第2話 状況把握


 気づいたら、ベッドの上にいた。

 どこかの部屋のようだ。

 生活感がない。

 まるでモデルルームのように綺麗な空間。

 レイアウト的に、ホテルというよりは、マンションやアパートの一室という感じがする。


 誰の、どこの部屋だろう。

 まさか、記憶を失う前の自分の部屋?

 だが、懐かしさのようなものは全く感じない。

 多分それは違いそうだ。


「夢、だったのか……?」


 ゆっくりと起き上がる。

 まず最初は夢を疑った。

 非常識な体験に、寝起きの自分。

 そう考えるのが自然だったから。


 でも、すぐにそうではないとわかった。

 貫頭衣のような服はそのままだし、ゴブリンに破かれた部分も変わらない。

 左腕には包帯が巻いてあるし、ポケットには戦利品の銀貨や、余った回復アイテムが入っていた。

 錆びついた剣も傍らに置かれていた。

 光の門を潜った時の状況と、まったく同じだ。


 ただ軟膏の効果か、ひっかき傷に関しては綺麗さっぱり治っていた。

 陶器のような白い肌が見えるだけ。

 傷痕は一切残っていない。

 左腕の痛みもないし、左手もちゃんと動く。

 こっちの傷も治ったのだろうか。

 でも結構な重傷だったし、まだ治りかけかもしれない。

 包帯はそのままにしておく。


「あれは現実の出来事で……これも現実?」


 鎮痛剤の興奮効果も切れたようだ。

 頭が冷静だ。

 あまりにも常識離れした状況に、混乱してきた。


「ん、なんだこれ。紙……」


 枕元に1枚の紙が置いてあった。

 前にもこういうことがあったな。

 いやな予感がしつつ、紙を手に取って読む。


『チュートリアル・リザルト』

『モンスター撃破率:100%。戦闘不能回数:0。評価:A』

『報酬:銀貨10枚、ガチャチケット(Tier2)』


 読み終えると、紙がチケットと無数の銀貨に変化する。

 チケットはともかく、銀貨は持ちきれない。

 いくつかの銀貨が手からこぼれ落ちた。


「チュートリアルの報酬ね……。ともかくあの洞窟からは脱出できたみたいだな、よかった」


 ほっと胸を撫でおろす。

 またあんな場所に放り出されたらたまらない。

 ひとまず危機は去ったようで安心した。


「しかし銀貨にガチャチケットねぇ……どうやって使うんだ、これ?」


 そう言ってチケットを眺めていると、何やら使い方が頭の中に浮かんできた。

 念じたら使えそうな気がする。

 試しにやってみると、本当にできた。


「おおっ!?」


 チケットが眩い光を発して、アイテムに変わる。

 手のひらには綺麗な赤い宝石がはめられた指輪があった。

 紙片も付いてきている。

 内容を読む。


 『戦士の指輪(Tier2)』

 筋力+2

 〈不屈の闘志ダイ・ハード


「ふむ……? 中々凄そうな指輪だな」


 とりあえず左手の中指に嵌めてみる。

 利き腕じゃない方の中指と薬指が一番邪魔にならなそうな指だ。

 薬指だと別の意味があるし、無難に中指でいいだろう。


 サイズは少し大きいかなと思ったが、つけてみると指輪が縮んで、サイズが自動で調整された。

 マジかよ。

 こんな機能もあるのか。

 まるでマジックアイテムだな。

 いや、紙に書かれていた効果が本物なら、まさしく魔法のアイテムか。


「お、おお? 体が少し軽くなったような……」


 筋力+2の影響か、体が少し軽くなって、力が増した気がする。

 ステータスは確認できないし、見た目にも変化はないけど、確かにパワーアップするのを感じた。

 不屈の闘志ダイ・ハードとかいうスキルみたいなやつの効果はわからないけど、字面的には食いしばりとかそういう系っぽいな。


「さてと、ここはどこなんだろう」


 窓から外を見ると、現代の街並みが広がっている。

 どことなく見慣れた風景。

 現代日本っぽさを感じる。


 まずは部屋を調べることにした。

 間取りは1Kだろうか。

 メインの部屋の向こうには、小さなキッチンがあり、トイレとユニットバスがあった。


「水は出るし、電気とガスも来てるみたいだな」


