第4話 一日の終わり


 さらに5体のゴブリンを狩って、今日の狩りは切り上げることにした。


 革の手袋は優秀だった。

 体のキレが良くなり、剣を振る速度が上がった気がする。

 プラシーボとかではなく、本当に。

 おかげでさらに楽にゴブリンを倒すことができた。


 どうやら倒したモンスターはすぐには湧いてこないらしい。

 入り口付近の洞窟のゴブリン狩り尽くされて、ただ静寂だけが残されている。


 疲労はそれほどない。

 進もうと思えばまだまだ進めたけど、安全優先で帰ってきた。

 初回の探索としては奥に進み過ぎていると思ったからだ。


 迷ったら怖いし。

 奥に進んで、新しい敵とか出てきたら怖いし。

 疲れている帰り道に、後ろでゴブリンがリポップしていたら怖いし。

 色々と不安要素が重なった。

 不慣れでわからないことだらけの中で、これ以上先に進むのはリスキーだと感じたのだ。


 一先ずの私の目的は、生活費を稼ぐことだ。

 その目的は達成しつつある。

 なら安全第一でいいだろう。

 焦らずじっくりやっていこう。


 冒険者は冒険しない。

 どこかで聞いた、ふと思い浮かんだ言葉だが、座右の銘にして胸に刻んでもいいぐらいの金言だと思う。

 無理して死んだら元も子もないからな。

 それに、どうせなら長く人生を楽しみたいし。

 不注意によるしょうもない死に方だけはしたくないな。


 入手した5枚の銀貨は、全て日本円に換金した。

 これで最初に換金した分と合わせて、5万円。

 1日の稼ぎとしては十分だろう。


「ふう、無事帰宅っと」


 現実の部屋に帰ってきて、一息つく。

 とりあえずシャワーでも浴びようかな。

 死体と一緒に光になって消えたとはいえ、ゴブリンの返り血を浴びたし、それなりに汗もかいた。

 このままにしておくのは少し不快だ。


「くんくん……」


 別に体の匂いを嗅いでも変な臭いはしない……むしろほのかにいい香りがするけど、それはそれだ。

 洗面室で服を脱ぐ。


「あ、包帯……そういえば怪我してたんだっけ」


 服の下から、包帯を巻いた左腕がでてくる。

 痛みが無くなっていたから忘れていた。

 かなり重傷だったけど、もう治ったのだろうか。

 包帯を外して確認する。


「わぁ、すごい。完全に治ってる」


 白くて細い綺麗な腕だ。

 触っても、つるりとした感触があるだけで痛みもない。

 まるで最初から傷など負っていなかったかのようだ。


「あ」


 包帯は再利用できるのだろうか。

 そんなことを考えていたら、役目を終えたかのように、巻き取った包帯は空気に溶けるようにして消えてしまった。

 どうやら使い切りのアイテムのようだ。


 そういえば、ひっかき傷を負っていた体の部分も、いつの間にか完治していた。

 体を見ても傷痕一つない。

 芸術品のように美しい肢体だ。


「軟膏と包帯すげぇ」


 あの傷がこれだけの早さで治るのか。

 やばいな。

 ヤバすぎて、これを売って儲けようとかいう気にもならない。

 効果が劇的すぎて、絶対面倒なことになる。

 他のアイテムとかもそうだけど、手に入っても自分だけで使うことにしよう。


 このダンジョンのことは秘密にしないとな。

 バレたらどうなることやら。

 考えるだけでも面倒だ。



***



「あっ……タオルがない……」


 気持ちよくシャワーを浴びて、浴室から出ようとして気がついた。

 バスタオルが無い。

 洗面室を見渡しても、当然ない。


 なんならドライヤーもないことに気づいてしまった。

 この家、生活用品がなさすぎだろ。

 不親切だな、まったくもう。


「うーん、確か、背負い袋の中に毛布があったっけ……」


 仕方ない、それを使うか。

 裸のまま、水を滴らせながら、ベッド脇に置いてある荷物を漁る。


「よいしょっと」


 目的の物を取り出して体を拭う。

 新品でよかった。

 ちょっとゴワゴワしていて吸水性も悪いけど、自然乾燥よりはマシだ。


「やべ、着替えもないや」

 

