【第二章:科学探偵クラブ(8)】

その日の帰りの会が終わった後、「今日はお父さんが早く仕事から帰ってきて家族で出かけるから先に帰るね」と空木カンナに言って真中しずえは帰っていった。「うん、バイバイ」と言ってから、机の中にわすれ物がないかを確認かくにんして自分も帰ろうとして立ち上がったとき、空木カンナは羽加瀬信太に話しかけられた。


「あの、空木さん、ちょっといい?」

「うん、いいよ。図書室に行こうか。田中君と沢木君にも声かける?」


「う、うん」と羽加瀬太郎は答えて、空木カンナと一緒に田中洋一と沢木キョウのところに歩いていった。二人が近づいてくることに気づいた沢木キョウは「洋一君、じゃあ僕らも行こうか」と田中洋一に声をかけた。


「え、どこへ?」と聞いた田中洋一の質問しつもんには笑顔えがおを返しただけで何も言わなかったが、田中洋一は三人に大人おとなしくついていった。行き先は旧校舎の図書室。今日もやはり誰もいなかった。


「相葉さんの言ってた幽霊は僕のことだと思う。ウソをついてごめん」と泣きそうな声で羽加瀬信太は話し出した。


「でも、学校でうわさになってる旧校舎の図書室の幽霊は羽加瀬君のことじゃないんだよね」と、空木カンナは質問しつもんとも決めつけともどちらとも受け取れる様子で羽加瀬信太にいかけた。


「それは違うよ。本当なんだ。信じてって言いたいけど、今日の朝にウソを言った僕のことは信用できないよね。」

「君がうわさの幽霊ってことはないだろうなと思ってるけど。」

「本当?」

「うん。それよりも私は君の話が聞きたいな。私にようがあるってことは、こまっていることがあって相談そうだんに乗ってほしいってことのかな?」

「・・・うん。」


そう返事へんじをしたが、羽加瀬信太はそのままうつむいてだまってしまった。その沈黙ちんもくえきれず、田中洋一が羽加瀬信太に声をかけようとした。しかし、沢木キョウが「今は何も言い出さない方がよい」という感じの視線しせんを田中洋一に送ってきたのに気づいたので、田中洋一は話しかけるのをやめた。


空木カンナ・沢木キョウ・田中洋一の三人は、羽加瀬信太が話し始めるのを静かにじっと待っていた。


「僕、酒見君と一ノ瀬君にいじめられてるんだ」と下を向いたまま羽加瀬信太はポツポツと話し始めた。目にはなみだがあふれそうになっている。


「最近はあっちの図書室にある漫画をこっそりぬすんで持ってこいって言われてるんだ。」


「だから時々ときどき、図書室から漫画がなくなってるって不満ふまんがみんなから出てきてるんだね」と、田中洋一は思わず口を出してしまった。


「・・・うん。受付うけつけカウンターでし出しの手続てつづきをしないでこっそり持ち出してたから、そういうのは行方不明ゆくえふめいあつかいの本になってると思う。僕だってしたくなかったけど、あの二人にいじめられるのが怖くて仕方しかたなかったんだ・・・。」


「なるほど。で、その漫画をこの図書室の隣の図書準備室にかくしてたってわけなのね。」

「うん。家に持って帰っても隠しておくスペースはないし、親に見つかってほしくもないから・・・。」

「木を隠すなら森の中、ってことね。で、これからどうするの?」

「わからない。空木さんたちは先生にも言うよね。きっと親にも知られる。覚悟かくごはしてるけど、怒られるのは怖いよ。それに、きっと酒見君や一ノ瀬君にももっといじめられるようになると思う。もう学校に来たくない。」


羽加瀬信太の目からはなみだあふれ出てきてる。その姿を見て田中洋一は少しあせり出す。しかし、空木カンナは「そっか。ところで質問なんだけど、前の南京錠の『0123』の番号はどうやって調べたの?」と、泣いている羽加瀬信太の様子には気にもめずに質問を続けた。「うん、そうだね。僕もそれは気になってた」と沢木キョウも続けた。


「え、ちょっと待って空木さん。沢木君も。羽加瀬君がかわいそうだよ」と田中洋一が口をはさむと、テーブルの上にポタポタと落ちてくるくらいに羽加瀬信太の涙の量は多くなった。田中洋一は急いでポケットからティッシュを取り出そうとしたが、それよりも早く空木カンナがハンカチを羽加瀬信太に手渡てわたした。「ありがとう」と小さい声で答えて、羽加瀬信太はそのハンカチで受け取り涙をぬぐった。


「田中君もありがとう。でも大丈夫だよ。最後まで説明せつめいするね。前の南京錠を開けられたのは偶然ぐうぜんなんだ。」


涙声なみだごえのまま羽加瀬信太は続ける。「五年生のときくらいから、時々ここにきて『0000』からじゅんに番号を合わせていったんだ。学習塾がくしゅうじゅくに行く日に、ときどきここで宿題しゅくだいをやってることがあったんだけど、ふとあの図書準備室に何があるのか気になって・・・。宿題が早く終わった日とかにためしてたんだ。」