 最低限の家具や家電は揃っているようだし、今すぐにでも生活はできそうだ。

 ここが誰の部屋かは知らないけど。


「私の部屋、ってことでいいのかな?」


 正直不安だ。

 突然知らない人が入ってきて、「お前は誰だ! 警察呼ぶぞ!」とか言われたりしないよな。


 どこかに契約書の類とかないだろうか。

 部屋を物色しようとして、机の上に色々と物が置いてあることに気づいた。

 スマホに、各種身分証や通帳、複数の書類がある。

 個人情報がすべて揃っている感じだ。


「なんとまあ、用意がいいな」


 スマホの電源をつける。

 ロックはかかっていなかった。


「2023年、7月15日……。覚えてる最後の日付と同じだ」


 記憶を失う前の自分が何をしていたのかは何も思い出せないが、年月日などの知識は覚えている。

 ニュースなどで確認してみても、最新は同じ日付だった。

 どうやら時間はそれほど経っていないらしい。


 身分証を見てみる。

 名前は、“弾正だんじょうセナ”。

 生年月日は……平成生まれみたいだけど、和暦で言われてもすぐ出てこない。

 ネットで調べて……えーと、2005年生まれの18歳みたいだ。


「これは、私のことか? ……名前は意外と普通だな。……18歳、若いな」


 18歳が若いと感じるということは、記憶を失う前はそれよりも歳を重ねてたのかな?

 まあ、その辺は別にどうでもいいか。

 次に通帳を確認する。


「預金残高……0円。うわ、貯金なしじゃん、やば」


 現金やカードの類も見当たらないし、もしかして一文無しか、これ?

 ヤバすぎだ。

 こんな意味不明な銀貨とか寄越さず、現金を寄越せや。

 ばかあほしね。

 ……おっと、混乱してつい悪口が。

 いかんいかん。

 落ち着け、私。

 とりあえず書類を一通り見てしまおう。


「こっちは賃貸契約書で……住民票とかもあるな」


 ふむふむ。

 全てに私の名前が記載されている。

 どうやら身元はしっかりしているらしいな。

 ……これが偽造じゃなければだけど。


「家賃は月5万か。支払日はまだ先だけど……どうすんだ、これ」


 他にも水道光熱費や生活費もある。

 無一文で職もない。

 色々と詰んでいる。


「ホームレスになるのも時間の問題だな」


 手をこまねいていると冗談抜きでそうなりそうだ。

 これからどうするべきか……。


「ん……? 何だこのアプリ。“ダンジョンゲート”?」


 現実逃避気味にスマホをいじっていると、何やら見慣れぬアプリがインストールされていた。

 ゲームみたいなアイコンだ。

 他は初期状態なのに、なぜこれだけ。

 それに交差した剣のアイコンは、どこかで見たような……。


「あ、銀貨の図柄と同じなのか」


 銀貨を取り出して見比べると、確かにそっくりだった。

 ありがちなデザインとはいえ、こんな偶然はないだろう。

 何か繋がりがあるのだろうか。

 試しにアプリを起動してみる。


『――ダンジョンゲートを開きます。準備はよろしいですか?』


「へえ、なるほどね」


 よくわからないけど、これでダンジョンに行けるわけだ。

 黒幕はどうやらダンジョンを推してるようだな。

 もしかして、ダンジョンを攻略すれば、日本円が手に入ったりするのだろうか。


「まあ、ちょっくら見に行ってみますか」


 流石にここで即死トラップが仕込まれていることはないだろう。

 死ぬかと思ったチュートリアルでも、なんだかんだで無事に帰ってこれたしな。

 住む場所とかも用意してくれているみたいだし。

 いるかもしれない黒幕は、そんなに理不尽なタイプではなさそうだ。

 この状況をどうにかする手段も、きっと用意されているはず。

 つーか用意しててくれ。

 でないと、私のこれからの未来はお先真っ暗だ。


 錆びた剣を手に持って、『Yes』を押す。

 すると目の前に、次元の裂け目のような渦が現れた。

 なるほど。

 これがダンジョンゲートね。


「さーて、鬼が出るか蛇が出るか」


 私は意を決して、渦の中に飛び込んだ。



***


 

