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「本当に造るんですか?お嬢様」


 訝しげなアンの視線を浴びながら、私は今から造るものの準備を始める。

 完全にアンは引いているが、お構いない。


「はい作ります。こっそり、一回だけだから」

「そう言って、どうせ毎回造るんでしょう?」


 そんな事は無い。本当に今回一回限りにするつもりだ。

 むしろバレたら家を追い出されかねないし、追い出されたら実家に帰ることも出来ないだろうから、流石にそんなヘマは出来ない。アンの為にも。

 

 とりあえずアンに用意してもらったのは

 15cmほどの土作りの小さな箱と、其れよりも二回りほど大きな木の箱が一つずつ。

 大き目な布が一枚に、木串が数十本。

 そして大豆と藁の束ひとつかみ分。


 お願いして置いてアレだけど、良く集めて来てくれたものだ。

 

「大変だったんですよ。何に使うかって聞かれて!」

「ありがとうアン」


 本当にアンには感謝してもしきれない。

 心から感謝しながら、私は木串を手に取った。

 太さは2ミリ程度で、長さは15cmほどの至って普通の木串だ。


 縦と横、網目状になる様に並べていく。

 並べ終えたら、それぞれのつなぎ部分を外れないように糸で結んで。

 賽の目一センチほどの木串で出来たアミの完成だ。


 コレで簡単であるが、下準備は出来上がり。

 用意されたものを持って、食堂へ向かう。


 食堂では既にアンが話を通していてくれたらしく、すんなりとキッチンを借りる事が出来た。

 ついでにシェフにはご退室を願う。流石に皇帝を観られたらアルバード様にご報告物だろうから。

 この場にアンと私が二人きりになってからが開始の合図だ。


 まず、ここで用意するのは大きな鍋を二つ。

 一つの鍋には大豆を、コレを柔らかくなるまで煮詰める。

 豆が水を吸い一回り以上大きくなって、柔らかくなった頃。もう一つの鍋にも水を入れて同じように沸騰。ただ、入れるのは、先ほどの串アミだ。

 これを入れて数十秒間洗う。所謂煮沸消毒と言う奴だ。今から造るものはこの消毒が何よりも大事な作業の一つとなる。同じく藁も折り曲げて熱湯に入れ消毒。同時に箱二つも、熱湯を付けた布巾で念入りに拭いておく。


 熱湯消毒をした藁はお湯から取り出し、折り曲げて端を縛り藁苞わらづとを作る。

 出来上がる頃には豆は丁度良い方さ、スプーンで押したら簡単につぶれるくらいの柔らかさになっている。

 藁苞にくぼみを開けて下準備はコレで終了。

 次に煮豆を笊に分けて、スプーンを使って掬い、藁苞のくぼみにコレでもかと言うくらいに大豆を敷き詰めるのだ。


 此処で重要なのは、使う道具は全て煮沸消毒しておくと言う事。

 手もこまめに洗う。

 

 煮豆を敷き詰め終わったら、くぼみを閉めて新聞紙でくるんだ後。消毒済みの布に包み込む。

 そしてこれを石作りの箱の中へ、まずは木串をひき、その上に藁苞を置いて蓋をする。

 さらにこれを機の箱に入れて完成である。


「できた」


 何時もの事ながら、慣れた手つきで完成させたそれを手に私は歓喜の声を上げた。

 実家のキッチンと違い少々緊張したが、いつも通り完璧な出来栄えだ。

 後はコレを常温40度の部屋で保温しておけば、一日程で目的の物に完成するはずだ。


 本当の所、何時もは地面に穴を掘って保温しているのだが流石に、此処でそれは出来ない。

 でもラッキーな事に、今は夏場だ。籠った部屋の中なんて直ぐに40度を超す場所になるだろう。

 あいさつ回り中に、丁度良い部屋を見つけたし、一日だけこっそりと、その部屋にコレを置かせてもらえれば――。


「そこで何をしている?」


 そんな悪だくみにも似た考えを巡らせているとき、丁度後ろから聞き覚えのある声が私に投げかけられた。



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