【第四章:ターゲット発見(5)】

みんなでどら焼きを食べたあとは、二回目の血糖値の測定まで保健室ほけんしつでみんなで話をしていた。このとき主にしゃべっていたのは池田勇太と真中しずえで、先週の土曜日の研究室見学の様子を細かにみんなに説明していた。


特に真中しずえは、『遺伝子いでんし改変かいへんマウス』について熱弁ねつべんふるっていた。先週の研究室見学で得た知識ちしきだ。人為的じんいてきにマウスの遺伝子を変化させることができるということに、真中しずえはとても感動したらしく、その技術ぎじゅつがいかにすごいことかをみんなに説明していた。


そんな風に、みんなでワイワイと話をしていると、あっという間に一時間が経過けいかした。


「さて、どら焼きを食べてから一時間が経ったので、二回目の血糖値測定をしましょう」と立花美香が言い、一回目の測定と同じ順番で血糖値を測った。全員、二回目の数値すうちは一回目よりも十ぐらい数値が高かった。


その値に不安の声がみんなから出たが、「甘いものを食べたから少しは血糖値はあがるわ。でも、どの数値も正常範囲内よ。みんな健康けんこうってことね」と、立花美香がみんなを安心させるように優しい口調で説明してくれた。


最後は池田勇太の番だった。今回も数値が高いかと思われたが、意外にも二回目はどの生徒の数値よりも低い『102』の数値が出た。


「あら、今度は普通の値ですね。さっきのが間違まちがっていたのかしら?」と立花美香が言うと、「そんなこともあるんですね。でも、これで一緒にどら焼きが食べられますね」と嬉しそうに池田勇太が答えた。


そのやり取りを見ていて、ふと沢木キョウが疑問ぎもんに思ったことを口にした。


「立花先生、僕らの2回目の数値、どれも1回目よりも高かったんですが、この数値って少し時間が経つとどうなるんですか?」

「それは良い質問ね。今のあなたたちの血糖値は、どら焼きを食べたから、その中の糖分とうぶんが血液中に入って値が高くなったの。でも、みんなの体はきっとインスリンが正常に働いてくれているから、血液の中の糖を血管けっかんの外に追い出してくれるはずよ。だから、時間とともに血糖値は低くなるわ。」


「血管の外に出た糖はエネルギーとして色んな細胞で使われるんですよね」と、先週の研究室見学のあと糖尿病について勉強をした真中しずえが、二人の会話に入ってきた。


「その通りよ。小学生なのに、そんなことまで知ってるなんてすごいわね。きっと池田先生の指導しどう素晴すばらしいのね」と立花美香が言うと、「いやあ、美香先生にめられるなんて、色々と指導してきたかいがありました」と、池田勇太は胸をはって答えた。隣で真中しずえが「普段ふだんは何にも教えてくれないくせに」と小さな声で言ったが、池田勇太には聞こえていないようだった。


すると、沢木キョウは「池田先生、得意気とくいげになっているところ悪いんですが、僕わかってしまったんです。まあ、空木さんにはまた『証拠しょうこはないんでしょ』と言われてしまいそうですが」と、調子に乗っている池田勇太に話しかけた。


空木カンナも「やっぱり沢木君もわかっちゃったのね。池田先生が可哀想かわいそうだからだまってようと思ってたんだけど、もしかしてここでそれを言っちゃうつもり?」と、いたずらっぽく言ってきた。


「な、何がわかったんだ?」と池田勇太はあわてた。


「ふふ、大丈夫ですよ、二人とも。私も最初からわかってたから」と今度は立花美香が笑顔で沢木キョウと空木カンナに話しかけた。


「な、何なんだい、二人とも。それに美香先生まで」と池田勇太が言うと、「あ、もしかして池田先生が立花先生のことを大好きだって言うこと?えー、それをこの場でバラしちゃうの?」と真中しずえが大きい声で言った。


すると、顔を真っ赤にして「いきなり何を言うんだ、君は」と、これまで見たことのないあせりようで手を顔の前でバタバタを振りながら、池田勇太が必死に真中しずえの発言をさえぎろうとした。


そして、立花美香の方を向いて「ちがうんです。あ、違くはないんですけど、違うんです。こいつら、よくわかってなくて適当なことを言ってるんです」と、自分でも何を言ってるかわからないであろう内容のことを早口でまくし立てた。


