『光太郎と甲賀―相談する男共―』

小田舵木

『光太郎と甲賀―相談する男共―』

 友人は深刻そうな面持ちで僕に相対あいたいしてる。時は放課後。場所は公園。

「で?どうかした訳かい?」僕は尋ねてみる。こんな風に呼び出すのなら相当深刻な悩みのはずである。

「…」友人。甲賀こうがは押し黙る。ええい。まどろっこしい。

「黙ってないで言えよ。分かんねえだろ」僕は痺れを切らす。甲賀とは生まれた頃からの付き合いであり。お互い隠し事はナシでやってきた仲なのだ。

「実はな―のだよ」彼は意を決して言う。

「屁?」僕は拍子抜けしてしまう。恋愛相談でもされるのかと思っていたからだ。

「そう。おならだ。今も腹の仲はパンパンだ」

「…すかしっ屁で出さんかい」僕は呆れて言う。

「俺…すかしっ屁が苦手でな。音がでちまう」

「幼馴染相手に遠慮はいらんぞ」僕は言ってやる。

「…引くなよ?」彼は強張らせていた身体を緩め始め―屁をしたのだが。問題は屁の規模であった。まるで爆発物が弾けたような轟音ごうおんが公園に響き渡る。

「…エラい屁だな?」

「凄いだろ?コイツが止まらんくて悩んでいる訳さ」

「医者に相談したか?」

「したよ。なんなら内科だけじゃなくて心療内科にも行って来たぞ?」

「なんて?」 

「過敏性腸炎。それが俺の病気なんだと」

「立派な病名がついたもんだ」

「だよな。俺も驚いてる」


「…ま。僕から言えることは。気にすんなよって事くらいかな。たかが屁だ。生理現象を捕まえてとやかく言うやつはクソだ。気にすんな」僕は彼を励ます。

「お前がそう言ってくれるのは嬉しいが…俺もお年頃の男子なんだぜ?」

「中学生ってのはとかくカッコつけたがる」

「そう。それが問題であり。俺の悩みでもある」

「…お前にカッコつけるだけの理由あったか?」僕らは阿呆あほうの集まりであり。

「あるね。俺には想い人が居るのだ」

「…同じクラスの池野いけのか?」甲賀が1年の時から目をつけていた女子であり。

「そうそう。彼女に嫌われたくない」

「屁が…問題だなあ」

「どうにか止めたい」

「ケツの穴に栓でもすれば?」安易な発想。

「ケツの穴に何か突っ込むのはちょっと…」

「んあ?お前、座薬とか使った事ない人?」

「あんなモン恥ずかしくて使えるか!」

「効果高いじゃんよ」

「そんなモンで熱を下げる位なら。俺は死を選ぶね」

「たかが尻の穴だ。気にしたら負けだぜ?」僕は強引に説得するが。

「…本当にそれで止まるんだろうか?」

「一回やってみる?」僕は鞄の中を漁り。筆箱の中から消しゴムを取り出す。

「…ケツの穴の栓が消しゴムかよお」甲賀は項垂うなだれている。

「ま。実験してみようや」

「…お前。楽しんでないか?」

「…実はちょっと面白い」


 僕は甲賀に消しゴムを渡し。甲賀はそれを尻の方に持っていく。

 甲賀は制服のズボンの中に手を突っ込み。尻の穴に消しゴム栓を仕込んだ…

 しばらくは無音の時が続いたが。しばらくすると甲賀は苦しみだし。


「甲賀?大丈夫か?」僕は甲賀に問うてみるが。

「…苦しい」甲賀は顔を青くしていて。具合がマジで悪そうだ。

「栓…外せよ」僕は言うが。

「今、腹がパンパン過ぎて身体が動かせん」甲賀は身を強張らせている。

「こりゃ大事になっちまったな」

「…笑い事で済ませやがって」


 甲賀はしばらく苦しみ抜いた後―破裂した。

 と、言っても甲賀が風船のように膨らんだ訳ではない。

 ただ。甲賀の腸が限界まで膨れ、最後は消しゴムの栓を吹き飛ばしただけだ。

 僕はその様を見て、悪いけど笑ってしまった。だって、制服のズボンの尻のところに消しゴム栓が弾け飛んでいたのだから。


「…おい。クソ馬鹿」甲賀は怒り心頭であるが。

「…悪い」僕は笑い過ぎて死ぬかと思った。

「お前に相談するんじゃなかった」

「それはそうだな。僕は医者でもなければセラピストでもない。ただのお前の友達だもん」

「その友達は俺の腸をぶっ壊しかけたけどな」

「悪かったって」

 

