第3話:隣の美少女はたけのこ派なようで

 入学して最初の授業は、どの科目もやはり自己紹介やレクリエーション的なものが多い。それは五時間目の現代文の授業でも当てはまるようであった。

「現代文担当の加藤邦世かとうくによと申します。一年間よろしくお願いします」

 おっとりとした喋り方の五十代後半くらいの女性教師は、クラスの前で丁寧に挨拶をした。白髪混じりの髪と皺のできた目尻、柔和な微笑みを浮かべて織り、優しそうな雰囲気が漂っている。

「本日は最初の授業ということで、皆さんのことを知りたいのですが、今日一日自己紹介は何度かされているかと思います。なので、趣向を変えて他己紹介でもしようかと思います」

 邦世先生はそう言ってプリントを配り出した。

「ほい」

「サンキュー。カモシー」

 前から配られたプリントを後ろに回し、他の列でも同様にプリントが全員に行き渡った。

「それは自己紹介シートです。基本情報と質問が三つ。二つは全員共通のもので、最後の枠は自由欄となっています。今から隣の人と自己紹介をし合っていただき、最後に、互いの紹介をクラスに向けてしていただきます。自由欄には、相手に聞きたい質問を書いてください」

 邦世先生の質問を聞きながら、隼は隣の席を見やった。

「よろしく! 私カナ! 潤佐うるさカナだよ!」

「どうも」

 隼の隣は女子生徒だった。明るい桃色の髪を一つに結んでいる。楽しそうに肩を揺らしており、それに合わせてポニーテールもゆらゆらと左右に振れている。

 溌剌とした美人を目にして、隼は思わず動きを止めた。熊しかり、このクラスは顔面偏差値の上振れが激しいようだ。クリっとした綺麗な二重に透き通るような肌。睫毛も長く、雑誌に載っているモデルのような美人だ。唇もぷるっとしており、人中のところにペンを挟んで遊んでいるのも愛嬌であると感じる。何をしてもプラスに捉えられるタイプの人間だ。

 邦世先生がタイマーをセットしたことで、教室ではそれぞれ自己紹介が始まった。既に周囲の人間と親睦を深めている人たちは手も口も早いが、人付き合いが苦手なペアは恐々と小さな声で事務的に自己紹介をこなしている。

「私、潤佐カナ! よろしくね!」

「それはさっき聞いた」

 隼もどちらかと言えば人見知りをするタイプで、カナの勢いに押されていた。

「質問一! 趣味はなんですか?」

 インタビュアーのように拳を隼の前に向けるカナ。

「えーと、趣味は読書、かな」

「いきなり呼び捨て! いいね! もっと仲良くなろう!」

「いや、今のかなは君の名前じゃなくて……」

「あ、君の名前聞いてない!」

「今日一日で何回自己紹介したと……」

「名前は?」

「あ、鴨島隼です」

 カナの勢いに負けた隼は観念して名乗りをあげた。

「カモシマハヤトね。じゃあハヤトって呼ぶね! 私のことは呼び捨てでいいよ!」

「どうも」

「じゃあ質問二!」

 コミュ力が高いのかお喋りなのか。進行を買ってくれるのは助かると思い、隼は流れに身を任せる。

「休日はどのように過ごしますか?」

「まぁ、ゲームしたりアニメ見たり……」

「えー、つまんない」

「え……」

「他には?」

「えーとぉ……まぁ、本を読んだり、とか?」

「えっ!? 本当にそれだけ? 超つまんないじゃん!」

「人の休日の過ごし方にケチつけんな! いいだろ別に!」

 初会話でまさかこうもズケズケと言われると思っていなかった隼は半ギレで返した。

「じゃあお前はどうなんだよ。休日の過ごし方」

「私はね、夏はカブトムシとかコオロギとか捕まえに行く! あとは秘密基地を作ったり、公園でサッカーしたり、色々してるよ!」

「遊び方が小学生だな!」

「うん! 近所の小学生と一緒に遊んでる!」

「お、おう。そうだったのか」

 見た目にそぐわぬ休日の過ごし方で、「お前の休日もつまらないな」といちゃもんをつける予定だった隼は返す言葉を失ってしまう。それと同時に、懐かしい記憶が蘇り、そんな休日の過ごし方もあったなと、思わず懐古してしまった。

