第2話:だらしないアホと知り合いになりまして
「やべ、次家庭科かよ。トイレ行ってる間にみんな行っちゃったのか」
授業間の休憩時間、トイレに長いことこもっていた隼は教室に誰もいないことを確認して、慌てるように荷物を持って駆け出した。
「お! かも……しだだっけ? 今から行くとこ?」
「ん?」
隼は呼び止められ声の方を振り返った。
「俺も今から
「お、おう。いいよ」
隼は足を止め、同クラスの男子生徒が追いつくのを待つ。
(こいつ名前なんだっけ……)
記憶を遡るが、人の顔と名前を覚えるのが苦手な隼はどうしても思い出せず、苦笑いを浮かべた。
「かもしだってどこ中?」
「俺はM中」
二人並んで歩きながら、意味のない問答を卒なくこなす隼。名前が思い出せないことが胸に痞えているが、それも今だけの事。教室に行ってしまえばそこでお別れ。名前は後で確認すればいい。
「かもしださ、俺のこと覚えてる?」
「え?」
「いや、さっきから微妙な顔して話してるから」
「も、もちろん覚えてるよ。ははは」
ぎくり! と音が聞こえてきそうなほどに動揺している隼に、彼は
「人の名前くらいちゃんと覚えとけよ。これから一年よろしくするんだからな!」
「お前には言われたくないわ! 俺は鴨島隼だ! か・も・し・ま! まだ!」
思わぬ説教を喰らった隼は半ギレで言葉を返す。確かに彼も名前を間違えていたが、隼にとっては瑣末な問題で、わざわざ指摘するようなことではなかった。だが、それで自分が不当に責められるのなら話が変わってくる。
「うっそ、ごめん。鴨島か。間違えそうだから隼って呼ぶわ!」
「まあ、なんでもいいけど。それで、お前の名前は?」
「ああ。俺は
「了解。弘高ね。覚えた」
弘高の名前と顔をインプットした隼は復習するように反芻する。弘高は腰パン気味に制服のズボンを履いており、ネクタイは緩め。第一ボタンは開けられており、入学早々問題児の気配をビンビンに醸し出している。後頭部には寝癖が跳ねており、だらしなさが見て取れる。
「なあ、被服室ってどこだっけ?」
「え?」
弘高は立ち止まり隼に問うた。
「確か、調理実習室の近くだった気がする」
「ほーん……ここどこ?」
「……どこだ」
足を止めた二人は周りを見渡してポツリと呟いた。
校舎の構造がうろ覚えの隼は、弘高についていく形で歩いていた。弘高は自信たっぷりに被服室に向かっていたが、方向音痴であった。曲がる角、階段の上り下りで道を間違え、現在二人はパソコン室の前にいた。
「どうするよ」
「まあ、一旦道がわかるところまで戻るしかないよな」
キーンコーンカーンコーン……
「「あ……」」
二人の声が綺麗に揃った。
「おい急げ!」
授業の始まりを告げるチャイムが廊下に響き、弘高に急かされ小走りでパソコン室の前から立ち去る。
体育館前。
「ここさっきも通らなかったか?」
「そうかもな!」
音楽室前。
「ここさっきも曲がったぞ!」
「そうか?」
旧校舎一階。
「おい、行き止まりじゃねえか!」
「あちゃあ」
調理実習室前。
「こっちかぁ?」
「そこはさっき通っただろ!」
勢いのまま走っていく弘高の腕を掴み制止した。そのまま先ほど通った道を避け今度は右の廊下へ。
そして再び体育館前に。
「おわぁっ!?」
「へぷっ!?」
曲がり角を飛び出した隼は、曲がり先から出てきた男性に驚き急制動。
前を走る隼の背中にぶつかった弘高も変な声を出して驚いた。
「おおっ!? なんだお前ら。授業中だぞ」
「あ、ああ、あの……」
咄嗟の出来事に軽くパニックの隼は言葉に詰まる。角でぶつかったのは体育教師の
「おいお前、なんだそのだらしない服装は」
「あ、すいません」
「授業中に遊んでいたのか?」
「いや、別に」
注意を受けた弘高は服装をせっせと整えるも、言い訳はせず黙って説教されてしまう。
「先生! 道に迷ってしまったのですが、被服室ってどこかわかりますか?」
弘高が怒られているうちに平静を取り戻した隼は、努めて低姿勢で悪気がないことをアピールした。
(弘高も一緒に理由を話せよ!)
「なんだ、迷子か。被服室ならお前たちが今来た道を戻って左だぞ」
「ありがとうございます! 行くぞ弘高」
弘高の腕を引っ張り松原の元をそそくさと去る。
「お前も少しは言い訳しろよ! 無駄に怒られるとこだったじゃねえか!」
「ぁえ? 悪い悪い。まあさ、ちっちゃいことは気にすんなって!」
弘高の自由気ままぶりにため息を零した。
「おい! そっちじゃない! 左だって言ってただろ!」
「すまんすまん」
方向音痴なのか話を聞いていないのか。弘高のバカっぷりにため息が──。
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