第4話:霊能少女に絡まれまして
「カモシー何か部活入ってる?」
「いや、特には」
ようやく放課後か。と内容の濃い一日を過ごした隼はやっと帰れることに安堵の息を溢す。熊から一緒に帰ろうと誘われたため、手早く荷物をまとめて席を立った。
「熊は何か部活入るのか?」
「いや、俺は趣味があるから」
そういえば。と隼は五時間目に行った他己紹介を思い出した。熊の隣の席、つまりはカナの後ろの席だが、どうにも記憶に残らない存在の薄い人が座っていた。そいつが熊のことをクラスに紹介したわけだが、熊の趣味は「音楽」だった。見た目にそぐわぬシャレオツな趣味をしており、女子たちの視線がうっとりしていたのも思い出して変な顔を浮かべた。
「カモシーも一緒にやるか?」
「俺はリズム感ないから無理だわ」
「そうかぁ。興味持ったらいつでも教えるよ」
「サンキュー」
一年生はまだ正式な入部時期ではなく、ほとんどの生徒はまっすぐ帰宅する。一部の推薦組や意識の高い運動部は既に先輩たちの輪に加わり、一足先に部活動デビューを果たしている。
「あなたたち! 止まりなさい!」
「「ん?」」
呼び止められた二人は足を止め振り返った。隼はすぐにその小さな女子生徒を視界に捉えたが、身長が180センチ弱ある熊は辺りを見渡して不思議そうな顔を浮かべた。
「熊、下だよ」
「ああ、小さくて見えなかった」
「なんだと!? 私ほど偉大な人間が小さくて見えなかっただと! なんて不届な奴だ!」
小さいことがコンプレックスなのか、何やらとても怒っている。とても華奢な少女は同学年であることが靴の色からわかる。小柄な体躯に似合う幼い顔立ちで、とても可愛らしい。亜麻色の髪も相まってリスのようだ。
プリプリと怒っていた少女だったが「そんなことはさておき」と二人を呼び止めた本題に早速入る。
「お前たち、特にお主! 悪霊に取り憑かれているぞ」
「「……」」
少女は隼を指差し言い放った。隼は後ろをチラリと確認し、少女の指が確かに自分に向いていることを認識した。
「いや無理無理無理無理! 今日はキャパオーバーだって! これ以上濃いキャラ増やさないでよ! こっちのペース配分考えてよ! ただでさえちょっと変な奴らが周りにいるのにさ!」
「おい、変な奴って俺も含まれてるのか?」
「当たり前だろ! デリカシーなし男め!」
「……しゅん」
大きなタッパに見合わない小型犬のような反応を見せる熊だったが、それにツッコむ余裕のない隼は、どうやってこの少女からのダル絡みを回避するかに脳のリソースを割いていた。
「私は幽霊や妖精、妖怪といったこの世の裏側に存在する者たちの姿が見えるのだ。そんな偉大な私の名は
「あー、覚えました。では、」
「ちょ、待て待て! 何帰ろうとしてる!?」
「いやぁ、ちょっと今日は予定が」
「お主部活にも入っていなくて予定ないんだろ! さっき聞いてたぞ!」
「こいつっ、盗み聞きしてやがったのか! さては変態か!?」
「カモシー、とりあえず話だけでも聞いてやろうぜ?」
「なんでお前は協力的なんだ!? 俺の味方はいないのか!?」
「諦めたまえ。君は既に取り憑かれている。そういう運命なのだ」
「嫌だ! 俺の大事な高校生活の初日がイロモノクラスメイトの記憶で染められるのだけは嫌だぁ!」
隼の絶叫も虚しく。三人は共に下校し、近くの公園で駄弁ることとなった。
「それで、悪霊ってなんなんだ?」
例に漏れず乗り気な熊が進行を務める。公園の東屋に熊と隼は並んで,その対面に幽見は腰掛けた。
「鴨島なにがし。お主には悪霊が取り憑いている」
「それはさっき聞いたよ」
仰々しい喋り方をする幽見は淡々と語り出した。
「お主は、人を惹きつける悪霊に取り憑かれている。しかも、変な人や危ない人間が近づいてきて、お主を不幸にする」
「……なるほど」
幽見の妄想話をどう切り抜けようかと考えていた隼は、心当たりがありすぎて二割ほど幽見の話を信じる気になった。
「俺は変な奴じゃないぞ」
あくまでも主張し続ける熊。