                   ◆


 あの後、甲賀は病院にきっちり通い。過敏性腸炎を治した。

 最初から僕の助けなど必要なかったのだ。

 だが。甲賀は悩みごとがある度に僕に相談してくる。

 今日だって―


「なあ。俺、スネ毛が濃くないか?」時は夏であり。長ズボンを履くのが馬鹿らしい季節である。そして僕らは甲賀の家の縁側でスイカを食いながら寛いでいる。

「言われてみれば濃いかもねえ…」僕はスイカを食う手を止めて甲賀のスネを見る。びっちりと毛が生えており。密林の如き有様だった。

「今年の夏こそは。このスネ毛をどうにかしたい。光太郎こうたろう。知恵を貸せ」

「…僕を知恵袋にしてくれるな。屁の一件で痛い目見たばかりだろうが」

「お前はカスだが。俺はお前くらいしか相談相手が居ない」

「それこそ医者でも行けや」

「脱毛に医者もクソをあるかい」

「薬局で脱毛クリームでも買うんだな。もしくはカミソリ」

「…痛いのヤダ」

「わがまま言いなさんな。我慢してこそ目的は達せる」

「俺は楽して目的を達したい」

「僕から言える事は。楽するとバチが当たるって事くらいかな。きっちり痛みを持ってスネ毛を抜け」

「…嫌だよお」

「まどろっこしいな」僕は立ち上がり。甲賀の家を漁る。多分、ココにあるはず。ガムテープが。

「…光太郎?」スイカを食う甲賀は身を強張らせ。

「お前が抜く気概がないのなら。僕がスネ毛をむしってやるよ」

「貴様ァ!」


 そこから。しばらく追いかけっこは続き。

 僕は甲賀を捕まえ。組み伏せ。スネ毛をガムテープで毟った。粘着質なテープは甲賀のスネ毛に粘着し。毟り取れる。たくさんの毛がテープにくっつく様は中々爽快そうかいで。


「おーう。甲賀。スネ毛たくさん毟れたぜ?」僕はガムテープを見せる。その粘着面には甲賀のスネ毛がびっしり。

「…お前のせいでスネが」甲賀はヘタリこみながら言う。

「真っ赤っ赤だねえ。でもよ。目的は果たしてやった。感謝しろよなあ」

「…サンキュー?」

「なんで疑問系なんだよ」

「だって。お前がすることにはオチがつくじゃん?前の屁しかり」

「たまには僕だって成功するさ」


だが。この話には後でオチがついた。甲賀のスネ毛を毟り尽した一週間後に。


「…おう。この馬鹿野郎」プールに来た甲賀は怒っていた。

「は?何が馬鹿野郎なんだよ?」

「見ろ!このスネ毛ェ!」甲賀はスネを示す。そこには一週間前より強靭になって生えたスネ毛があり。

「スネ毛って抜くと濃くなるって言うよね」

「…光太郎。知ってたなら何故止めなかった?」

「…だってお前が抜きたいって言うから」

「俺はなあ…いや。お前に頼った俺が馬鹿だったんだな」

「そうだよ。僕の浅知恵で物事を解決するから良くない」

「自分で自分を卑下して悲しくないか?」

「別に。僕が馬鹿なのは今に始まった事じゃない」

「…まあ良い。泳ぐぞ」

 

