第3話 再戦と鑑定
扉を開けると、そこはチュートリアルと似た雰囲気の洞窟だった。
いや、似ているというか、そっくりだ。
ごつごつとした岩肌には、ほのかに光る結晶体があちこちにへばりつき、暗い洞窟内を薄く照らしている。
「またゴブリンが出てくるのかな」
呟く言葉は、洞窟内に反響して返ってくる。
記憶に新しいゴブリンとの戦いを思い出す。
あの時は必死だったが、こうして落ち着いて思い返すと、我ながらよく勝てたものだと思う。
恐怖に飲まれて冷静さを失っていたら、今頃私はこうして立ってはいられなかっただろう。
あの不利な状況からでも勝利したのだ。
装備を整え、指輪の効果で強くなっている私が、今さらゴブリンごときに後れを取るわけがない。
何体だって出てこい、相手をしてやる。
そして銀貨を落とすのだ。
私の生活の糧になれ。
『ギギィ!』
「出たな」
奥の方から現れたのは、やはりゴブリンだった。
緑色の肌をした、小人のような背丈の人型の生き物。
醜悪な顔をしたそいつは、右手に持った粗末な小剣を構え、襲い掛かってくる。
(武器を持ってるのか)
チュートリアルのゴブリンが素手だったのは、ゲームマスターの恩情だろうか。
それとも、目の前のこいつか特別なのか。
まあいい。
倒してしまえば同じことだ。
「ふっ!」
振るわれた小剣をヒーターシールドで受け流し、そのまま右手の剣で斬りつける。
『ギャッ!?』
ゴブリンが飛び退いて避けようとするが、遅い。
戦士の指輪の効果で上がった私の筋力は、女の細腕らしからぬ速度で剣を振るわせ、ゴブリンの肩先を強打した。
剣が錆びているせいで、接触面が大きいと刃が入って行かない。
だが、それでも鉄棒としての威力はある。
浅からぬ傷を負ったのか、ゴブリンは焦ったように後退する。
「なんだ、逃げるのか?」
私が最初に戦ったゴブリンは、常に攻撃的で恐れを知らない戦士のように感じたものだが。
目の前のこいつは、随分と腰が引けた奴のように見える。
「ああ、そうか」
あの時の私は、腰が引けていて相手に攻撃をあてることができなかった。
それで侮られ、調子に乗られていたのだろう。
今は逆の立場になった。
目の前のこいつは、以前の私だ。
(……なるほどな、確かに弱そうだ。これは舐められて当然か)
相手が弱気になっているのであれば好都合。
畳みかけて仕留めよう。
距離を取るゴブリンに追いすがる。
慌てた様子でゴブリンは私を近づけまいとがむしゃらに小剣を振るが、そんな腰の入っていない攻撃が当たるわけがない。
冷静に盾でいなし、踏み込み、肉薄するような距離で剣を振るう。
『ギャアッ! ギギィ!』
私が剣を振るう度、ゴブリンの体に傷が増えていく。
別にいたぶりたいわけではない。
ただ錆びた剣に切れ味がなく、一撃で倒すことができないだけだ。
それにゴブリンも必死で生きようと足掻いている。
おかげで中々仕留められない。
だが、それも時間の問題だ。
『ゲェ……ッ』
やがて力なく倒れ伏すゴブリン。
血だまりの中、痙攣するように震えていたそいつは、しばらくすると動かなくなった。
その体が光の粒子となって消えていく。
「終わったか……」
勝った。
今度は無傷の完勝で。
ふう、息をつく。
ゴブリンの死体があった場所には、1枚の銀色のコインが落ちていた。
拾い上げる。
「銀貨1枚か。……前もそうだったよな。ゴブリンを倒せば確定ドロップなのかな?」
ゴブリン1体で5000円。
本当に確定ドロップなら、かなりおいしい獲物だな。
もっともっと倒したいところだ。
「んー、一旦帰るか」
この銀貨で、新しい剣を買おう。
そうすればもっと効率よくゴブリンを狩れるはずだ。
それに、必要以上に相手を痛めつけるのも不本意だしな。
その点で言えば、敵がゴブリンで良かったと思う。
醜悪な見た目で、愛嬌の欠片もないモンスター。
これが愛嬌のある動物系のモンスターで、リアルな悲鳴を上げられていたら心が痛んでいただろう。
