【第二章:科学探偵クラブ(7)】

次の日、いつもより三十分早く起きて家を出た田中洋一は、ねむい目をこすりながら学校へと入った。しかし、向かったのは六年三組のクラスの教室ではなく旧校舎の図書室だった。


図書室に入ると、「おそいよ」と空木カンナが静かな声で話してきた。「ごめん。頑張がんばって早起きしたんだけど、眠くて・・・」と答えると、「しー、誰かが近づいてくる足音がする」と沢木キョウが言って、三人は廊下ろうかから図書室へ入る出入り口からは見えない本棚ほんだなかげに静かにかくれた。


足音はどんどんと近づき、図書準備室へのドアへと一直線いっちょくせんに進んだ。そして、南京錠を『ガチャガチャ』といじる音が聞こえてきた。すると、すぐに「あれ、おかしいな」という声が聞こえた。その声からは少しあせっている様子が感じられた。


「その鍵は今朝新しいのにえておいたよ。ごめんね、羽加瀬君」と、沢木キョウはおだやかな声で話しかけながら羽加瀬信太に近づいていった。


「え、沢木君?どうしてここに?それに鍵を替えたって、どういうこと?」

「幽霊の正体しょうたいが羽加瀬君だってことをたしかめに来たんだよ。」

「僕が幽霊?何の話をしてるの?」

「うん、ちょっと誤解ごかいがある表現ひょうげんだったね。羽加瀬君が旧校舎の図書準備室の幽霊だと言ってるわけじゃないよ。」

「当たり前だよ。僕は幽霊なんかじゃないもん。」


それまでは突然とつぜんのことにおどろいている様子だった羽加瀬信太だったが、段々だんだんと少し怒ったような口調くちょうになってきた。


「怒らせるつもりはないんだよ。ごめんね。僕が言いたかったのは、相葉さんが聞いた幽霊の声と音が君によるものだったんだよねってことなんだ。」

「な、何で、そんな・・・」

「あ、それとね、ここには僕だけじゃなくて空木さんと洋一君もいるよ。」

「え・・・。」


すると田中洋一は「ごめんね。僕は羽加瀬君がここにあらわれるとも思ってなかったし、相葉さんの言う幽霊が君だとも知らなかったんだよ」と、本棚のかげからもうわけなさそうに出てきた。しかし、その横にいた空木カンナは「私は知ってたけどね」と独り言のように小さな声で言っていた。


「ねえ、どういう意味?僕が幽霊って何のことを言ってるの?それに、どうして鍵を替えたの?君が準備じゅんびした鍵なんだから、それを僕が開けられなくてもおかしくないよね。なんで、僕が幽霊だと思うの?」と、羽加瀬信太は早口はやくちでまくしたてた。


すると、意外いがいなことに「そうよね、証拠しょうこはないものね」と空木カンナは羽加瀬信太の味方みかたのようなことを言った。そして、「どうなの、沢木君?」とみをかべて沢木キョウに話しかけた。


「そこで羽加瀬君の味方をするのか、空木さんは。それは読めなかったな」と沢木キョウも笑いながら答えた。


証拠しょうこがないなら僕を幽霊だって言わないでよ。」

「まあ証拠はないんだけど、あの日、何があったかは大体だいたいわかるよ。」

「あの日って?」

「相葉さんが幽霊の声と音を聞いたあの日だよ。すごい雷と雨だった日。」

「何があったって言うの?」

「僕が思うにね、あの日、相葉さんがこの旧校舎の図書室に入ってきたとき、君はすでに隣の図書準備室にいたんじゃないかと思うんだよね。」


沢木キョウがそう言ったあと、羽加瀬信太はだまりこくったが、田中洋一はふと疑問ぎもんに思ったことがあり、口をはさんだ。


「でも、図書準備室に入ってドアを閉めたら、ここの南京錠はめられないよね。」

「うん、そうだよ。」

「いつも鍵が閉まってるドアなんだから、羽加瀬君がそのときに図書準備室にはいたってことにはならないよね。」


「そ、そうだよ。田中君の言う通りだよ」と羽加瀬信太が田中洋一に続いた。そして、「沢木君だって、昨日図書準備室に入ったよね。あの中から閉めたドアのこうがわから南京錠をかけるなんて不可能ふかのうだよね。それに、図書準備室から外に出るドアはこれだけだよ」と自分のそばにあるドアを指差して言った。


そして、「相葉さんが来たときも鍵がかかってたんでしょ。じゃあ、僕が図書準備室にいたわけないよ」と最後は強い口調で沢木キョウをめた。


「鍵がかかってたらね」と今度は空木カンナが口をはさんだ。


「え?」と驚いた羽加瀬信太の方を向きながら、空木カンナは「相葉さんはドアが閉まってたとは言ったけど、鍵がかかってたことは確認かくにんしなかったらしいよ。昨日言ってたよね」と言った。田中洋一は「空木さんはどちらの味方なんだろう」と思いながら、二人の会話を聞いていた。