 ダンジョンゲートを抜けた先は、地下の祭壇のような場所だった。

 窓がなく薄暗い空間。

 あちこちにあるキャンドルの火が、周囲を怪しく照らしていた。

 部屋の中央には床に刻まれた魔法陣があり、一段高くなった奥には台座があった。

 正面には扉があり、そこが唯一の出入り口のようだ。


 周囲に自分以外の気配はない。

 痛いほどの静寂が辺りを支配していた。


「ふむ……」


 飛んでいきなりモンスターがいるわけではないと。

 あの扉の先が、本格的なダンジョンの始まりなのだろうか。

 もしかしたらここは安全地帯だったりするのかもしれない。


 手元にスマホはある。

 持ってきたものはそのままだ。


「さて、戻ることはできるのかな?」


 スマホを操作してダンジョンゲートのアプリをいじってみる。


『ダンジョン内での帰還は、魔法陣の上でのみ可能です』


 すると、そんな表示が出てきた。

 一応、このアプリで帰ることはできるらしい。


「魔法陣……もしかしてこれか?」


 部屋の中央にある魔法陣の上に立つ。

 改めてアプリを操作すると。


「わっ、開いた」


 目の前に次元の裂け目のような空間の渦が現れる。

 中に入ってみると、元いた部屋に戻ってきた。

 帰還方法に条件はあるようだが、一方通行ではなく、ちゃんと帰り道もあるようだ。

 よかったよかった。


「よし、なら本格的にダンジョン探索といきますか」


 再びアプリを操作し、ダンジョン内へと戻る。

 まずはこの部屋を隅々まで探索しよう。

 魔法陣以外にも何かあるかもしれない。


 奥の台座に近寄る。

 神秘的な文様の描かれた、テーブルのように大きな台座だ。

 何かありそうな気がする。


「わ、光った」


 触れてみると、台座に刻まれた文様が淡く輝き始めた。

 そして空中に浮かぶディスプレイが表示される。


「……ショップ?」


 それはゲーム内のショップのようなUIだった。

 というか、左上に“アイテムショップ”と書いてある。

 ずらーっと品目と値段が並んでいる。

 通貨には、銀貨のようなアイコンが使われていた。


「銀貨……もしかしてここで使えるのか」


 持ってこよう。

 一度部屋に戻って、チュートリアルで手に入れた銀貨11枚を持って帰ってくる。


「……どうやって使うんだろ」


 持ってきたはいいものの、使い方がよくわからない。

 とりあえず台座の上に置いてみると、それが正解だったようだ。

 所持金のところが、0から11に変化した。


「なるほど、これで買い物ができるわけだ」


 ショップの一通りの機能を調べていく。

 購入、売却、鑑定、修理、換金。


「……換金?」


 ゲームっぽいラインナップに混じって、気になる単語。

 タブを押して調べてみる。


「……おお! 銀貨をリアルマネーに換えられる!」


 なんと銀貨を現金化してくれる機能があるらしい。

 しかもレートは銀貨1枚:5000円だとか。

 ゴブリン1体が5000円だと考えると、なかなかに高い。

 上手くやればその辺でバイトするよりも絶対に稼げそうだ。

 私にとっては神みたいな機能。

 めっちゃ助かる。


「……ちゃんと使えるカネだろうな?」


 これだけ超常的な力を持った黒幕だ。

 通貨を用意する程度、訳無いとは思うけど、一抹の不安が頭をよぎる。

 まあ、実際に見て見ればわかるか。


 試しに銀貨5枚分、2万5千円を換金してみる。

 台座に置いていた銀貨が5枚消えて、かわりに3枚の紙幣が現れる。

 1万円札が2枚と、5000円札が1枚だ。


「……うん、本物の紙幣にしか見えないね」


 手に取って眺めるが、どう見ても本物にしか見えない。

 見た目、質感、匂い、透かし具合、どれをとっても精巧に作られている。

 記番号もそれぞれ違っている。

 少なくとも人間の目は、間違いなく誤魔化せるだろう。

 私が会計をしていたとしたら、これを渡されても絶対に気づかない自信がある。

 その上で機械の目も欺けるのなら、例え偽物だとしても、それはもう本物と言ってもいいだろう。


「まあ、お金自体は本物だとしても、真っ当な手段で稼いだカネじゃないからその点では使いづらいな」


 確定申告とかできないだろこれ。

 どういう扱いにすればいいんだ。

 正直に申告しても、稼いでますねー、何の仕事をされているんですか? とか税務署の人に聞かれたら終わりだ。


 税金のかからない非合法手段で得た闇のマネー。