その点、相手がゴブリンならあまり胸も痛まない。
最初に痛い目に遭わされた恨みか、むしろ胸がすくような思いがした。
積極的に殺しに行ける。
とにかく、私は手に入れた銀貨を手に、来た道を引き返した。
***
ショップで剣を新調した。
錆びた剣より一回り短いぐらいのショートソードだ。
洞窟で戦うことになるみたいだし、刃渡りは短めにしてみた。
入り口部分を探索した感じ、洞窟内はかなり広く、極端な長物でも使わない限り戦闘に支障はなさそうとはいえ、狭い場所があるかもしれないし。
ゴブリンが相手の内は、短くても問題はない。
むしろこっちの方が取り回しが良くて、相性はよさそうだ。
どこかで見たゴブリン殺しの達人さんも、似たようなことを言っていた気がする。
その後も探索を続けて、ゴブリンを5体倒した。
いずれも武器持ちで、単独行動していた。
銀貨1枚は、どうやら確定ドロップのようだ。
全てのゴブリンから、倒すと銀貨1枚がドロップした。
そして最後に倒したゴブリンからは、銀貨以外のアイテムも出た。
見た目は、革の手袋だ。
詳細はわからない。
もしかしたら呪われているかもしれないので、何も調査しないうちから身につけることは躊躇われた。
そういえばショップには鑑定機能があったよな、と思い出し。
再びショップと魔法陣がある部屋へと戻ってきた。
……“ショップと魔法陣がある部屋”って長いな。
どうやらここにはモンスターは入り込んでこないみたいだし。
探索の拠点ということで、“ホーム”と命名しよう。
「さーて、なにがでるかな」
ワクワクした気持ちで、革の手袋と手持ちの銀貨をショップの台座の上において、鑑定機能を呼び出す。
革の手袋を鑑定しようとして――表示されたその鑑定費用に目を剥いた。
「えっ、銀貨5枚!? たっか!」
ぼったくりかよ。
銀貨5枚も取って何を鑑定するっていうんだ。
これでゴミみたいなアイテムだったら泣いちゃうぞ。
銀貨5枚を惜しむような貧乏人は鑑定するなってか?
くっそー、足元見やがって。
「……いやまて、はたしてこれは一律でこの値段なのか?」
疑問に思い、検証してみる。
他の装備や道具を台座において、鑑定を試してみる。
「あー、こっちは銀貨1枚だ」
これらは全てTier0のアイテムだ。
それが一律銀貨1枚。
もしかしたら、アイテムの性能や等級によって、要求される鑑定額は変わる仕様なのかもしれない。
ってことは……。
「この手袋はレアアイテムの可能性が高い、ってこと!?」
なるほど。
そう考えれば納得もいく。
確かに値段は高いけど、それだけ価値ある情報である可能性も高いわけだ。
「うーん……」
どうしよう。
鑑定するか、鑑定しないか。
悩む。
悩むが、実のところ答えは決まっていた。
「よし、やろう!」
だって、めっちゃ気になるじゃん。
銀貨5枚を消費して、革の手袋を鑑定する。
『レザーグローブ(Tier1)』
敏捷+1
攻撃速度+1
「お、お、おお……?」
なんだか、手放しに喜んでいいのか、いまいちわかりづらい微妙なものが出てきてしまった。
Tier1ということは、Tier0よりはすごいんだろうけど。
Tier2の指輪と比べると見劣りするな。
「……これが銀貨5枚かー」
まあまあ。
まあまあまあ。
敏捷と攻撃速度の補正が付いてるし、オプション的には悪くなさそうだ。
今装備している無補正の『冒険者の手袋(Tier0)』よりは、確実に良い物だろう。
それが銀貨5枚で手に入ったと考えれば、価値はあるな。
「うん、ワースだ」
そういうことにしておこう。
鑑定せずにそのまま使っていれば銀貨5枚が浮いてお得だったのでは? なんて考えてないから。
これは安全を確実にするための必要経費だった。
そうに違いない。
決して無駄金なんかじゃないんだ。
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