「今後ハヤトも一緒に遊ぶ? たまには外に出ないと死んじゃうよ?」

「あー、予定が合えば」

 誘われることあるのか。と胸の内で驚きながらも、少しだけ、本当に少しだけそんな休日を同世代と味わいたいという思いが勝り承諾の返事をした。

「それじゃあ、カナに質問。一の趣味は?」

「んー、食べること、寝ること! あとはいっぱい遊ぶこと! 一番好きな遊具はジャングルジム!」

「おう……本当に小学生みたいだな」

 感想を述べながら紹介用紙にメモを残していく。カナのことを紹介するのは隼の仕事のため、きちんとメモを取る。マメである。対照的にカナは何も書いていない。ペンは相変わらず鼻と唇の間に挟まっている。

「最後の自由欄どうするか」

「どうしようね〜」

 自由質問。カナの明るい性格と弾ける炭酸のような言動からすぐに何か出てくると思ったが、意外にも悩んでいる様子だった。

「何か案はあるか?」

「今の所二つで迷ってる。『きのこたけのこ派』か、『食べるうならうんこ味のカレーか、カレー味のうんこか』の二つ」

「一個は確実に授業で聞く内容じゃねえよ!」

 美人の口から下品なワードが飛び出し、一緒に活動している自分まで変な奴だと思われるんじゃないかとどぎまぎする。

「そっかぁ。じゃあきのこたけのこはどっち?」

「俺はたけのこ派だ」

「わぁ! 一緒だ! 仲間だね! 一緒にこのクラス全員たけのこ派にしちゃおう!」

「それは戦争が起こる。やめとこう」

「ちぇー……」

 見るからに肩を落とすカナ。テンションの上げ下げが未就学児と同等だ。

「俺からの質問は──」

 たけのこ派であると聞かずに答えをもらってしまい何を聞こうか迷う隼だったが、後ろから肩を叩かれ思考を一時停止。

「これ」

「なんだ?」

 振り返ると熊が紙切れを渡してきた。中身は見ていないのか、「さぁ?」と肩を竦めている。隼はそこで周りの視線を強く感じて顔を上げた。どうやら紙の差出人は後方席に座る男子一同のようだ。ものすごい目力とジェスチャーで必死に何かを訴えている。

 おずおずと紙切れを開いた。

『潤佐に彼氏はいるか。また好きなタイプの男性はいるかを聞いてくれ。男子一同』

 一度紙に目を落とし再び視線を戻すと、男子一同が力強く頷いたりガッツポーズを送ってきた。

「なんで俺が……」

 呆れてため息を漏らす隼だったが、男子からの期待の視線。もとい重圧を受け渋々ヒアリングすることにした。

「あー、嫌だったらごめん。男性のタイプっている?」

 プライバシーに配慮して小さな声で質問した。

「んー、たけのこ派の人!」

「「「おおおっ!」」」

「俺たけのこ派!」

「俺もたけのこ派!」

「俺は今日からたけのこ派!」

「みんなたけのこ派!? やったぁ!」

 カナの答えに耳を傾けていた男子たちは一斉に立ち上がり派閥を表明し出した。仲間をみつけ反応するカナのテンションも上がり、一瞬お祭り騒ぎになるが、

「皆さん、楽しむのはいいですが、まだ作業中の人もいます。盛り上がるのはこの後の紹介時間まで取っておきましょうね」

 邦世先生の柔らかな一言が場の空気を締めた。威圧するのではなく、柔和で楽しい雰囲気は損ねずに場を丸く収めた。その手腕を隼は「ほお」と強者面しながら眺めていた。

 そして、カナの発言により男子はほぼ全員たけのこ派になっているということは、誰も知らない。

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