【第二章:科学探偵クラブ(4)】

放課後、真中しずえ・空木カンナ・相葉由紀は旧校舎の図書室にいた。彼女たちの予想よそう通り、その図書室には誰もいなかった。彼女たち三人と、彼女のクラスメートである田中洋一(たなか・よういち)と沢木キョウ(さわき・きょう)をのぞいては。


「というわけで、幽霊の謎を科学の力で解いてみよう!」と、真中しずえは他の四人に向けて、そうげきを飛ばした。


「えっと・・・、なんで僕とキョウ君が呼ばれてるんだろうか」と、田中洋一が戸惑とまどいながらそう聞いた。


「え、今の説明せつめいを聞いてなかったの?昨日、由紀ちゃんがここで幽霊に会った、いや幽霊があばれる音を聞いたんだよ。」

「その話はわかったんだけど、幽霊の謎を解くって何なの?しかも科学の力をどう使うの?」

「それをみんなで考えるのよ。科学探偵クラブの一員でしょ。」

「僕はいつから科学探偵クラブの一員になったの・・・?」

「今日からよ!」


「・・・」と、絶句ぜっくする田中洋一の横で、意外いがいにも沢木キョウは「まあ、せっかくだし、面白そうだからやってみようよ」と田中洋一を元気づけるセリフを口にした。


「さすがキョウ君。話がわかるね。」

「で、科学の力を使って何を明らかにしたいの?」

「いい質問だね。じゃあ逆に聞くけど、科学で一番大事なのって何だと思う?」

「いきなりのオープンクエスチョンか。何だろう。洋一君はわかる?」


沢木キョウにそう聞かれた田中洋一は「うーん、注意ちゅういぶか観察力かんさつりょく?」と少し自信なさげに答えた。


「なかなか良い線いってるね。注意深い観察力大事だけど、もっと重要じゅうようなことがあるんだな」と勿体もったいぶりながら真中しずえが言った。


「えー、じゃあなんだろう」と田中洋一がなやんでいると、「再現性さいげんせいかな?」と空木カンナが横から助け舟を出した。


「正解!」と、親指を上にきだした『グッジョブ』のポーズをしながら真中しずえが言った。そして、「再現性って何?」と聞いてきた相葉由紀の方を向いて、真中しずえは「科学はね、同じ条件じょうけんそろっていたら、いつでも同じ結果けっかになることになっているの。それを再現性のある事象じしょうってぶの。科学にはいつも決まったルールがあって、そのルールのもとに物事が動いてるんだよ。幽霊だって、もしそれが本当にいるのなら、何らかのルールがあるはず。だから、まずはね、由紀ちゃんが昨日の放課後に幽霊の音を聞いたときと同じ条件じょうけんを作ったら、昨日みたいなことがまた起きるかどうかを確認してみたいと思ってるの」と答えた。


「なるほど、それは面白いアプローチだね」と沢木キョウが言った。


「でしょ!」と得意気とくいげに真中しずえが言って、相葉由紀に「じゃあ由紀ちゃん、出来るだけ昨日と同じことをやってみて」とたのんだ。


相葉由紀は「うん」と言って、少し考えてから、図書室に入ってくるところから始めた。まず、図書室の奥の机の横まで進みランドセルを椅子いすの横に置いた。そのあと、ランドセルから筆箱を出して机の上におき、アガサクリスティーの『そして誰もいなくなった』の本があった本棚ほんだなのところまで行き、その本を本棚から取り出す振りをしてから、ランドセルをいていたところまでもどった。そして、昨日と同じようにアガサクリスティーの『そして誰もいなくなった』を読み始めた。


「このあと、二十分くらい本を読んでいたんだけど、どうすればいい?」と相葉由紀は聞いたところで、空木カンナが「ねえ、昨日は雨がすごく降ってたじゃない。でも今日はとっても良い天気よ。これって同じ条件がそろってるって言えるのかな?」と言った。


「あ、そうか。全く同じ条件にしないといけないのかな。でも、天気まで同じにするのってむずかしいよね・・・。ねえ、由紀ちゃん、そこで読んでいたら幽霊の音ってどこから聞こえてきたの。」

「えっと、後ろの方かな?だから、図書準備室の方から聞こえてきたような気がする。」

「図書準備室の中からの音っぽい?」

「どうだろう。雨の音もはげしかったし、雷もってたからはっきりとはわからないかも。」

「そうかー。他に何か気になったことある?」

「あ、そういえば、近くで雷が落ちたようなすごい音がしたときに、さけび声みたいなのが聞こえて、そのあとで何か物が落ちるような音が聞こえたの。」


「あ、わかったかも!」と田中洋一がうれしそうな声でそう言って、みんなの会話に入ってきた。


「何がわかったの?」と真中しずえが聞くと、「幽霊の謎だよ」と得意気に言い、続けて「その幽霊は雷が苦手にがてで、雷が落ちた音におどろいて叫び声をあげて走り出したんだよ。そして、何かにつまづいてころんだんだ」と自分の推理すいり力強ちからづよ説明せつめいした。


一瞬いっしゅんの静けさが図書室に訪れたあと、あきれた口調くちょうで真中しずえが「それ本気で言ってるの?」と聞いてきた。


「え・・・僕、何かおかしなこと言った。」

「幽霊は足がないの。だから走らないの。」

「あ、たしかに。じゃあ雷の音におどろいて浮かび上がったから天井てんじょうに頭をぶつけたとか?」

「幽霊はかべとか天井とかすりぬけられるの。それに、幽霊は雷を怖がらないものなの!」


頭をかかえる真中しずえの横で沢木キョウが「洋一君のアイデアは面白いと思うよ」と田中洋一をかばい、続けて「音を出したのは幽霊じゃないとは思うけど、もしかしたら図書準備室に誰かがいたという可能性は十分じゅうぶんにありえると思うよ」と言った。


すると、空木カンナが、「私もそう思ったの。でも、図書準備室に行くには、この図書室にあるドアからしか入れないんだよね。それで、そのドアには南京錠がかかっている、と。私は去年この学校に転校してきたから良くわからないんだけど、このドアって本当にうわさ通りの開かずのとびらなの?」と、真中しずえに聞いてきた。


「私もくわしくは知らないんだよね。由紀ちゃん何か知ってる?」

「え、私も知らないかも。こっちの図書室には月に一回くらいしか来てないけど、これまでこのドアが開いていたことも、誰かがドアを開けたのも見たことないの。」


「いつも南京錠はかかってた?」と、空木カンナが違う質問をしたが、「あんまり詳しくは見てないかも。本を探したり読んだりすることに集中してたから。ごめんね」と相葉由紀は小さな声で答えただけだった。


「ううん、あやまらないで。いつも開いてないドアになんて普通は気をくばらないと思うから。でも、そうだとすると、やっぱりを解くかぎは図書準備室に入れるかどうか、だね」と真中しずえが言うと、「幽霊の謎を解く鍵はこの南京錠だね。鍵だけに!」と田中洋一は笑いながら明るい声で言った。しかし、笑っていたのは田中洋一だけだった。


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