第4話 過去の断片ー窮地ー

 その後、アインは、待ち伏せしたニコラウスの部下に、捕らえられそうになる。しかし、アインは、仲間の幻獣使いの手助けにより、ニコラウスの手中から逃げ切ることに成功した。

 それから、アインとニコラウスの攻防は幾度となく繰り返されることになる。

 その間も大陸の砂漠化は進み、その速度は速くなっていった。



※※※※※※



 ウィルヘルムは、能力があるものには公平に大錬丹を与えて、新たな幻獣使いを育成する、良い面もある。しかし、ある日突然、一方的な命令で、幻獣使いから大錬丹と相棒の幻獣を、取り上げてしまう組織でもある。

 そんなウィルヘルムへの加入は、アインにとって、死んでも嫌なことだ。

 アインには、大陸の一般的な幻獣使いと決定的に違う点があった。それは、彼が大錬丹を使わず、幻獣と心を通わせて、幻獣使いになったことだ。

 アインの仲間になった大多数は、ウィルヘルムに大錬丹と相棒の幻獣を取り上げられ、ウィルヘルムから抜けた、元幻獣使いたちである。

 彼らは全員、幻獣使いの仕事に誇りを持ち、もう一度、幻獣使いになりたいと願っていた。

 彼らを放っておけなかった、アインは彼らに、幻獣と心を通わせて幻獣使いになる方法を教えた。すぐに、彼らはアインの方法を実行し、それぞれの相棒を再び得て、幻獣使いに舞い戻った。

 彼らはアインに深く感謝し、アインの心強い仲間になった。

 やがて、アインと仲間たちは、ウィルヘルムの非道に我慢ならず、ウィルヘルムに対抗する組織、アイゼンを結成し、ウィルヘルムとぶつかり合うようになる。

 ニコラウスは始めこそ、アインとその仲間を捕らえることに力を入れていた。しかし、部下の調査で、彼らが大錬丹なくして幻獣使いになった事実を知ると、ニコラウスは彼らを捕らえることをやめた。そして反対に、アインたちの組織、アイゼンの行動を影ながらサポートするようになる。



※※※※※※



 ある日、ニコラウスは、彼の執務室でもの思いにふけっていた。

『ニコラウス。お前は大陸一の幻獣使いとなった。今こそ、お前の力を持ってして、砂漠化の進行をくい止めるのだ』

 そう王命を受けた、ニコラウスはウィルヘルムを結成した。

 砂漠化が進行する大陸では、幻獣使いの助けがないと人々は生活できない。しかし、幻獣使いになるには、大錬丹が必要不可欠で。その大錬丹は世界の生命力を奪って生成されるため、生命力が奪われた土地では砂漠化が進行する。

 ウィルヘルムは、大錬丹により世界から失われる生命力をコントロールする必要がある、とニコラウスの考えの下に結成された。ウィルヘルムはこれまで、大陸の幻獣使い全てを管理下に置き、幻獣使いと大錬丹の数を、常に一定に保ってきた。全ては、砂漠化の進行をくい止めるために。

 ところが、どうだ。砂漠化の進行速度はウィルヘルム結成以前よりも、悪化している。

 ウィルヘルムに不満を持ち、アイゼンに流れる幻獣使いの数も、日を追うごとに増加している。

 ウィルヘルムは、本来の役割を果たせなかったのだ。

 それに比べて、アイゼンはーーアインは。これまでの常識を覆し、大錬丹を使わずに、幻獣と心を通わせることで、幻獣使いになれることを示した。それは真の意味で、この大陸を蝕む砂漠化の進行をくい止める解決策と言えた。

 認めざるをおえない。アイゼンのーーアインの実力と可能性を。

 ニコラウスは執務室の窓から空を見上げた。

 私は、ウィルヘルムがー私自身が犯した罪を償わなければならない。



※※※※※※



 ニコラウスは、王にアイゼンのことを報告をしようと王城に登城した。

 その際、ニコラウスは、王城内で怪しい行動をする、幻獣を目撃する。

 ニコラウスは、気づかれぬよう、その幻獣の後を着けていく。と、幻獣は王族以外立入禁止の墓廟へ入っていった。

 ニコラウスは扉の影から、そっと様子を探る。

 墓廟の内部は、おびただしい数の幻獣の死骸と大錬丹で溢れていた。今まで誰も気づかなかったのが奇跡に近い、強烈な悪臭がニコラウスの鼻をつく。

 幻獣は、ニコラウスがいることに気づいてないようだった。おもむろに、古びた棺桶から一冊の本を取り出た。本は古びてこそいるが、立派な装丁をしている。幻獣は、本を開き古代語の呪文を唱える。すると、次の瞬間、幻獣の姿は王へと変化した。

『もうすぐだ。もうすぐ、贄の儀式が完成する。さすれば、魔狼王様が蘇るのも時間の問題だ』

 幻獣、もとい王は、ひとしきり高らかに笑う。

 そして、まっすぐにニコラウスがいる方を見据えた。

『そこにいるのだろう? ニコラウス。わかっていたぞ、お前がいるのは。だがな、全てが遅かった』

 すぐさま逃げようとする、ニコラウス。しかし、待ち構えていた王の私兵に捕まり、王の暗殺を企てた謀反人として、地下牢に幽閉されてしまう。



※※※※※※



 一方その頃。アイゼンは存亡の危機に陥っていた。ウィルヘルムが、アイゼンは悪化する砂漠化の根源悪であると、声明を発表しただけでなく。その上で、管理下の全ての幻獣使いに、アイゼン殲滅命令を下したためだ。

