【最終章:右目と名前(5)】
空木カンナが寝かせられている二階の
布団の上で横になっていると思われた空木カンナは、パジャマ姿から
「あら、レディーの部屋に入るときはノックが必要だって知らなかったのかしら?」と、
「空木さんは気を失っていたんじゃないの?なんで普通の服に
「その質問をするのは私の方よ、沢木君。君はいったい何者なの?もしかして、私と同じ?」
「言っている意味がわからない。」
「ふふ、そんな
「君の目的は何なんだ。」
「あなたが、この学校に来た目的を教えてくれたら教えてあげようか?」
二人のかみ合わない会話を聞いていた田中洋一だったが、「空木さん、いったいどうしちゃったの?注射されたんでしょ。体は大丈夫?緑色の液体を注射されたって聞いて、キョウ君はすごく心配してたんだよ。空木さんが死んじゃうかもしれないって、みんなもすごく不安になってるの。元気になったんだよね。一階に
「田中君は
「やっぱり君は・・・」と沢木キョウが話し始めたが、それを
「洋一君、少し落ち着いて。」
「こんなの落ち着けないよ。」
「落ち着いて僕の話を聞いて。空木さんは誰かに
「そんな・・・。」
「あのとき、シャワーを浴びた空木さんは、お風呂場を出たあとで窓を開けて、それから
「なんのためにそんなことをしたの?」
「緑色の注射液のことを知っている人を見つけたかったんだと思う。」
「でも
「証拠はない。けど、それが
「それは私が聞く質問よ。さっきも言ったでしょ。」
「君が答えろ!」
「そんな風に言われたら
「どういう意味だ?」
包丁を突きつけていたのは立花美香であった。
「お友達を
「洋一君を
「下にいた四人はどうしたんだ!」と、今度は違う質問を沢木キョウはした。しかし、立花美香は表情を
「立花、答えてあげなさい。下にいた四人は今どうしているの?」と空木カンナが聞くと、「
「あのボンクラが運転していたら、駅に着くまでに一時間くらいかかるかもしれないね」と、空木カンナは、くくくっと軽く笑いながら立花美香に話しかけた。
「立花?空木様?いったい何がどうなってるんだ?」と田中洋一は言いたかったが、立花美香に口元を抑えられ包丁をつきつけられていたので何も言えなかった。
代わりに沢木キョウが、「君たち二人は一体どんな関係なんだい?保健室の先生とそこの学校の六年三組の児童、っていう関係ではないようだね」と、あえて自分は冷静であると主張したいかのような口調で、空木カンナに問いかけた。
「質問をしているのは私。答えるのはあなた。もう同じことは言わないわ。わかったわね」と、
「・・・君の質問には素直に答える。だから、洋一君に
「なるほど。もしかして、あなたは私たちが
「そうだ。僕には君たちが一体なにものなのかわからない。」
「でも、緑色の注射液のことは知っている。そうよね?」
「知っている。」
「あなたもプロテインXを持ってるのね?」
「・・・持っている。」
「緑色の注射は受けた?」
「受けた・・・と聞いた。だけど、そのときのことを僕ははっきりとは覚えていない。」
「では、この質問には答えられるわね。あなたの力は何?」
「・・・」
沢木キョウが答えを言うのを
「待て!答える。だから、洋一君には手を出さないでくれ。」
「あなたの力は?」
「人のウソがわかる。」
「ウソがわかる?」
「そうだ。」
「どうやって?」
「・・・」
「立花。」
「待て。」
「違うわ。勘違いしないで」と、微笑を顔に浮かべたまま、あえて優しい口調で空木カンナが沢木キョウに話す。そして、「立花、彼が喋れるようにしなさい」と、立花美香の方を向いて言った。
立花美香は、「はい」と短く返事をし、田中洋一の口元を抑えていた左手を
「田中君、君のお友達が私の質問に答えてくれないの。あなたからもお願いしてくれないかな。」
「空木さん、どうしちゃったの?それが本当の空木さんなの?それに、立花先生もなんでこんなことをしてるの?」
「田中君、私の言ったこと