 笑っちゃうぐらい何もない。

 危険なダンジョンから帰ってきて、安心して気が抜けていたようだ。

 この家には足りないものが多いということを失念していた。


「しゃーない、脱いだ服を着よう……」


 しぶしぶ、洗濯機の中に脱ぎ捨てていた冒険者衣装を再び身につけていく。

 裸のままでいるわけにもいかないし、他に選択肢はない。

 洗濯機が置いてあるぐらいなんだから、他の日用品だって用意してくれればよかったのに。

 あと少しのところで気が利かないな。


「……そういえば食い物もなかったっけ。こりゃ買い出しが必要だな」


 一回、改めて部屋を見直して、何が必要かを書き出そう。

 予算は5万円。

 これで大体一通りの物は揃えたいな。


「この服で外出かぁ……まあいいか」


 公序良俗に反したリ、奇抜すぎる格好というわけでもない。

 中世ヨーロッパ風のファンタジー世界の町人にでも居そうな格好だけど、ギリ現代でも通用するファッショのはずだ。

 己の美貌と相まって、注目されそうではあるが。


「……職質された時の為に、身分証は持ってくか」


 って、財布もないや。

 お金も身分証も全部ポケットの中にしまう。

 落としたりしちゃいそうでこえー。

 落ち着かないなぁ。

 財布も欲しいけど、優先順位的には低めか。

 安いのがあって予算が余ったら買うぐらいかな。



***



「ふう、疲れたー」


 複数の買い物袋を抱えて帰宅する。

 女の細腕には少々どころかかなり量が多い荷物だが、戦士の指輪のおかげで筋力が上がっている影響か、なんとかなった。


「立地が良くて助かったな」


 マンションの立地はかなりよかった。

 なかなか栄えている地方都市の駅近物件で、最寄りには歩いて行ける距離に複数の商業施設があった。

 おかげで必要な物を一通り揃えることができた。

 これで家賃5万円はかなりお得に感じる。

 後は足りないものは、余裕ができしだい通販などで買えばいいだろう。


 街や住人の様子は、普通に現代日本という感じだった。

 言語は日本語だし、文字も見慣れたもの。

 街の景観や、道行く人の姿も様子も、どれも普通だ。

 違和感や、異世界味は一切感じなかった。


 自分の身にこんなことがあったのだから、世界まで変貌していてもおかしくないと覚悟していたが、特におかしなところは無くて安心した。

 ここは、記憶を失う前の私が元々暮らしていた、平凡な現実世界のように思う。


 もしかしたら、残された記憶を頼りに調査すれば、過去の自分の痕跡を探せたりして。

 まあ、面倒だからやらないけど。

 それに意味がない。

 気にならないと言えば嘘になるけど、いかんせん労力がな。

 後々すごく余裕ができて、まだその時に気になっていれば、調べてもいいかな、ぐらいだな。


「あー、腹減った」


 思えば朝からほとんど食べてない。

 忙しい1日だった。


 買い物途中に空腹に負けて少し買い食いしたとはいえ、全然足りていない。

 もう腹が減ってきた。

 さっさと食事の用意をしよう。

 米を炊いてる時間はないから、パスタでも茹でるか。


 恐らく、以前の自分は自炊もしていたのだろう。

 手際よく調理していく。

 といっても、ベーコンを焼いて、パスタを茹でて、チーズと卵を絡めて終わりだけど。

 簡単カルボナーラの完成だ。


 皿はないから、フライパンからそのままいただきます、と。

 うん、おいしい。

 食事を作ろうと思ってぱっと浮かんだのがこれだったあたり、好物でもあったのだろう。

 お腹が空いていたのも相まって、あっという間に完食した。


「ふぅ、ごちそうさまでしたっと」


 満腹感と幸福感に包まれながら、後片付けをする。

 洗い物を終えて、ようやくひと段落だ。


「あぁー、疲れた。シャワー浴びて寝るか」


 今日は色々とあった。

 現代人としてはまだ寝るには早い時間とはいえ、疲れているしもう寝よう。

 軽くシャワーを浴びて、寝間着代わりのTシャツと短パンに着替える。

 ベッドの上に横になり、目を瞑る。


「……」


 眠れない。

 疲れているはずなのに、目を閉じると昼間のことを思い出して、あれこれと考えてしまう。

 おかげで変に目が冴えてしまっている。


 こういう時は羊を数えるといい。

 そんな迷信のような知識が思い浮かんだ。

 だが、生憎とそんな可愛い生き物の顔は浮かんでこない。

 ゴブリン。

 あの緑色の醜悪な魔物の顔ばかりが脳裏に過る。


 戦い、傷つき、殺した。

 気にしていないつもりだったが、内心では思うところがあったのだろうか。


(そういえば……ゴブリンは全員武器持ちで単独行動だったな……)


 洞窟内にはそれなりの高い密度で徘徊していたにも関わらず、群れることはしていなかった。

 こういうところはゲームらしい。

 ゴブリンの行動や仕草は、とても作り物とは思えない程にリアルだったけど。

 あれはNPCで、作られた存在なのだろうか。


(……私も人のことは言えないか)


 寝転がりながら、ふっと自嘲する。

 もしかしたら。

 私が死んだ場合も、ゴブリン同様、死体が残らず光となって消える可能性もある。

 本物か、作り物か。

 そんなもの、神様でもなければわからないだろう。


 深く考え始めたら、この世界自体が作り物である可能性だって否定できないわけだし。

 気にするだけ無駄なことだ。

 自分の都合よく、好きに解釈すればいいだろう。


(我思う、ゆえに我あり、だっけ)


 いい言葉だ。

 私が自分の存在を認めるなら、私は存在する。

 その私が現実だと思う世界もまた、本物だ。。

 そんなシンプルな考えでいいじゃないか。

 うん、それでいい。


 とりとめもないことを考えているうちに、うつらうつらと眠くなってきた。

 まどろみの中、ゆっくりと意識が沈んでいく。

 明日もダンジョン、頑張ろう。





 ―――――



 『弾正セナ』

 レベル1→レベル3


 『ショートソード(Tier0)』

 『ヒーターシールド(Tier0)』

 『冒険者のバンダナ(Tier0)』

 『冒険者の服(Tier0)』

 『冒険者のズボン(Tier0)』

 『冒険者のブーツ(Tier0)』


 『レザーグローブ(Tier1)』

 敏捷+1

 攻撃速度+1


 『戦士の指輪(Tier2)』

 筋力+2

 〈不屈の闘志ダイ・ハード


 『背負い袋』

 ・水袋、ロープ、ナイフ、火口箱、松明3本、薬草2つ、鎮痛剤。

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