 そのぐらいに思っておいた方がいいな。

 細かい買い物はともかく、大きな買い物は避けた方がよさそうだ。


「日本円を銀貨にはできないのか」


 銀貨をリアルマネーにはできても、その逆はできないようだ。

 課金は無しか、いいね。

 Pay to Winペイトゥウィンは好きじゃない。


 ショップの品揃えは、ファンタジー風のゲームみたいな感じだった。

 武器防具に、回復アイテムや、冒険者が持っていそうな道具など。

 いずれも値段は一律銀貨1枚で安い。

 ただそのせいか品目は少なく、大したものは売ってない。

 RPGの序盤のお店みたいだ。


「えっ。この指輪、売ると銀貨25枚もするのか」


 売却機能はどうやって使うのかと、試しに指輪を台座に置いてみたら、認識した。

 銀貨25枚という値段が表示されている。

 高いな。

 それだけの価値があるということか。

 でもまあ、この赤い宝石が本物のルビーか何かで、指輪の効果が他の人にも適応されるなら、その価値は10万円やそこらなんかじゃあり得ないと思うけどな。

 できれば手放したくない。

 これを売るのは最後の手段にしよう。


 他の物品を台座の上に乗せて見ても、反応しない。

 かろうじて錆びた剣は反応したが、売値は0だった。

 無価値ということらしい。

 価値がありそうなスマホや、現金なんかも反応しない。

 ショップで売り払うことができるのは、ダンジョンで入手したアイテムに限られるということだろうか。


「装備はどうしようかな。防具一式揃えると銀貨5枚か、高いな……」


 ゴブリンとの戦いで、防具の重要性は身に染みて理解した。

 これから先も戦いを続けるのであれば、せめて防具は揃えておきたい。

 そう思ったのだが、いかんせん高い。

 いやまあ、鎧の一部位が銀貨1枚……5000円で買えるなら安い方なのだろうが、私の懐具合からするとかなりの出費だ。


 できれば剣も新しくしたいし、盾も欲しい。

 となるとそれだけで銀貨7枚。

 金が足りない。

 現金に換えるのは後にすればよかったか。


「んー、とりあえずはこれにするか。『冒険者セット』で」


 結局、お得そうなセット商品があったので、それを買うことにした。

 冒険者の服一式に、背負い袋、水袋、毛布、ロープ、ナイフ、火口箱、松明3本、薬草2つ。

 それだけの物が入っていて銀貨5枚だ。

 普通に揃えようとしたら倍の値段はかかるだろう。

 とてもお得である。

 いらない物もいくつかある気はするが。


 余った銀貨1枚はどうしようかな。

 お守りでもあるまいし、残していてもしょうがない。

 使ってしまおう。


 剣を買い替えるか、盾を買うかで迷う。

 手元の剣を見る。


「……これはまだ使えるか」


 すぐに折れそうな気配はない。

 錆は浮いているものの、それは表面だけのようだ。

 何なら、研げばまだまだ使えそうな気がする。

 もっともそんな手間をかけるぐらいなら、新品を買った方が早いだろう。

 それまでの繋ぎなら――銀貨1枚を稼ぐだけなら十分持つだろう。

 盾を購入する。


「うん、いいじゃないか」


 冒険衣装に着替えた私は、軽く動きを確かめて頷く。

 厚手の生地で作られた丈夫そうな上下に、革のブーツ。

 それらのサイズはぴったりで、着心地は良く動きやすい。

 下着や靴下もついてきたから、それがない不快感もない。

 

 荷物を入れた背負い袋を背負い、右手に錆びた剣を持ち、左手に盾を持つ。

 左手に『戦士の指輪』がはまっているのをしっかりと確認する。


「準備完了っと」


 ようやく準備を終えて、私はこの部屋唯一の出入り口である、扉に向かって視線を向けた。


「さぁて、行きますか」


 不安と期待を胸に、扉に手をかけた。




―――――



 『弾正セナ』

 レベル1


 『錆びた剣(?)』

 『ヒーターシールド(Tier0)』

 『冒険者のバンダナ(Tier0)』

 『冒険者の服(Tier0)』

 『冒険者の手袋(Tier0)』

 『冒険者のズボン(Tier0)』

 『冒険者のブーツ(Tier0)』


 『戦士の指輪(Tier2)』

 筋力+2

 〈不屈の闘志ダイ・ハード


 『背負い袋』

 ・水袋、毛布、ロープ、ナイフ、火口箱、松明3本、薬草2つ、鎮痛剤


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