その直後、立花美香の右手に力が入るのに気づいた沢木キョウが、「洋一君、だめだ。彼女は君の知ってる空木カンナじゃない」と言ってから、空木カンナの方を向いて「質問には答える。だから、洋一君を安全なところに移動させてくれ」と
「それはあなた
「私は君の力について聞いてるのよ。」
「人のウソがわかると言った。」
「どうやって、と聞いてるんだけど?」
「・・・僕の右目は人のウソがわかる。」
「右目?」
「そうだ。右目だけで見ると、その人がウソを言っていると赤黒いモヤがかかっているように見えるんだ。」
「まさか・・・」
と、初めて空木カンナが少し驚いた表情をした。すると、「あのプロジェクトは中止になったと聞きましたが」と、同じく驚いた表情になった立花美香が空木カンナに聞いてきた。
「私もそう聞いた。沢木君が適当なことを言っている可能性もあるね」と、空木カンナが立花美香にそう返事をした。そして、再び沢木キョウの方を向いて、「沢木君、それは本当なの?ウソじゃないわね」と、空木カンナは念を押すかのようにそう聞いた。
「本当だ。」
「ウソだったら・・・どうなるかはわかってる?」
「わかっている。僕の右目はウソが見える。本当だ。」
「じゃあ、試してみるわ。いいわね?」
沢木キョウは何も言わずに首を縦に振った。「
そして、不安な表情で二人の会話を聞いていた田中洋一に向かって、「大丈夫。心配しないでいいよ」と笑顔で話しかけた。沢木キョウの左目は閉じていた。
「ふふ、
「ウソだ。」
「正解。でも、こんなのは簡単すぎるわよね。特別な能力がなくてもわかる質問だものね。じゃあ次の質問。明日は私の誕生日。」
「それもウソだ。」
「正解。じゃあ、今度は立花に問題を出してもらいましょうか。でも、立花の方を向いちゃだめよ。」
「だめだ。僕は右目で話している人を見ないとわからない。」
「そうかしら?せっかくだから
「はい、空木様」と、立花美香は答え、沢木キョウに向かって、「沢木キョウ、私はこの学校に来る前はN県で医者をしていた。それが本当かどうか答えなさい」と言った。
「わからない」と空木カンナの方を向いたまま沢木キョウは答えた。
「田中君がどうなってもいいの?」
「さっきも言ったように僕の能力は右目で見ないと意味がない。今の質問に答えられるわけがない。」
「わかったわ。じゃあ、今度は立花の方を向いていてもいいわ。じゃあ立花、次は下にいた四人について何か質問しなさい。本当のことを言ってもいいのよ。」
立花美香は、「わかりました、空木様」といい、再び沢木キョウの方を見て、「沢木キョウ、これから私が言うことが本当かどうか答えなさい。下にいた四人はみんなもう死んでいる。今ごろ一階は血の海よ」と、表情を変えないまま沢木キョウに話しかけた。
「そ、そんな・・・」と、田中洋一の顔が真っ青になる。
「洋一君、大丈夫だ。今のはウソだ。僕の右目がそう言っている。それに、君と僕がこの部屋に着いて、空木さんと話を始めたころに、車のエンジン音が聞こえた。四人が車でどこかに行っているのは本当だと思う」と、沢木キョウは田中洋一を安心させるためか、いつもよりもゆっくりとした口調で話しかけた。
「沢木君、君は冷静ね。本当に小学六年生なのかしら?今のも正解ね。じゃあ、最後の質問をするわ。これに答えられたら、あなたの力が本当だと信じてあげるわ。」
「そうしたら洋一君を安全なところに移動させてくれるか?」
「それとこれとは話は別。あなたにはまだ聞かないといけないことがあるから。」
「ひきょうだぞ。」
「そんな言い方されたら悲しいな。私たち同じ科学探偵クラブの仲間じゃない。」
「ふざけるのはやめろ。」
「はいはい。じゃあ、とりあえず最後の質問ね。私の本当の年齢は四十六歳よ。どう?ウソか本当かわかる?」
「何を言ってるんだ?そんなわけないじゃないか。どこからどう見ても目の前の空木カンナは小学六年生に見える。いや、むしろもっと
「どうしたの?私が四十六歳かどうかわからないのかしら?それとも女性の年齢をみんなの前で言うのは失礼だと思ってるのかな?
