【第三章:仲間(1)】

沢木キョウ(さわぎ・きょう)が六年三組の教室に入ってきたとき、教室の後ろの方で何人かが集まってもめていた。


「どういうことだよ、もう一回言ってみろよ。」と、酒見正(さかみ・ただし)が教室のはしの方まで聞こえるような大きな声で怒鳴どなった。その横で、大柄おおがらな一ノ瀬さとし(いちのせ・さとし)は、酒見正に怒鳴られて小さくなっている羽加瀬信太(はかせ・しんた)をにらんでいた。


「だから・・・」


羽加瀬信太は何かを言ったようだが、声が小さかったため、最後の方は何を言ったのかは誰にも聞こえなかったようだ。それを聞いて、「あ?言いたいことがあればもっとはっきり言えよ」と酒見正は羽加瀬信太の左肩ひだりかたを右手で押した。


酒見正に押されて体勢たいせいくずれかけたところで、今度は一ノ瀬さとしが羽加瀬信太のむなぐらをつかんで自分のところに引き寄せて、大きな声ではないものの迫力はくりょくのある低い声で「お前、自分が何を言ってるかわかってるんだろうな」と、羽加瀬信太の顔に自分の顔を近付いておどしてきた。


沢木キョウは自分の机にランドセルを置き、隣の席でオロオロしながら羽加瀬信太たちの状況じょうきょうを見ていた田中洋一(たなか・よういち)に何が起きているのかを聞いた。


「僕もついさっき教室に入ったばかりだからよくわからないんだけど、何やら信太君があの二人が要求ようきゅうしてきたことにノーと言っているらしいんだ。」

「もしかして、先週の旧校舎の図書館で起きたことと関係あるのかな?」

「あの三人の会話はよく聞き取れなかったんだけど、おそらくそうだと思う。もう図書館から漫画は取らないってこととかを言ったのかも。」


最後の方は周りの人に聞かれないように、田中洋一はヒソヒソ声で沢木キョウに伝えた。と、そのとき、「あなたたち、何してるの!」と教室中にひびわたる真中しずえ(まなか・しずえ)の大きな声が聞こえた。


怒った表情を顔にかべた真中しずえは、ツカツカと三人が集まっている場所に近づき、羽加瀬信太の胸ぐらをつかんでいた一ノ瀬さとしの右腕の手首をグッとつかみ、「はなしなさいよ」と一ノ瀬さとしをにらみつけながら言った。田中洋一がふと空木カンナ(うつぎ・かんな)の方を見ると、「やれやれ」といった表情ひょうじょうをしていた。


「なんだよ学級委員長がっきゅういいんちょう、お前には関係かんけいないだろ」と酒見正が言うと、「関係あるに決まってるでしょ!」と、真中しずえはすぐさま大きな声で返した。


「どう関係あるんだよ」と、今度は一ノ瀬さとしが、真中しずえの手をはらいながら言った。


「私は六年三組の学級委員長として、この教室内で問題が起きてたら解決かいけつしないといけないのよ。だから関係あるの。」

「何言ってんだよ。俺たちはこの三人だけが関係している大事な話をしてるんだ。お前は関係ない。」

「そんな暴力ぼうりょくを使ったおどしをして、何が大事な話をしてるんだ、よ。頭おかしいんじゃないの?」


「なんだと!」と、一ノ瀬さとしの顔は怒りでどんどんと赤くなった。そして、一ノ瀬さとしの右手が上がり、田中洋一が「あ、まずい」と思ったとき、「ドン」と大きな音がした。


田中洋一をはじめ、六年三組の教室にいるみんなが音をした方を見ると、にっこりと微笑ほほえんだ空木カンナが「あ、ごめんなさい。手がすべってランドセルを落としちゃったの。ちょっと大きな音がしちゃったね」と、田中洋一の方を見ながらそう言った。田中洋一の隣の席では、沢木キョウが手に持ったランドセルを机の上に置いていた。


と、そのとき、「おーい、朝の会を始めるぞー」とけたような声で六年三組の担任たんにんの先生である池田勇太(いけだ・ゆうた)が教室内に入ってきた。


池田勇太が教卓きょうたくの前についたとき、教室内の微妙びみょう雰囲気ふんいきに気づいて、「お、なんかあったのか?いつもと様子が違うようだけど?」と、誰に話しかけているかわからないような感じでクラスの児童じどうたちに話しかけてきた。


「空木さんがランドセルをゆかに落として大きな音がしたので、みんなが少し驚いただけです」と沢木キョウが池田勇太に対して言うと、「そうなんです。金具かなぐの部分が床にあたっちゃったみたいで大きな音がして、私もびっくりしちゃいました。すみません」と続いた。そして、チラッと沢木キョウの方を見て、空木カンナは微笑ほほえんだ。


「お、そうか。ランドセルは頑丈がんじょうだけどな、なるべく落としたりしない方がいいぞ。ランドセルは6年間大事に使おうな」と言って、教室内で起きた問題に何も気づかないまま池田勇太はそのまま朝の会を始めた。


しかし、みんなが自分の席に着こうとしているとき、田中洋一の耳には「昼休み、いつものところに来いよな」という酒見正の声が、ひそひそ声ではあったものの、ハッキリと聞こえた。


***


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