                   ◆


 僕と甲賀は腐れ縁だ。生まれた時から家が近所で。

 小学中学と学校が一緒。その上高校まで一緒になってしまい。


「いい加減。私から離れなさいよお」なんて僕は言ってみるが。

「お前が俺に着いてくんだろうが」

「いやいやいや…お前でしょうが」

「いや、光太郎。お前が俺に合わせているのだ。大体お前、アホすぎてこの高校受かりそうになかっただろうが」

「親がさあ。ここに行けってうるさいから」

「んで。またこの腐れコンビの結成か」

「ま、よろしく頼むぜ」


 僕と甲賀は16年の付き合いだから。お互いに弱点も長所も知り尽くしており。

 この付き合いには辟易しているのだが。神は僕たちを分かつつもりはないらしい。

 いい加減。お互いに飽き飽きしているんだけどなあ。

 

                   ◆


「光太郎!」僕が家で寛いでいると。彼は上がりこんできて。

「あー?」僕は尻をかきながら返事をする。どうせまた下らない相談だろうから。

「文系と理系、どっちにしよう?」こりゃ真面目な話だな。

「点数良い方にすればいいじゃん。人生の選択を僕にゆだねるんじゃないよ」

「どっちも似たような点数の場合どうすれば良い?」

「いっそ。国公立目指せばいいじゃん」

「俺はそんなに頭良くねえっつうの」

「それより馬鹿な僕に問うてどうするよ?」

「…お前は理系文系どっちにしたんだ?」

「文系。現代文と世界史が取り柄の僕にはこの選択肢しかない」

「良いよなあ。お前は得意不得意がはっきりしてて」

「僕はお前が羨ましい。赤点の恐怖に怯えた事ないだろ」

「それはお前が勉強しないのが悪い」

「ごもっとも…ううん文理選択か。興味がある方にすればいいじゃん?」

「興味だけで選んで良いのだろうか?」

「俗には理系を選んだほうが楽だな」

「どうしてだ?」

「単純に就職先の充実度で言えば、圧倒的に理系だわな」

「しかし。華のキャンパスライフはない…」

「んだねえ。まあ、嫁の見つけやすさは理系の方が上だと思うけど」

「年収の問題か?」

「そそ。文系なんて行き着く先は営業とかだからな。あまり年収は見込めない」

「…こう考えると。理系を選択できる俺は恵まれている?」

「だと思うけどな。僕は今から将来を考えて憂鬱」

「…参考になったぞ。光太郎」


 甲賀は理系に進んだ。そして僕は文系に進み。

 やっと神は僕らを分かつつもりになったのか、と安心したのもそこ2年。

 僕達は同じ大学を受験しており。僕と甲賀の学部は同じキャンパスに収まっており。


「よう。また一緒だな。光太郎」スーツ姿の甲賀と大学の入学式で喋る。

「お前。いい加減にしろよな」

「それはこっちの台詞だ。馬鹿野郎」

「んだとお?」


 僕と甲賀の騒がしい日々は後4年は続きそうである。

 

