第5話 様々なゴブリン
「んぁああ……」
朝、目が覚めた。
頭はすっきりしていて、体は軽い。
爽快な目覚めだった。
なんだか、やけに調子がいい。
昨日の疲労はすっかり抜け落ちている。
それどころか、体に力が漲っている。
まるで戦士の指輪を嵌めた時と――いや、それ以上のフィジカルの向上を感じた。
「気のせい……じゃ、ないな。本当に力が上がってる」
試しに腕立て失せをしてみたら、明らかに寝る前よりも力が強くなっているのを感じた。
ショートソードを持ってみると、やはり軽い。
素振りをしても殆ど重さを感じなかった。
まるで、昨日と今日では別人のようだ。
「……もしかして、レベルアップでもしたのか?」
ダンジョンに行って、モンスターを倒した。
そして一晩寝たら力が強くなってパワーアップしていた。
ゲーム的には、レベルアップとしか言いようのない現象だ。
もしも、これが本当にレベルアップだとするなら。
「夢が広がるな」
テンションが上がる。
強くなれて、お金が手に入るなんて、ダンジョン最高じゃん。
朝っぱらからやる気がでてきた。
「……とはいえ、まずは腹ごしらえが先か」
お腹が空いた。
ゲームなら空腹でもとりあえず1戦ぐらいはできるけど、体を動かすのにそれはきつい。
空腹感は無視できても、力が出なくて戦闘に支障が出かねない。
しっかりと準備してから行こう。
***
支度を整えて、再びダンジョンに訪れる。
一晩経つが、ダンジョンの構造は変わっていなかった。
ショップの台座と、帰還の魔法陣があるホームに、そこから行けるゴブリンが徘徊する神秘的な洞窟。
洞窟の地形も変わっていない。
ダンジョンに入り直すたびに構造が変わるような、不思議のダンジョン形式ではないようだ。
昨日倒したゴブリンは、湧き直していた。
ただ、ゴブリンの配置が変わっている。
……いや、これはただ徘徊する範囲が広いだけで、昨日とは別の場所でエンカウントしているだけっぽいな。
遭遇する数は同じだ。
昨日1日で戦い方に慣れたのと、レベルアップで身体能力が向上したこともあって、昨日よりもサクサクと進んでいく。
もはやゴブリンは敵ではない。
接敵から10秒もしないうちに倒せる雑魚だ。
無傷の10連勝で、銀貨10枚をゲットした。
これで5万円か。
うめえ。
「さて、ここから先は未知のエリアだけど……」
ま、今の自分ならいけるっしょ。
ずんずん奥に進んでいく。
その後もしばらく、変わり映えしない洞窟の景色と、ゴブリンとの戦いともいえない処理が続いた。
何度かの戦闘をこなした後、ようやく変化が訪れる。
「おっ?」
洞窟の奥からゴブリンが現れた。
しかし様子が変だ。
こちらに向かってこずに立ち止まる。
そして、手に持った弓らしきものを引き絞り――。
「わっ」
ヒュンッ! と風を切る音。
矢が飛んできた。
咄嗟に盾を構えて横にステップすると、回避できたようだ。
カツンと、後ろで岩壁に矢にぶつかる音がした。
「弓持ちか」
通常とは違う武器をもったゴブリン。
ようやく出てきたな、と感じる。
さしずめゴブリンアーチャーか。
遠距離攻撃とは厄介な。
先ほどの矢の勢い的に、当たったら相当痛そうだ。
でもまあ、行くしかない、か。
「うおお!」
盾を正面に構えたまま突撃する。
多少の被弾は覚悟の上だ。
ゴブリンは次の矢を番えて引き絞る。
間に合わない。
「……っ!」
ゴンッ! と盾に何かがぶつかり、衝撃が手に伝わる。
ゴブリンが放った矢を、ヒーターシールドで防御することができた。
よかった。
距離的に、次の矢は間に合わない。
私の方が早い。
「死ね!」
『ギギッ!』
弓の間合いではないと悟ったのか、ゴブリンは弓を手放し、腰に手を伸ばして短剣へと持ち替えるが、遅い。
ゴブリンに接近した私は、ショートソードを振り下ろして斬りつける。