そんな池田勇太の様子とは対照的たいしょうてきに、立花美香は落ち着いた様子で「ふふっ」とにこやなか笑顔をしていた。そして、「池田先生にそういう風に思ってもらえているなら光栄ですわ」と言ってから、続けて「でも、そうでしたら、私にプレゼントしてくれたどら焼きをこっそり食べてしまうのはやめた方がよろしいのではないかと思いますわ」と、親が自分の子どもにさとすように、池田勇太に話しかけた。


「え?」とおどろくく池田勇太を、その場にいたみんなが一斉いっせいに見た。空木カンナは首を少しかたむけながら、そして沢木キョウは左目を細めながら、二人とも静かに笑っていた。しかし、他の児童たちはとてもびっくりした表情を顔に浮かべていた。


「どら焼きが一個なくなってたのは池田先生が食べちゃってたからなんですか?しかも、勝手にこっそり?」と、ちょっと強い口調で真中しずえが池田勇太に問いめた。


「ち、違うんだ」と池田勇太が言うと、「あら、違うんですか?」とすぐさま立花美香が質問をした。


「いや、違くはないんですけど・・・。」

「でも、どら焼き一個だけで、あそこまで血糖値が上がるのはちょっと心配ですわ。念のため病院に行ったほうがよろしいかと思います。」

「いえ、違うんです。」

「違うというのは、どら焼きは食べたけど、他にも何か食べたということですか?もしかして、どら焼きを職員室に持っていって、そこでどら焼きだけでなくて他にも何か食べたということでしょうか。」

大福だいふくといちご大福を一つずつ・・・。」


池田勇太は観念かんねんしたように、うなだれたままそう答えた。


「え、本当に池田先生が食べちゃってたんですか?」と相葉由紀も驚いて聞いてきた。


「ちょっと小腹こばらがすいちゃって・・・」とバツが悪そうに池田勇太は言い、続けて「でも、何でわかったんだ、俺が食べたってこと?」と、逆に沢木キョウと空木カンナに聞いてきた。


「血糖値の動きを見たら、池田先生が1回目の測定のちょっと前に何か食べたんだろうなって思っただけです」と沢木キョウが言うと、「食べたのがどら焼きだっていう証拠はなかったから私は黙っていようと思ってたんですけどね」と空木カンナが付け加えた。


「ぐ・・・黙ってたらバレなかったのか」と小さな声で池田勇太が言うと、「でも、どら焼きが今日この保健室にあるということを知ってるのは、この学校ではほとんどいませんよ。それに、私がどら焼きをもらってから、この部屋を空けたのは長くても十分とかでした。その短い間にこっそり保健室に入ってきて、この箱を開けてどら焼きをとっていく人はいないと思いますよ。この箱にどら焼きが入っているなんて普通は思いませんもの」と、いつもの上品な口調で立花美香が池田勇太をたしなめた。


「たしかに、この箱の中にどら焼きが入ってるってぱっと見だとわからないかも」と、真中しずえが言った。そして、「あーあ、これは大失態だいしったいですね、池田先生。どうするんですか?」とからかうような口調で池田勇太の方を向いて笑った。


「美香先生、ごめんなさい。このめ合わせは必ずしますのでゆるしてください。」

「ふふ、別に怒ってないですからいいですわ。埋め合わせもする必要はないんですが、そういえば、駅前えきまえ美味おいしいケーキ屋さんが出来たのをごぞんじでしょうか。私、そこのケーキを食べてみたいなと思っていたんです。今度、もしよろしかったら、ご馳走ちそうしてくれますか?」

「え?も、もちろんです!喜んでご馳走します!!」


「あ、あれ?なんか池田先生にとってはうれしい方向に話が進んでない?」と、ちょっと驚いた様子で真中しずえが言うと、「これって、『雨降あめふって地固じかたまる』なのかな?」と田中洋一が答え、その直後みんなは一斉に笑った。中でも、池田勇太は特に嬉しそうだった。


***


その夜、立花美香はだれかと電話で話をしていた。


「私です。夜分やぶんおそくに申し訳ございません。はい、実は、ターゲットが見つかったのでご報告ほうこくしようと思いまして。今日の血液けつえきサンプルの中にプロテインXが含まれていました。いえ、一人ずつの血液サンプルの量は少なかったので、全員の血液をぜて解析かいせきせざるをませんでした。そのため、だれの血液サンプルにプロテインXが入っていたかまではわかりません。もうわけございません。ただ、今日の六名の中に私たちがさがしていた人物がふくまれていることはたしかです。はい。はい。わかりました。予定どおりに次の段階だんかいへと計画を進めます。はい。ではまたよろしくお願いいたします。」


(「第四章:ターゲット発見」おわり)

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