                  ◆


 僕がアパートで惰眠だみんを貪っていると。

 アイツは現れる。鍵かけてたはずなんだけどな。

「光太郎!一大事」

「…どうやって鍵開けたんだ?」

「合鍵持ってるからな」

「いつの間に作ったんだよ」

「お前のおばさんに頼まれてるんだよ。お前の生活を見張るように」

「…母ちゃんめ」


「んで?どうかした訳?」僕はベットの上に胡座あぐらをかきながら問う。

「女に告られたぞ!しかも同時に2人にだ」甲賀は嬉しそうに言う。

「…おめでとう。モテる自慢ですかそうですか。死ねよコンチクショウ」僕は悪態をついておく。

「はっはっは。お前のような非モテの腐れ童貞には分からん悩みだぞう」

「なら。寝起きの僕を襲撃するんじゃないよ…こっちはレポート仕上げるのに徹夜したんだぞ?」

「おっ。勤勉だな。素晴らしい…だが。今の俺はそれより素晴らしい状況に陥っている…悩ましいぞお」

「そうやって。一生悩んで結論先延ばしにして、振られてしまえ」

「…そうもいかん!!」今回の甲賀は鬱陶しいったらない。

「そういう時は。告られた相手の特徴を言え。僕に相談したいんだろ?」僕はコーヒーを淹れにキッチンへ向かい。

「んじゃあ。自慢させてもらいますかね」

「おうおう」

「まずは。同じ学部の後輩だ。ちびっこい女の子だ」

「…理系。しかも工学系に女が居るとは」

「リケジョってアレだ。そこそこ美人」

「…モテる自慢かよお。死ねよ甲賀」

「死なん。で。お次は。バイト先の先輩だ。違う大学に通ってる。スリムでスレンダーな女性だ。色気がある」

「…僕ならバイト先の女を選ぶね。同大学同学部ってのは別れた後で大変気まずい」

「…なるほどなあ。しかし。は更にあるのだ」

「あ?どうした?」

「…さっきのリケジョちゃんはで。バイト先の先輩は

「…お前。見事に地雷2つ踏んでるぞ」

「…やっぱ?」

「うん。告られたからって浮かれてる場合じゃない」

「光太郎。どうしよう?」

「振れ。甲賀にどうにかできる問題じゃないね」

「しかしなあ。熱烈なアタックを受けているのだ」

「…どっちに行こうが沼が待ってるぞ」

「沼ねえ。俺じゃ無理なのか?」

「僕はお前と20年の付き合いになるが。決してお前は器用なクチではない」

「…さて。どう振ったものか」

「ネットワークビジネス女は―バイト先変えちまえ」

「せっかく慣れてきたのにか?」

「…振った後もバイト先に居てみろ。復讐で何されるか分からん。お前がネットワークビジネス沼にハマっても僕は助けてやらんからな」

「…善処しよう。さて。残るはメンヘラちゃんだ」

「大学は辞められんしな」

「振ったら振ったで何かされるかも」

「それこそ刺されたりしてな」

「うげ」

「コイツは―難題だな」

「だろ。光太郎、知恵を絞れ」

「いっその事。お前に失望させるか?」

「おん?かっこ悪い真似をしろと?」

「もしくは股がけでも何でもして。相手に諦めてもらうか」

「…泥を被る他ないのか?」

「…泥を被るなら。いっその事、ホモにでもなるか?」

「…お前が彼氏になってくれるのか?」

「そうそう。そして後輩ちゃんに見せつけて。失望させる。お前、僕ん家の合鍵なんて持ってるんだ。かたるのは簡単だろ?」

「…これさ。ミスったら」

「学部内でホモの疑い持たれるけどな」

「…諸刃の剣過ぎね?」

「だが。後2年メンヘラに付き纏われるのとどっちが良い?」

「…微妙なラインだ」

「学部には適当に根回ししとけよ。仲の良い奴らに説明しとけば協力はしてくれるだろ?」

「…やるしかないかあ」


 この後。僕と甲賀は打つハメになった。

 そして。その芝居を見たメンヘラちゃんは諦めた。

 だが。問題はホモであると宣言したことにあり。

 甲賀の根回しは効かなかった。甲賀はこの後2年間、ホモとして扱われていくことになる。