「君も十分変だよ。この男と行動を共にして影響を受けない気の強さ。それと守護霊がめちゃめちゃ多い」
「多いんのかぁ」
「なんですんなり受け入れてるんだこいつ……」
「君、動物に好かれるでしょ?」
「おお、そうなんだよ。昔から猫とかはすぐ懐かれる!」
幽見の守護霊カウンセリングは見事に的中しているようで、熊は感心している。そして、幽見の発言を全く疑う様子なく聴いている。
「熊がすごいのは分かったよ。で、俺はどうすればいいんだ?」
「その悪霊を払う必要がある。お祓いをお勧めする」
「お祓いねえ」
「ちなみに、私はお祓いもできるぞ!」
自信満々に小さいからで胸を張る幽見。へへんと隼を見下すように目を向けている。
「じゃあ適当に頼む」
「適当にってなんだ! 失礼な。ちゃんとお願いするんだ!」
「はいはい。お祓いお願いいたします」
早く終わらせるため、もはや抵抗する選択を捨てた。
「それじゃあ」
幽見はカバンから何やら道具を取り出し始めた。ペットボトル、二枚の青銅鏡、大幣、そして塩。青銅鏡は隼を前後から挟むように置かれた。
「なんかいっぱい出てきたな」
「鴨島なにがしに取り憑く悪霊よ! その体から離れ現世の縛りから解き放たれよ! 喰らえ聖水!」
「うわぁっ!?」
幽見は何やら唱えながらペットボトルの水を隼の顔面にかけた。
「何すんだいきなり!」
「なんて凶暴な! 姿を現したな!」
「いやこれは俺だ!」
「悪霊退散! 悪霊退散! 悪霊退散!」
一心不乱に味塩を投げつける。
「ちょ、やめ……」
「「悪霊退散! 悪霊退散! 悪霊退散!」」
「カモシーを解放しろ! 悪霊め!」
「なんでお前までそっち側に回ってんだ! おい、やめろ!」
もがき苦しむ隼を見て幽見に加勢した熊は、一緒になって塩を振り撒いている。
「かぁああああつぅっっっ!」
最後にブンブンと大幣を振り回し除霊の儀式を締め括った。隼は聖水に濡れ塩を被り、ゴワゴワとする髪を触って大きなため息をついた。
「それで、どうするんだ、これは?」
「ふっふっふ! 悪霊は去った! 安心したまえ!」
「よかったな! カモシー!」
「ハハハー、ヨカッタヨカッタ」
なぜか肯定的な熊に対してツッコむ余力はなく、カタコトで返す。
「それじゃあ、除霊代二万だ」
「…………金取るのかよ!? 悪徳霊感商法にも程があるだろ!」
堂々と請求金額を伝えてきた幽見に隼は怒り心頭で反論した。
「お主に使った聖水や塩はとても高価な物なんだぞ! それに青銅鏡まで使ってやったんだ。感謝こそされど怒られる筋合いはない!」
「な、なんて奴だ……。今まで見た中で一番関わっちゃいけないタイプだった」
「ほらほら、早く財布を出しなさい」
「絶対に払わないぞ!」
「何!? 訴えるぞ!」
「上等だこの野郎!」
言い争いをする二人。青銅鏡もろもろの道具をせっせと片付ける熊。もはや事態を収拾する人間はこの場にいない。
「なら、お前にもクリーニング代二万を請求する! それでおあいこでどうだ!」
「な、なんだと!? でも確かに。クリーニングの相場は?」
「制服一つで二万だ。本来は四万かかるが、半額に負けてやる」
「く、そんなにサービスしてくれているのか……仕方ない! 今回はそれヨシとしてやる」
(バカでよかったぁ!)
なんとか幽見を丸め込んだ隼は濡れたブレザーのジャケットをシャツを脱いでジャージに着替えた。
「じゃあ、俺たちはもう帰る」
「鴨島なにがし。また悪霊に取り憑かれた時は私を頼るといい」
「ただでやってくれるならな」
「金は用意しておけ」
「じゃあな銀杏!」
「おう! 熊氏もまた!」
幽見と別れ反対の出口へ二人は歩いていく。
「あ、UFO! ユーフォーだユーフォーだよ〜。ユーフォーだユーフォーだよ〜」
くねくねと海藻のように体を揺らし変な踊りをする幽見の姿が視界の端に映り、知らない人のふりを決め込む隼だった。
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