「『0000』から124回試したってこと?」と、沢木キョウが聞いた。


「うん。まさか本当に開くとは思わなかったんだけどね。」


「すごいね。地道じみち根気こんきよく継続けいぞくして努力どりょくできるのは君の長所ちょうしょだね」と空木カンナが言うと、突然とつぜん言葉ことばに羽加瀬信太は少し戸惑とまどったようで、何とも言えない表情ひょうじょうをした。


「新しい鍵に替えた理由は?漫画をかくしているのを見つけられたくなかったから?」と沢木キョウが続けて質問した。「うん・・・」と再びうつむき小さな声で答えた。「なるほど。で、昨日、ここを掃除するということを聞いてびっくりして、その掃除に参加さんかすることにしたのか」と、隣の図書準備室を見ながら、まるで独り言のように沢木キョウはつぶやいた。


「これで幽霊の謎は全て解けたってことかな」と、空木カンナが言ってから、一呼吸ひとこきゅうついて、「それで、さっきの質問だけど君はこれからどうするの?」と羽加瀬信太に問いかけた。


羽加瀬信太は下を向いたまま、「わからない。僕はどうすればいいと思う?」と消え入りそうな小さな声で逆に聞いてきた。


「う〜ん、それはきみ次第しだいなんだよね。相談そうだんには乗るし、助けてあげたいなとも思うけど、君がどうしたいか決めないと先に進めないと思うよ、私は。沢木君や田中君はどう思う?」


「洋一君から先にどうぞ」と、突然とつぜん話をられた田中洋一は「え?」とびっくりしたが、少し考えて「先生に言って酒見君や一ノ瀬君に羽加瀬君へのいじめをやめるようにたのもうよ」と言った。


しかし、空木カンナは田中洋一の意見に同意することなく、「酒見君や一ノ瀬君が羽加瀬君に漫画をぬすんで図書準備室にかくしておけって言ったという証拠はあるの?」と、逆に聞いてきた。


「え?」と、思わぬ質問に、田中洋一は少し驚いてそう言うと、「そこをはっきりしておかないと、きっと二人はそんなことは言ってないっていうと思うんだよね。そうしたら、羽加瀬君が一人で漫画を新校舎の図書室から盗んで、ここの隣の図書準備室に隠してたってことになるよ」と、空木カンナは自分の考えをそうべた。


「え、そんな。羽加瀬君がそんなことするわけないよ。先生だってきっと信じてくれるよ。羽加瀬君はいつも真面目まじめに勉強してるんだよ。でも、あの二人はそうじゃないんだし。」


「証拠はないけど、悪ガキは悪いことをしてるに違いないし、優等生ゆうとうせいはそんなことをするわけがないって言いたいのかな?」と、少しからかうような口調くちょうで空木カンナが田中洋一に質問した。


「そ、そんなつもりはないよ。でも・・・」と田中洋一が言葉につまっていると、それまでだまっていた羽加瀬信太が意をけっしたように「酒見君と一ノ瀬君に、彼らの言いなりにはならないと言ってくる。そして、漫画も元の場所に戻すし、先生にも全部を説明せつめいして怒られてくる」と言った。


「え、そんなの大変だよ」と田中洋一が言ったが、「ありがとう。でも大丈夫。元はと言えば、最初から僕がノーと言えばよかったんだもん。それに、実際に漫画をったのも、勝手に隣の部屋に入ったのも僕なんだし。きちんと責任せきにんをとらないといけないと思う。」と力強ちからづよく返した。


なぐられたりられたりするかもよ。それでも大丈夫?」と空木カンナは聞いたが、「怖いけど、今のままの状態じょうたいが続く方がずっと怖い」と少しだけふるえる声で羽加瀬信太は答えた。


えらいね。頑張がんばって。でも、先生には別に言わなくてもいいと思うよ」と言うと、沢木キョウも「僕もその意見に賛成さんせい」とくわえた。


「うん、あの二人が羽加瀬君にしてたことを気づけなかった先生にきちんと説明する必要はないよね。あ、もしあの二人がもし暴力ぼうりょくるってきたり、いじめを続けるようだったら、また私たちに相談そうだんして。全員で立ちかえば怖くないわよ。ね、沢木君に田中君。」

「そうだね。一ノ瀬君が体が大きいって言っても、所詮しょせんは日本人の小学六年生だし。それに酒見君にいたってはごくごく普通の体格たいかくだもんね。アメリカでは、もっと大きなクラスメートや乱暴らんぼうなクラスメートとも一緒にいたから、全然問題ないよ。あのくらいの力なら、一回や二回くらいなぐられても平気だと思うし、そもそもあのタイプって自分たちの方が少数派しょうすうはってなったら急に大人おとなしくなるよ。みんなでいけばきっと大丈夫。」


「え、僕はいたいのはいやだし怖いんだけど・・・」と田中洋一が言うと、これまで泣き顔だった羽加瀬信太の顔に笑顔えがおが戻り、「大丈夫、そんなことにはならないようにするよ」と言った。そして、「みんなに相談してよかった。本当にありがとう」と続けた。


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