「からかうのはやめろ。君は・・・本当に四十六歳なんだな。」
「正解。よくわかったね。あなたの能力は右目にあるって信じてあげる。」
「そんなことあるわけないじゃないか!」と田中洋一は
「みんな、一体なんの話をしているの?空木さんが四十六歳?そんなことあるわけないじゃないか!キョウ君もキョウ君だよ。右目で見たらウソがわかるなんて、そんなファンタジーみたいな話は信じられないよ。みんなで僕をだまそうとしてるんでしょ。科学探偵クラブの合宿の最終日に、僕にドッキリをしかけたかっただけだよね。いつも僕が手品でみんなをだましてたから、その仕返しでしょ。でも、もういいでしょ。タネあかししてよ。全部ウソだって言って。緑色の注射も不思議な能力も、何もかも全部デタラメなんだよね。僕が手品をしてたからなの?僕が悪かったよ。みんなもう許して。」
最後の方は涙を流していた。
一瞬の間があり、空木カンナが話しかける。その表情は学校で見るいつもの空木カンナだった。
「田中君、悲しい思いをさせてごめんね。君の手品は面白かったよ」と、優しく話しかける空木カンナに、「これはドッキリだよね。本当のことじゃないよね。それともただの夢なのかな」と、田中洋一は返事をする。
「残念だけど、ドッキリでも夢でもないの。全部、本当のこと。」
「うそだ・・・」
田中洋一は力なくうなだれた。そんな田中洋一の方から空木カンナに視線を移した沢木キョウが問いかける。
「君の目的を教えてほしい。」
「それを知ってどうするの?」
「わからない。」
「いつもの沢木君らしくないわね。」
「君の質問にはもう答えた。次がそっちが僕の質問に答える番だ。」
「沢木君にはまだ聞きたいことがあるの。それに、私たちの立場は
「僕の質問に答えてもらいたい。」
「
「意味がわからない。」
「どうして?あなたが仲間になればそれでいいだけよ。沢木君が転校してきたのも、私たちを探しにきたんでしょ?」
「違う。」
「そうなの?悲しいな。同じ
「遺伝子改変・・・」と、うなだれた状態の田中洋一が下を向いたままつぶやいた。
「あれ、田中君、その言葉を知ってるの?ああそうか、このあいだ保健室で真中しずえが研究室見学のことを説明していたときに、みんなに詳しく教えていたね。そうよ。私も沢木君も特別な遺伝子が入ってるの。私はね、その遺伝子のおかげで体の成長がゆるやくに進むの。だから、四十六歳だけど見た目は君と同じ小学生なの。」
「そんなのウソだ!」と、顔をあげて田中洋一が叫ぶ。
「ウソじゃないんだよ、田中君。沢木君の右目もそうやって作られたんだし。」
「そんなのウソだ。ウソに決まってる。本当のわけが・・・」
田中洋一の最後の方の言葉は聞き取れないくらいに小さいものだった。
「なぜ僕があの学校に転校するってことを知っていたんだ?」と、沢木キョウは聞いた。
「あの学校に私たちと同じ遺伝子改変人間がいるという知らせが入ったの。
「保健室なら血液サンプルを入手することが可能だからか?」
「そうよ。私たち遺伝子改変人間には、目印としてプロテインXも発現しているでしょ。それは血液サンプルがあれば調べられるもの。」
「だが、立花先生はプロテインXを発現している人間を見つけられなかった。だから君も来た。」
「その通り。保健室の先生といっても、血液サンプルを自由に入手することは思ったよりも簡単じゃなかったの。学校は病院じゃないからね。」
「だから君は子どもたちに
「正解。まあ、これを使えば誰がプロテインXを持っているかはすぐにわかったんだけどね。」
と言って、ポケットにしまっていた
「そんなことをしたら・・・」
「そう、大変なことになる。だって、プロテインXを持っていない人がこれを注射されたら二十四時間以内に死んじゃうんだもんね。」
「その液体は何なの?」と、小さな声で田中洋一が聞いた。
「私たちに組み込まれた遺伝子は最初は眠ってるの。でも、この液体を注射されると眠っていた遺伝子が起こされるのよ。でも、これってすごい毒なの。プロテインXがあれば無毒化されるんだけどね」と空木カンナは優しく田中洋一に答え、次に沢木キョウに向かってポケットから違う小瓶を出して見せた。その小瓶には
「その液体はなんだ?」
「何だと思う?」
「質問に答えろ。」
「もう少し優しい言葉遣いをしてほしいな。あなた自分の立場わかってる?」
と言った空木カンナは、チラッと田中洋一の方を見た。