 …メンヘラ追い払えたんだから良いだろ?と甲賀を慰めたが。

「光太郎の馬鹿野郎!」という言葉を頂いてしまった。


                   ◆


 僕たちはあっという間に4回生になり。

 就活の追い込み時期である。

 僕は家でせっせとエントリーシートを作っていたのだが。


「光太郎!悩みだ!またもや」甲賀は勝手に僕の家に上がりこんでおり。PCに向かう僕の後ろで叫んでいる。

「…僕も悩んでいるトコなんだか?」

「就活。大変だよな」

「ああ。んで。この時期に悩みとくれば」

「就職先だな」 

「…お前理系だろうが。適当なメーカーの製造職にでも滑りこめよ」

「そうしたいのは山々だが。選択肢が多すぎて悩む!」

「ゼータクな悩みだな」文系の僕は狭き門を潜ろうとしているのに。

「幾つかの企業に目をつけてはいる」

「後は絞り込むだけじゃないか」

「ところがどっこい。どの企業にもしっくりこなくてなあ」

「しっくりくる就職先なんてあるのかよ?」

「あるだろう?」

「ねえよ。文系には」

「理系にして良かったわ。お前に相談した物事の中で一番良い結果を出している」

「そいつはどうも。そろそろ恩返しの時期じゃねえか?」

「んだよ?親友にたかるかあ?」

「メンヘラ追い払ってやったのは何処のどいつだ?」

「…お陰で。この2年間ホモとして扱われたけどな」

「別に困った事はないだろうが」

「…あれからモテなかったから。確かに問題はない」


「…んで?就職の話はどうした?」

「いくつかの企業に内定をもらったのだが。どれを選んで良いか分からん」

「良いなあ。内定。僕はまだだよ」

「しかし、選ばなならんのも苦痛だ」

「それもそうかもな。よし。内定貰った会社の特徴言えよ。判断手伝ってやるよ」

「まずは重電メーカー。ハードディスクで有名だったあそこ」

「めちゃめちゃ有名どころじゃねえか」

「しかし」

「そういやあそこ。不祥事出して株価急落したばかりだったな。後、原子力事業の売却失敗が響いてる」

「そう。知名度で言えば抜群なんだが。将来性がまるで見えん」

「…止めとけば?入ってから熾烈しれつな椅子取りゲームに巻き込まれそう」

「だよなあ。んで次が工作機械メーカー」

「…堅調に伸びてるあそこか」

「ただ。ここは最近、過労自殺が起きたばかりでな」

「…そういう事があった後なら少しはマシになるんじゃね?」

「とは思いたいが。企業体質ってヤツは中々変わらん。恐らくブラックなままだ」

「…入ってから身体崩しちゃ敵わんからな。次は?」

「最後は名も知らぬ中小メーカーだ。ここはマジで取り柄がない。伸びてる半導体製造装置事業だが。この業界もブラックで有名過ぎる…」

「…お前の就職先、どれもアレだなあ。理系にしては」

「んでお前に相談しに来た訳よ」

「お前…懲りないよなあ」

「何がだ?」 

「僕に相談したってロクな結果になってきてないだろ?」

「だが。真面目に俺の話を聞いてくれるのはお前くらいだ」

「流石に人生の選択を委ねられるのは荷が重いぜ」

「さて。どうしたものか」

「年収で選んじまえよ」

「どれも横並びだ」

「…重電はないな。この先クビ切られるのが分かってる」

「だよなあ。でもさ。工作機械メーカーもどうよ?残業フェスティバルなのが目に見えてるぞ」

「となると。残りはひとつだぜ?甲賀」

「名も知らぬメーカー…」

「半導体系は食いっぱぐれがない。良いじゃねえか。多少ブラックでも」

「そうかなあ…」


 結局。甲賀は名も知らぬメーカーに就職し。

 僕は名も知らぬ商社に就職し。

 お互いの道は分かたれたように思えたが。


「光太郎。お前の会社と俺の会社は近い」卒業間近、次の家を探している時に甲賀は言う。

「…ルームシェアのお誘いか?」

「そうだ。家賃が浮くぞ」

「…お前と就職してまで顔を合わせにゃならんとは」

 