初期の頃とは比べ物にならない程の、鋭く重い一撃。
『グギャアァ!!』
ショートソードは深々とゴブリンの体を切り裂いた。
悲鳴と共に、盛大な血飛沫が上がる。
一撃で致命傷を負ったゴブリンは、そのまま地面に倒れ伏し、やがて光となって消えていった。
「ふぅ……」
久々にヒヤッとした。
こちらの手が届かない距離からの遠距離攻撃は、普通に怖いな。
ゴブリンアーチャー、油断できない敵だ。
「銀貨1枚か。持ってる武器が違うだけで、通常のゴブリンと扱いは同じなのかな」
落ちていた銀貨を拾って、がっかりする。
苦労は弓持ちの方が大きいのに、リターンは同じか。
割に合わないわけじゃないけど、面倒だな。
「やっぱり奥にいくと出現モンスターにも変化がある感じか。……どうしようかな」
今のところ、問題ないと言えば、問題ないけど。
ただ複数で群れて行動するようになったら厄介だろうな。
「ま、そうなっても逃げるくらいはできるか」
レベルアップの恩恵は、体力は足の速さにも影響しているようだった。
先ほどのダッシュはかなり早かったし、疲れは殆どない。
危険を感じたらわき目を振らずに逃げれば、運悪く挟み撃ちにされたり、道でも間違えない限りは大丈夫だと思う。
「よし、もう少し進んでみるか」
そう決めて、探索を再開する。
***
「ん……なんだここ」
しばらく洞窟内を探索していると、今までとは様子が変わった場所に出た。
少し広めの空間だ。
そして天井が高い。
目の前には、断崖絶壁とまではいかないが、それなりに高低差のある地形。
その高所には、ゴブリンらしき影が陣取っている。
「なんか意味ありげな場所だな」
仮にゲームだったら、何かあるとは思えずにはいられない状況だ。。
崖の上に通り道だったり、宝箱だったり、あのゴブリンが中ボスだったり、何かしらがありそうだ。
「……軽く様子を見てみるか」
結構な高さがあるけど、崖は複数のよじ登れそうな段差からできており、登頂ルートは素人目にもわかりやすい。
今の自分の身体能力なら、さほど苦労せずに登れるだろう。
なによりも気になるし。
少しでも身軽になるため、背負い袋をその場に置いて、崖へと近づいていく。
「うわ、なんだ?」
私が崖に登り始めると、上のゴブリンらしき影が反応した。
なにやら杖のようなものを掲げると、杖先が輝き始めた。
まるで魔法の前兆みたいなエフェクトだ。
杖の光によって露わになったそのゴブリンの姿は、まるで部族のシャーマンのような出で立ちだった。
「ゴブリンシャーマンか!」
その正体に私が思い至ると同時、ゴブリンシャーマンから魔法が放たれる。
杖先に生み出された手のひら大の赤い火の球が、ゆっくりと放物線を描いて落ちてくる。
「わっ、あっつ」
登っていた崖から飛び降りることで回避する。
直後、私がいままでいた場所に火の球が着弾。
水風船が破裂するように火をまき散らし、岩肌が一瞬燃え上がり、ちりちりと残り火がしばらく残った。
「マジか、魔法を使ってくるのか……けど、意外としょぼいな」
見た目は派手だけど、そこまで威力は高くなさそうに見える。
炎なんて、一瞬触れるぐらいなら大した影響はない。
まあ、あれは魔法的な炎だから一般的な常識は通じないだろうとはいえ。
あれが直撃したところで、致命傷には程遠い気がする。
予備動作もあったし、弾速も遅かった。
注意していれば回避するのは余裕だろう。
「……トライしてみるか」
撤退することも考えたが、ここは挑戦を続行することにした。
崖を登る。
火の玉が飛んでくる。
飛び降りて避ける。
まずは様子見だ。
一気に登る機会はないかと、タイミングを計る。
それを繰り替えしていると、やがてゴブリンシャーマンは魔法を使うのをやめた。
「お?」
もしかして、魔力切れか?
