「まじでつれーっすわー!」

 

 コミュニケーションの基盤に自虐を据えたのは、小学生の頃だ。

 

小さいときの僕は、頭がよく、運動もでき、品行方正だった。テストは百点、かけっこ一位、クラスのみんなのまとめ役。友達も多く、先生には一目置かれ、両親は僕を誇っていた。


(さらに、幼い僕は、正直さを愛していた。綺麗なものが好きだった。ルールは守られるべきだし、自分の嘘も相手の嘘も絶対に許せなかった。忘れていたそれらの愛情が、意外にも自分の中に強く残っていて、後々、童貞化の片棒を担ぐことになるのだが、一旦置いておく)


 小学生の僕には「みんなより人間性高すぎてぴえん」という傲慢極まりない悩みがあった。何それ煽り? と思われても仕方ないが、幼い僕にとっては切実だったのである。仲の良い友達はたくさんいたが、みんなどこかで、何かしら、僕に対して劣等感を感じ、心を開ききってくれていないのを感じていた。劣等感が思わぬ形で発露し、関係が修復不可能になるまで壊れてしまうことすらあった。


 僕は、みんなと一緒がよかった。


「お前はすごい」

 

 先生は授業中、みんなの前で、何度も僕のことをそう褒めた。その度に教室の温度が数度下がった。すごい。そのワードを、僕は本当に恐れていた。

 

 転機は、なんでもない月曜日の朝だった。その日、僕は初めて遅刻をした。

 汗だくで教室の後ろの扉を開けたとき、教室全体がざわついた。(それくらい僕は優等生だった)

 先生に謝り、軽い注意を受けただけで席についた。心中では初めて恥をかいたことに動揺していたが、表向きは何でもない顔を維持できていたと思う。

 その後の授業も問題なくこなし、変わらず先生は僕をほめた。けれど、そこにいつもはない一言が加わった。


「お前はすごい。まぁ、そんなお前も、遅刻はするようだが」


 ふふっ、と誰かが笑い声を漏らしたのをきっかけに、穏やかな笑いの波が、一時、教室に広がった。教室の温度は、下がらなかった。僕が、頭を掻いてへらへら笑うと、みんながにこやかになった。

 人生初いじられに、僕は痛く感動した。

 次の日から毎日遅刻するようにした。


「お前はすごいけど、遅刻するからなあ。」

「遅刻さえなければ、完璧なんだけどなー」


 クラスのみんなにそう言われるようになるまで、時間はかからなかった。

 みんな、嬉しそうに話しかけてくれる。それまでより何倍も柔らかく、自然な笑顔で。それがたまらなく心地よかった。安心できた。


「お前、仕事もできるし、今月も営業成績トップなのになー」


 向かいから上司の声がとんでくる。

完璧な人にも、何かしらの欠点がある。そのことに、人はひどく安心する。


「これで彼女でもいれば最高なんすけどねー」


 営業成績トップ、というワードで、一瞬ギラついた同期の目が、僕が付け加えた一言により柔らかくふやけていく。

 俺はこいつよりモテる。それだけで男は相手をだいぶん許せるらしい。

 先ほどとは別の上司が、身を乗り出してくる。

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