「で、でも、相葉さんは鍵がかかってなかったとも言ってなかったよ。」

「そうね。だから真相しんそうやみの中。証拠しょうこはないよ、って私は言ったの。でも、沢木君が考えていることは私が考えていることと同じなような気がするな。」

「考えてること?」

「うん。相葉さんが図書室に来たときにはすでに君が図書準備室にいた。でも、相葉さんが入ってきたことに気づかなかった君は、図書準備室の中で独り言を言いながら何かしていた。で、その独り言を聞いて、相葉さんが『誰かいるの?』って言ったんだと思うんだよね。」

「・・・。」

「それでね、静かにしてたはいいものの、雨漏りしてた天井から急に水滴すいてきが落ちてきて、首とか顔とかにあたったんじゃない?それで思わず声を出してしまった。さらに、すごい大きな雷が鳴って驚いて声を上げて動いたから、そのはずみで何か近くにあるものを落とした。どう?あってる?」


羽加瀬信太は何も言わなかった。しかし、その表情ひょうじょうは空木カンナの推理すいりが正しかったことをみとめたかのようだった。


一瞬いっしゅん静寂せいじゃくの後、「あーあ、僕が言おうと思ったことを全部言われちゃったよ」と沢木キョウが苦笑にがわらいをしながら言った。田中洋一はそれでも羽加瀬信太が幽霊だとはまだ信じられずに、「羽加瀬君、本当なの・・・?」と聞いてきた。


しかし羽加瀬信太は「ち、違うよ。全部でたらめだよ。証拠はないんでしょ。僕じゃないよ」と、うろたえながらも自分がそこにいたことは認めなかった。


「そう、証拠はないんだよ」と沢木キョウはふたたび話し始めた。「でもね、昨日、このドアが開いて真中さんに続いて君が図書準備室に入ったとき、君はやけに天井を気にしてたんだよね。普通、初めて入る部屋へや、しかも、そこに幽霊がいるかもしれないとなれば、最初に見るべき場所ばしょは天井ではないと思うんだ。そのとき僕は、君は前にも図書準備室に入ったことがあるんじゃないかな、と思ったんだよ。でね、じゃあなんで天井を見たんだろう、と次に考えてたら、天井が雨漏りしてることがわかったんだ。それで、君は天井から水滴すいてきが落ちてくるんじゃないかと思って天井を見ていたんだな、と考えたんだ。」


「そ、そんなの君の勝手かって想像そうぞうだよ。」

「うん、その通り。証拠がないんだよね。でも、昨日みんなで図書準備室に入ったとき、君はおくの方のある特定とくていの場所にばかりいたんだよね。もしかして、他の人がそこに来ないようにしてたんじゃない?しかも、その場所は雨漏りしてる場所だったよね。そこら辺を探したら何か見つかるんじゃないかな、とちょっと期待きたいしてるんだけど。」

「・・・。」

「あ、大丈夫だよ。実際じっさいにそこまで見ようとは思ってないから。」

「せ、先生にいいつけるつもり?」


「え?べつに僕は先生に言うつもりは全然ないよ。空木さんは?」と沢木キョウは空木カンナに話をふった。


「そんなつもりは私にも全然ないよ。私はたんに何があったかりたかっただけだし。」

「あ、そうなんだ。僕もだよ。証拠はまだないけど、まあ、自分の考えが正しかったか間違っていたかくらいはわかったから、僕はもう満足まんぞくしたよ。あわよくば、もうちょっと知りたいこともあったけど、まあこのくらいで充分じゅうぶんかなと思ってる。」

「そうね。私も同じ意見いけんかな。」


二人の会話についていけなかった田中洋一は「え、どういうこと。これって何なの?って言うか、これからどうするの?二人とも何のためにここに来たの?それに羽加瀬君も何でここにいたの?」と、何が何だかわからないと言った様子で沢木キョウと空木カンナに聞いてきた。


「私は沢木君の推理すいりを聞けたし、もう満足まんぞく。じゃあクラスにもどるね。朝の会が始まっちゃいそうだし」と空木カンナが言うと、沢木キョウは「僕も戻ろうかな。あ、これ昨日までの鍵。その新しい鍵もあげるよ。番号は『7612』だから」と言って、ポケットから南京錠を一つ出して羽加瀬信太にわたした。


歩き始めた沢木キョウに続いて空木カンナが続いたが、二、三歩歩いたあとで空木カンナはかえって羽加瀬信太の方を向いて、「こまってることがあったら相談そうだんに乗るよ」と言った。


旧校舎の図書室に残された田中洋一と羽加瀬信太は、しばらく図書準備室へと続くドアの近くでだまって立っていたが、ふとわれにかえった田中洋一が「羽加瀬君、とりあえずクラスに戻ろう。朝の会に遅れちゃう。でも、その鍵は昨日の『0712』の方にえておいた方がいいかも」と言い、羽加瀬信太はその通りにして二人でクラスに走って戻った。


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