                   ◆



 僕たちが就職してから2年が経つ。

 僕たちは2LDKのマンションに同居中。

 今日はお互い休日で。昼間っからビールをかっくらっていた。

 僕達はお互い仕事の事で疲れている。


「光太郎…」ビールを飲みながら床に座る甲賀は言う。

「…どうかしたかあ」僕はソファから問いかける。

「あのなあ。そろそろ転勤を喰らうかも知れん」

「やっとお前と離れて暮らせるのか…長かった」

「んだが。俺は悩んでいるのだ」

「栄転だろ?」

「そうでもない…●賀とかいう何もないところに飛ばされそうだ」

「九州か。仕方ないだろ?シリコンアイランドに飛ばされるのは」

「業界的には仕方ない。問題は彼女だ」

「ああ。会社の同期ね」甲賀はメンヘラでもネットワークビジネス魔でもないまともな彼女を捕まえていた。僕の助けなしに。

「彼女は本社勤務の方向性が決まっててな。佐●には飛ばされそうにない」

「…別れれば?」

「ところがぎっちょん。彼女がうんと言いそうにない」

「懐かしの小芝居うつか?今なら同居してるからやりやすい」

「もう同居自体はバレてる」

「…実はホモですって言えよ」

「嫌だよ、面倒くせえ」

「んじゃあ?転職でも図るか」

「それもそれでリスキーだ。半導体業界に進もうもんなら高確率で九州送りだ」

「九州、悪いところじゃないけどな」

「だが。首都近郊ではない」

「そうして彼女は首都近郊に住みたがっているか…」

「悩ましい」甲賀はビールをあおっている。

「…成るがままに任せれば?今回ばかりは僕もなんとも言えんぜ?」

「彼女と別れた上で●賀送りかよ。ゾッとしねえな」

「彼女だけが女じゃないだろ?」

「…俺に惚れるような女はそうそういない」

「とか言って。甲賀モテるじゃんよ」

「モテるが。ロクでもない女を引き寄せる悪運持ちだ」

「お前は面倒くせえなあ」

「面倒くせえんだよ。

「なんだ?24年越しの告白か?お断り申し上げるぜ」

「申しあげられるが。しかし。お前とは本当に長い付き合いだ」

「…生まれた時から一緒だもんな」

「腐れ縁もここまで来ると、何かに昇華できそうだ」

「そうか?ただの続いてしまっただけだろ?」

「そうかなあ」甲賀はビールをんでうなる。


「…僕のセクシャリティはノーマルだからな?」僕は釘を刺しておく。

「俺だってホモではないさ。そういう疑惑を持たれた事は何度もあるが

な、お前のせいで」

「悪かったって」

「いいんだよ」

「しかし。今回ばかりは本気で困ってる」

「あんま本気になるな。悩んだところでなるようにしかならんし」僕は適当に慰めて。

「社会人は大変だ」甲賀は雑な統括をする。


 結局。甲賀は佐●への転勤辞令を受け取り。彼女とは別れてしまい。僕とのコンビも解消した。

 これで。僕たちコンビも解散かと思うと感慨深いものがある。

 引っ越しの準備をしながら、甲賀は寂しそうにしていた。僕は引き続きこの物件に住み続ける事を決めた。家賃はそう高くない。


「達者でやれよな」僕は甲賀に言って。

「お前こそ。俺なしで死ぬなよ?」彼はそう応える。

「…僕はお前に頼った事はないよ」

「いつも俺が相談してばかりだったな」

「そうだよ。そしてそれに珍妙な解決案を思いつくのが僕の役目だった…●賀ではうまくやってくれ。流石に佐●までは出張出来ん」

「…保証はせんが。うまくやってみるさ」


 こうして。僕と甲賀の24年に渡るコンビ生活は解消され。

 僕と甲賀の人生は分かたれた。

 僕は新幹線のホームで彼を見送りながら不思議な気分になっていた。

 まるで半身を分けたような、そんな気分になっていた。

 

                   ◆



 僕が甲賀の消息を聞いたのは。2年前になる。

 僕は甲賀と別れた後も、何とか生活を続けていて。今や2LDKには別の同居人が出来ていた。彼女である。

 そんな明るい生活を送りながらも●賀に飛ばされてしまった甲賀の事は心配していたが。彼は連絡をよこさないのであった。


 僕は頼りがないのは元気な証拠だと考えていたが。

 彼の母親から連絡を寄越された。

「最近、あの子と連絡が取れないのですが」

「…こっちにも連絡はないですね」

「…光太郎くんにも連絡をとってないとなると。まずいかも」

「…様子見に行った方が良いかも知れんですね」


 僕は光太郎の母親と連絡をとった後。会社に有給を申請し、新幹線のチケットを取る。

 その様を見ていた彼女は心配そうに僕をみる。

「大丈夫。昔の相棒の様子を見に、2、3日空けるだけだ」

 

