第5話:従兄弟を預かりまして

 一週間を乗り切った隼は怒涛のクラスメイトに圧倒され尽くしていた。それでも今日は休み。面倒で手のかかるクラスメイトとも会うことはない。

「隼、今日はタクちゃんのことよろしくね!」

「へーい」

 土曜日。従兄弟の拓人(5歳)が遊びに来る。どうやら叔母が急な予定で手が離せないらしい。

「隼、よろしく頼む」

「う、うん。よろしく……」

 隼は拓人のことが少し苦手だった。

「隼。遊園地行きたい」

「遊園地かぁ。お母さん! お金ある?」

 子供らしく遊園地をご所望の拓人に、隼はちゃっちゃと用意を済ませて家を出る。家で子供と遊ぶより、遊園地の方が幾らか楽である。行きたいところに引っ張って行ってやればそれで済むためだ。

「隼。早く早く!」

「はいはい」

 駅までの道を、拓人に手を引かれ小走りで行く。遊園地までは六駅ほどで着く近場にある。二人で並んで席に腰掛けて揺られる。拓人は車窓を覗くような行儀の悪い子ではなく、大人しくしていた。だが、

「お婆さん、席どうぞ!」

「……ん? 坊っちゃん、気を遣わなくていいよ」

 一駅過ぎたところで高齢の女性が電車に乗り込んできた。車内は激混みという訳ではないが、空いている席はない。拓人はこの歳で席を譲るという善意を覚えているようだ。

「……ふぅ」

「あ、」

 と、拓人とお婆さんが席の譲り合いをしていたところ、横からずけずけと割って入ってきた中年男性が拓人の席に腰を下ろした。

「おじさん、そこはこのお婆さんの席だから譲って」

「ん? この席は今おじさんが座っているんだから、おじさんの物だろう?」

「……」

 場の空気がピリつく。五歳児相手に大人気ないという空気が流れる。

「見ていなかったかもしれないので、一から説明しますね。まずそこは僕が座っていた席です」

「ぼ、坊ちゃん。もういいよ」

「いえ、僕の腹の虫が治らないので」

 拓人は流暢に話し始めた。

「お婆さんが乗ってきたのでこの方に席を譲りました。僕が五歳児ということもありお婆さんが遠慮され、どちらが座るかという問答が始まる。というところにあなたが割り込んできたのです」

「お、おう」

「席を譲る云々が二、三分していて埒が開かない。というのなら分かりますが、僕は今席を立ったばかりです。おかしいと思いませんか?」

「え、いやぁ……」

 男は拓人の勢いに押されているのか引いているのか、顔を引き攣らせている。

「まあ確かに。現時点で座っているのはあなたですし、席にすぐ座らなかった僕たちにも非はあるでしょう。ですが、あなたはこの車両の人たちから非常識人のレッテルを貼られることになります。どこで降りるか知りませんが僕はここから退く気はないですから」

「ちょっと、タクちゃん……」

「それに耐えられるならそこに座り続ければいいんじゃないですかねぇ?」

 男性はバツが悪そうな表情を浮かべている。

「純粋な五歳児なので、人の席を盗もうという気になりませんですが、おじさんはモラルのかけらもないんですね。良心の呵責が少しでもあるなら、今すぐ立ち上がることをおすすめします」

「た、タクちゃん。言い過ぎだよ」

 拓人を制止しつつ、隼も立ち上がった。自分が連れている五歳児が席を譲っているのに、自分が動かないわけにもいかず、遅れながらお婆さんに席を譲る。

「お婆さん、よかったらどうぞ」

「隼、この気まずい空気の中でお婆さんがこの人の隣に座りたいと思う? 僕だったら絶対嫌だよ。隼はそういうところあるよね。気が使えないとか、人見知りで席を譲るとかできないもんね」

「こっちに牙が向いた……」

 男性を責め立てていた拓人の口撃が隼にも飛び火し、苦い顔を浮かべる他ない。

「それじゃあ、僕たちはこの駅で降りるので」

 拓人は止まった駅で隼の手を引き電車を降りて行った。車両には気まずい顔の男性とお婆さん、それを遠巻きに見ていた乗客だけが残された。

 この拓人の様子が撮られており、SNSにて万バズを記録した。

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