られなかったってところ」

「やはり文献から調べるのには限界がありますよね」

「瞳さんも調べてたの?」


 俺の質問に彼女はコクリとうなずく。霊感的なものがあってもそれが万能と言う訳ではないらしい。お互いに資料から真実を導く難しさを語り合ったところで、瞳さんは姿勢を正して真剣な眼差しになる。


「なので皆さん、私に提案があります!」


 彼女から話を切り出されたのは初めての事だったので、俺と仁はお互いに顔を見わせた。同席していたマルも目を丸くしている。ミーコは別の部屋で昼寝をしていた。

 少しの間の沈黙の後、誰かしらからの許可がないと話が動きそうもなかったので仁さんが口を開く。


「ええで。話聞こか」

「こう言う時は餅は餅屋です。分かる人に聞きましょう」

「えっ、瞳さんそう言う人と知り合いなの? 昔の事に詳しい学者さんとか?」

「いえ、占い師です。この間、ついに本物の人に出会ったんですよ!」


 瞳さんは目をキラキラと輝かせ、胸の前で両腕を合わせて両手を握っている。とても興奮しているようだ。正直、俺は占いと言う言葉に落胆していた。そんなの全く確実性がない。真実を言っている保証もない。

 不安になった俺が仁さんの顔を見ると、彼も困惑しているようだった。


「瞳が言うなら、霊感的に確信があったって事なんやろけど……」

「あっ、疑ってます? 封印石の場所を当てたじゃないですか」

「誠はどう思う?」

「うえっ?」


 自分がうまく答えられないからって、突然こっちに話を振られても困ってしまう。俺はそんな会った事もない占い師は信用出来ないけど、瞳さんは信じられる。

 となると、やはり結論は決まってくるだろう。


「俺は、会ってもいいと思う」

「ほ、ほやな? ワシも賛成やで」

「やった! じゃあ今から行きましょう! 善は急げです!」

「お、おう?」


 今回の瞳さんはやけに積極的だ。まだ戸惑っている仁さんの腕を引っ張って玄関に向かって歩いていく。俺もその後をついていこうとすると、ここで背後から強い口調で声が聞こえてきた。


「僕もついてくよ。君らだけじゃ心配だ」

「え? マルも来るの?」

「僕もその占い師には興味があるしね」


 喋る黒猫妖精はそう言ったかと思うと素早く走ってその勢いで仁さんの肩の上に乗る。もはや手慣れたものだ。俺もミーコを呼ぼうとしたけど、彼女は寝ている所を起こすとすこぶる機嫌が悪くなる。なので今回は留守番をしてもらう事にした。

 奇しくも封印石チェックと同じメンツで、今度は瞳さんの推しの占い師に会う事になった。一体どんな占い師なのだろう。俺は期待と不安で情緒が不安定になっていた。

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