                   ◆


 初めての九州。降り立った博多の駅は寒々しいものだった。

 冬。日本海側の冬。沁みるような風が僕を襲う。

 僕は在来線の特急に乗り換える。一路佐●を目指すのだ。

 

                   ◆


 ●賀の駅前には何もない。

 あるのは精々マンションだけ。

 僕は彼のマンションを目指して歩いていく。その間に最悪の可能性を考慮する。

 もしかしたら。死んでいるのかも知れない。


 単身者向けのマンションの一室。そこが甲賀の住所であり。

 僕は甲賀の部屋のインターフォンを鳴らして。

「ピンポーン」とチャイムが鳴り響くが。彼が応答する気配はない。

「ピンポーン」僕はインターフォンのボタンを鳴らし続ける。携帯にも連絡は入れているが応答はない。

「コイツはマジでアカンのかも知れん」僕は呟く。


 ―すると。玄関のドアが半開きに開き。そこには痩せ細った甲賀が居るのだった。

 

                   ◆


「お前。どうしちまったんだよ?」僕は尋ねる。甲賀の部屋で。甲賀の部屋は散らかり倒しており。

「なんと言うか。バランスを崩したと言いますか…」消え入るような声で言う甲賀。

「仕事は?」

「休職中」

「…辞めるのか?」

「辞めざるをえんかも知れん」


「…相談しないのか?」僕は尋ねる。調のだ。甲賀から相談されないと。

「相談しようにも。どう相談すれば良いのか分からん」彼はベットの上でうつむき加減でそう言う。

「お前は僕が居ないと…調子狂うのか?」

「相談相手を失うって事がこんなに大きな事だったとはな」

「…ずいぶん大きな子どもだな。お前は」僕は甲賀に言う。

「お前におんぶに抱っこ。情けない限りさ」

「…とりあえずさ。この部屋かたしていいか?」甲賀の部屋は散らかり過ぎている。昔同居していた時はこんな事なかったのに。


 僕と甲賀は部屋を片付ける。そのゴミ達は2年前。甲賀との連絡が取れなくなってから積み重なったモノらしく。


「お前。よくこんな汚部屋に暮らしてたよなあ」僕は愚痴る。

「…何か頭の整理がつかなくなったら、一気にな」

「…そうなる前に相談しろよ。このバカタレめ」

「悪い。今までお前に頼り過ぎてたから、今回は自分でどうにかしようとしたら泥沼に嵌っちまって」

「お前は僕に頼ってナンボだよ…今までも色々相談してきたじゃないか。今さら文句言わねえって」

「済まん。ありがとうな。光太郎」

「お礼なんか言うなよ。僕だって。お前に相談される事嫌じゃなかったぜ」


 僕たちは部屋を片付けてしまうと。近所のちゃんぽん屋に晩飯を食べに行き。

 そこで彼のここ2年の愚痴を聞いた。ありふれた仕事の愚痴話。

 でも、彼が語ると。僕はそれを切実に感じるのだった。

 


                 ◆


 甲賀がぶっ壊れてから。数年が経つ。

 甲賀は佐●での仕事を辞め、実家に戻り。そこで再就職を果たした。

 その間に僕は結婚して。

 僕たちは違う人生を歩んでいるが。

 前より近所に住むようになった甲賀は度々遊びにくる。

 そして。

「光太郎!悩みだ!!」というお決まりの台詞を放ち続けている。

 僕はそのお悩み相談に毎度呆れながら対応する。

 

 僕は。 

 案外こういう生活が気にいっているのだ。

 甲賀に頼られる事が嬉しい。これは昔なら抱かなかった感情だが。

 今は彼がただ生きて悩んでいる事が嬉しい。

 僕は案外、

 僕たちはお互い、相談し相談される関係がお似合いなのかも知れない。

 

                 ◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『光太郎と甲賀―相談する男共―』 小田舵木 @odakajiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