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「実はEDとか?」
「いや、EDではないです」
ただ、股間がストライプなだけです。
成長とともに、ストライプは目立たなくなり、今は毛に隠れて見えない程度だ。だから、ちんちんの傷跡が、女性経験のない直接的な原因ではない。どちらかといえば、あの時期に体験した孤独感のほうが、何やら自分の中に強い影響を残したように思える。
「彼女いたこともないんですか~?」
やや直接的な質問が続いていたため、後輩の女性社員がそんな質問をはさみ軌道修正を場に促した。助け船を出したつもりだろうか。
「いたことないね」
「えぇ、じゃあ恋したこともない感じですか?」
「そうだね」
これは本当だと言える。
女性と付き合ったこともなければ、気持ちを馳せたことすらない。
ただ、恋に近い感情を抱いたことはあった。
相手を、
夜空を初めて認識したのは、小学一年生のある日の、学年集会の後だった。普段は整列してクラス毎に退場するはずが、なぜかその日は、学年主任の解散の一声で、体育館に集まった三クラスが一度に解放された。
僕は一人で歩いていた。体育館を出て、気づけば、隣を僕と全く同じ歩幅、同じ速度で歩いている男の子がいる。動揺は全くなかった。そのまま僕たちは教室の前まで並んで歩き、それぞれのクラスへと別れて行った。
そういったことがいたるところで何度もあった。僕が彼を探して首をめぐらせたことは、一度たりともなかったし、彼のほうも、僕をめがけて歩いてくるような様子は、全くなかった。気づけば二人は並んで歩いていて、気づけば話し始めていた。
僕たちが、会話の中で、かなりの言葉を省略しているのに気付いたのは、だいぶん後のことだ。
他の子と話していると、会話がかみ合わないことがよくあった。夜空と話した後に他の人と会話をすると、家族相手でさえ、奇妙なもどかしさがあった。
そうして、彼とのコミュニケーションが、僕の中で最もスムーズだということに、逆説的に気づいた。
放課後、ふと思い立ち、家を出る。大通りを行き、交差点を曲がり、坂道を上る。足は軽やかに動く。自分の呼吸が普段より大きく聴こえる。期待も不安もなく、ただ、予感がある。坂道の向こう側から、自然な足取りで夜空が現れて、互いが手を振る。
子供時代にしか存在しない、スピリチュアルな何かなのか、単にお互いの行動や思考のパターンを把握しきっていたからなのか、一時期の僕らは約束一つも交わさずに、会うことができた。
こんなこともあった。
クラス合同のプールの授業の前のことだ。みんなが水着を着替え終え、誰もいなくなった更衣室で、僕らは服を脱ぎながら会話をしていた。
「先週に読んだ小説が面白かった」
「そしたら、プールの後、そっちのクラス行ってもいい?」
話はそのままゆるやかに続き、僕らは休み時間いっぱい話し続けていた。やがて、チャイムが鳴り、僕らは更衣室を出て、プールサイドに足を進める。
みんなの視線がこちらに集まり、次いで笑い声があがる。
何を笑っているのかが分からなくて、僕らは顔を見合わせて、それからもう一度みんなを見た。先生に指摘されてようやく、僕らは二人ともが一糸まとわぬ姿であることに気づいた。
恥ずかしさはなかった。隣に同じように裸な夜空がいたから、この状態がむしろ当たり前なんだと思えた。隠している周りのほうがおかしいとさえ思った。もちろんその場は一緒に更衣室に戻り、水着を着て授業に戻ったが。
夜空の前では、何も隠す必要はなかった。
優秀だったことで、周りの子に対して感じていた引け目も、彼に対しては全く芽生えなかった。彼がそんな感情を持つはずがないことを、しっかりと分かっていたし、僕のほうも、成績だとか、運動神経だとかで彼を計る気など全くなかった。というか、その発想すらなかった。
互いが互いの、ありのままの姿を、尊敬し、信頼し、好意を持っている。そして言葉にするまでもなく、それが伝わる。
友達ではなかった。親友という言葉でもまだ足りないように感じた。
僕らは。
僕と夜空はそれぞれのクラスにたくさんの友達がいた。どんな子だろうと、夜空の周りに集まると、自然と穏やかな表情になった。数多ある星の一つ一つを包み込んで、静かに輝かせるように、夜空は人と接した。
そして僕は、そんな彼に、太陽のようだと例えられたことがある。
僕と夜空は、一生、一緒にいる。
その確信は、しかし呆気なく破られる。
三年生の七月二十一日、イッツ精通日。以後、僕は彼の目を見れなくなった。
四年生になり、偽悪的に遅刻を繰り返すようになってからは、僕のほうから彼を避けるようになった。
卒業式では、一言も話さなかった。
それ以来、会っていない。
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