「・・・わかった。その小瓶の中身が何なのか教えてほしい。」
「この液体はね、こっちの緑色の液体をパワーアップさせたものなの。」
「どういう意味だ。」
「
「まさか・・・」
「そうよ、そのまさか。やっぱり沢木君は鋭いね。」
「あのとき保健室で血糖値をはかったのは僕らの血液サンプルを集めるのが目的だったんだな。」
「正解。」
「あれで僕らの中にプロテインXを持つ人間がいるのがわかった。だが、サンプル量が少なすぎて誰がプロテインXを持っているのかまではわからなかった。」
「それも正解。」
「だから、あのときにいた六人を
「百点満点ね。さすが沢木君。でも、特別な能力が出てきた人はいなかったのよ。」
「僕の能力や君みたいな
「私のこの力は
空木カンナが次に何を話すのかを、沢木キョウは黙って待っていた。
「でも、まさかプロテインXを持った人間が私たちの
「違う・・・と思う。」
「なに、その
「洋一君には手を出すな。」
「それはあなた
「何が知りたいんだ?」
「あなたのお仲間の人数は?」
「・・・今、僕の生活をサポートしてくれているのは二人だ。それ以外に仲間がいるかどうかは僕は知らない。」
「あなたたちの目的は?」
「・・・知らない。僕たちは普通の生活を送りたいだけだ。」
「ラボのことは知ってるのよね。」
「僕のこの右目を作ったラボのことは聞いた。だけど、そのラボは今はなくなったんじゃないのか?」
「沢木君、本当に知らないの?」
空木カンナは沢木キョウにそう問いかけながら、立花美香と田中洋一の方に、ゆっくりと視線を移動した。
「待て!洋一君は関係ない。僕は正直に全てを話している。だから、
「ここまでの会話を聞いちゃったから、田中君はもう無関係じゃないんだけどね。まあいいわ。沢木君はどうしてあの学校に転校してきたの?」
「あの学校に僕と同じようにラボで作られた人間がいると聞いたからだ。」
「それは私と立花のことかしら?」
「わからない。僕は『あの学校に誰かがいる』としか聞かされてなかった。」
「見つけてどうするつもりだったの?」
「その能力のせいで
「なんだか話が通じないね。もしかして沢木君、本当に何も知らないの?」
「何をだ?」
「あのラボのことよ。」
「何の話をしているんだ。君の目的はいったい何なんだ?」
「はぁ」と空木カンナは小さくため息をついた。
「本当に知らないのね。いいわ、これから仲間になってもらうから少し説明してあげる。」
「仲間になるとは言っていない。」
「ふふ。まあ、まずは私の話を聞いて。私たちはね、科学をもっと
「その質問は
「いいえ、科学の進歩は遅いわ。でも、沢木君が言った『人間の方が科学の進歩についていけない』というのは正しいの。じゃあ、質問を変えるね。科学の進歩を
「科学の進歩を
「いいえ、遅らせている、よ。」
「何が言いたいんだ?」
「あら、沢木君らしくないわね。私が言いたいことがわからないのかしら?それとも、わかっているけど口にするのが
そして、「ふふふ」と子供らしいあどけない笑顔を沢木キョウの方に向けた。
「はぐらかさないで説明しろ」と、いらだちを
「やれやれ、そんな
「・・・わかった。僕が悪かった。君が何を言いたいのかを教えてほしい。」
「そうやって
「・・・」
「さっきの質問だけどね、科学の進歩を遅らせているのは、科学の進歩についていけない人間たちなの。科学の『か』の字もわからないような
「なんで、そのラボはなくなったんだ?」
「本当に何も知らないのね。十年ほど前の話よ。人間らしい生活を送るには科学以外のことも大事だ、というグループがラボ内にできちゃったの。
「何が目的なんだ?」
「今までの話を聞いてた?科学の発展が目的よ。
「そんなことできるわけが・・・」
「ないと思ってるの?『かぐやひめ』が書かれた時代の人間は月に人間が行けるなんて
「
「あらあら、どこかで聞いたようなセリフね、沢木君。ん、ちょっと待って。今のセリフ、そして、ウソがわかる目。沢木、さわぎ、きょう、さわぎきょう・・・。なるほど、そういうことだったのね。あの男、やるわね。」
「何の話だ?」
「いいえ、こっちの話。」
「さて、これでおしゃべりはおしまい」と空木カンナは言い、立花美香に対して「
「はい。この
「
「ありがとうございます。」
「じゃあ沢木君、私たちと一緒にいきましょう。」
***
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