チャンスとばかりに、一気に崖を登っていく。
そしてようやく崖の上へとたどり着き、ゴブリンシャーマンと対峙した。
『グギャギャ……』
ゴブリンシャーマンは、杖を掲げて迎撃の姿勢を取ると、じりじりと後ろに下がっていく。
(……! 宝箱がある)
ゴブリンシャーマンの後ろ。
洞窟の壁際に、いかにもな形の木の箱が鎮座しているのが見えた。
どうみても宝箱だ。
中に何が入っているのか、気になる。
是非とも開けて中身を確かめたいところだ。
まずは邪魔なゴブリンシャーマンを片付けよう。
(先手必勝!)
盾を構えて突撃する。
ゴブリンシャーマンは、構えた杖を光らせた。
まだ魔法が使えるのか。
だが、距離は近い。
ここは強引に押し切って――
(――いや、流石に一旦いなそう)
勢いのまま脳筋思考に流されそうになったのを押しとどめる。
足を踏ん張って急ブレーキをかけて、その場から飛び退いた。
ごう、と猛烈な炎が私がいた場所を薙ぎ払う。
まるで火炎放射のような炎が、ゴブリンシャーマンの杖先から噴射されていた。
そのまま突っ込んでいたら、火だるまになっていそうな炎の勢いだ。
(……近接用の魔法もあったのか)
目の前に炎があって熱いというのに、背筋に冷たいものが走る。
やはり短絡的な思考はよろしくない。
様子見して正解だった。
「ったく、びっくりしたじゃねーか!」
火炎放射の勢いがなくなり、魔法が切れたと同時、私はすぐさま突撃し、ゴブリンシャーマンに斬りかかった。
前に杖を突きだす邪魔な腕を両断し、そのままの勢いで突きを放つ。
『グギャアッ!!』
ショートソードがゴブリンシャーマンの胴体に深々と突き刺さる。
断末魔の悲鳴を上げ、ゴブリンシャーマンは絶命した。
キラキラと光の粒子となって消えていく。
からん、と硬貨が1枚地面に落ちた。
「ふう、危なかったな。……で、ドロップは銀貨1枚か」
ゴブリンアーチャーと同じか。
正直、割に合わない相手だな。
何をしてくるのかわからないのが怖い。
魔法の威力だってよくわからないしな。
火の球も火炎放射も、もしかしたら見掛け倒しの雑魚魔法の可能性もあるけど、実際に食らってみるわけにはいかないし。
回避を強制させられるだけでも面倒な相手だ。
「でもまあ、今回のメインディッシュはこっちだよね」
ゴブリンシャーマンが居座っていた崖の頂上、その奥。
そこには、まるで私を待っていたかのように宝箱が鎮座していた。
「えい! ……ミミックでは、なさそうか?」
まずは宝箱を剣で攻撃してミミックチェック。
そうする事が自然かのように、気が付けばやっていた。
ある死にゲーによって培われた宝箱に対する警戒心だ。
一応罠を警戒して、ショートソードを使って、できるだけ距離を取りながら宝箱の蓋を開ける。
……罠はないようだ。
「よし、中身は……なんだこれ」
宝箱を漁って、中の物を取り出す。
それはシルバーのペンダントだった。
チェーンのトップには、十字架に張りつけにされたゴブリンの飾りがついている。
十字架もトゲトゲしていて、なんだか悪趣味で中二病的なデザインだ。
ただディティールは細かく、質感も豊かで完成度は高い。
なかなかかっこいい一品だった。
「持って帰って鑑定だな」
レアなアイテムだといいな。
わくわくする。
ペンダントをポケットにしまい、放棄していた背負い袋を回収して帰路についた。
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