 アインは囮となり、仲間たちを国外へ逃がすことに成功するが、自身は捕虜として捕らえられてしまう。厳しい尋問の後、アインは、ニコラウスの隣の地下牢に幽閉された。



※※※※※※



『あ、気がついた? 痛むところはない?』

 アインが目覚めると、心配そうにこちらを見つめる、ニコラウスの翡翠の瞳と目があった。

『……あんたが、治療してくれたのか』

 アインは、感じていた動けないほどの痛みが、嘘のようにひいていることに気づく。

『うん。こんなことで、私が犯した罪が許されるとは思ってない。けれど、せめてもの罪滅ぼしで、勝手だけど治療させてもらったよ』

 アインは、ニコラウスの口調がいつもと違うことに気づいた。これが彼の素の口調なんだろう。

『……ありがとう。あんたのしたことは許さない。けど、おかげで動けるようになった』

ぶっきらぼうに言えば、

『それは良かった』

と、ニコラウスに微笑まれる。

 アインは小さく息を吐いた。このニコラウスは、調子が狂う。

『なぁ、確認なんだが。あんたが、ウィルヘルムの親玉なんだよな?』

『ああ。そうだよ。ウィルヘルムを結成して、管理していたのは、私だ。』

 ニコラウスの綺麗な翡翠の瞳が陰をおびる。

『管理していた? 今は、別のやつがウィルヘルムを管理しているとでもいうのか?』

『そうだよ。君に信じてもらえるとは思ってない。けど、言わせてもらうなら、今のウィルヘルムは、王が管理している』

『いや、信じるよ。ウィルヘルムのやり口が、変わり過ぎてるからな。……もう一つ質問なんだが、第二王子のあんたが、どうしてこんな地下牢にいるんだ?』

 胡乱げに、アインがニコラウスを睨めば、

『私が王の暗殺を企てた謀反人だからだよ』

 彼は淡々と無表情で述べる。

 アインの眉間のシワがピクっと動く。

 アインにとってニコラウスは、すごくムカつく男だ。それは間違いない。だが、彼がそんなことをしないのは、これまでの経験でわかっている。

『……本当は?』

『……王が、封印された魔狼王を蘇らせようと、贄の儀式を行っていることを知って、幽閉されたんだ』

『贄の儀式って確か……。封印された幻獣と、等価の命の対価を払って封印を解除する儀式だったよな。魔狼王を蘇らせるには、相当の命の対価がいる。不可能なんじゃないか?』

 魔狼王、遥か昔に封印された、凶悪な幻獣。終始、血を求めて、大災害を巻き起こし、目につく生きものをひたすら喰い殺したという。アインには、彼の幻獣の命の対価を用意できるとは、考えられなかった。

『それが……そうとも言い切れないんだ。何故なら……』

 ニコラウスは王家に伝わる大錬丹の秘密と、彼が墓廟の中で見たものを、わかりやすくアインに教えた。

『アイン。ウィルヘルムが、剥奪した幻獣は、野に放たれて、大錬丹も新たな使用者へ渡されていたんだ。そう、管理されていたんだ。管理しているつもりだったんだ……』

 ニコラウスは静かに目を伏せた。

『だが、実際は裏で王が働き、幻獣は皆殺されて、彼らの亡骸は大錬丹と共に、魔狼王への贄として、墓廟の中にあるか……。大錬丹は生命力の塊。魔狼王を蘇らせるのに、それ相応の対価は揃ったわけだ』

『ああ』

『じゃあ、今度は俺がどうしてこんな地下牢にいるか、あんたに話す番だな』

 アインはニコラウスに、ニコラウス幽閉後、ウィルヘルムとアイゼンの間に起こったことを伝える。

『なるほど。王は、砂漠化の進行の原因を、君たち、アイゼンのせいにしたんだね。大錬丹なしで幻獣使いになる方法があることを、これ以上、周知されないために』

 ニコラウスは真剣にアインの話を聞くと、そう結論づけた。

『ああ、俺達の方法が皆に知れ渡れば、大錬丹は無用の長物になる。そんなの、王の目論見にとっては、目障りだからな』

 話は終わったとばかりに、アインは立ち上がると大きく伸びをした。

『何をしようとしてるんだ?』

 ニコラウスも立上がって、アインの菫色の瞳を見つめる。

『何って、脱出するに決まってるだろ。こんな辛気臭いところはゴメンだ』

『無駄だよ、この地下牢には特殊な魔法がかけられてあって、異次元ボックスが使えないんだ』

『へぇ、幻獣を呼び出せないようにしてあるのか』

『うん。そうでなかったら、相棒の力を借りて、とうに、この地下牢から脱出してるよ』

『あんたなら、やるだろうな。……けど、あんた、また見逃してるぜ』

 アインはニコラウスにニィと不敵な笑みを浮かべた。

『俺の相棒はな、自在にその大きさを変えられるだよ。 イチ!』

『おう! やるぞ、アイン!』

と、威勢のいい声が轟くと同時に、禍々しい闇竜ーイチがアインの隣に姿を現す。

『フンッ!』

 ガッシャーン!!

 イチは赤子の手をひねるように、アインの牢の扉を蹴って吹っ飛ばす。

『イチ、隣のも頼む』

『おうよ!』

 バリィーン、ベギャ、グシャ!!

 イチは、ニコラウスの牢の扉を両前脚で掴むと、丸めて鉄の塊にしてましった。

『閉じこめるものはなくなったぞ。あんたはどうする? 湿った地下牢の中でメソメソしてるのか? それともー』

『もちろん、君と行くよ。これからの作戦は何も立ててないんだろ? 私がついて行かないと、すぐまた捕まると思うけど』

 ニコラウスはふっと笑って、アインの隣に並んだ。その翡翠色の瞳には、固い意志の色が見える。

『言うじゃないか。不本意だけど、手を組むぞ』

『ああ』

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