童貞録
光
1
綺麗なものが好きだから。
「なんでその歳で童貞なん?笑」
この問いに、そう返したとして、納得してくれる人は、どれくらいいるんだろう。
飲み干されたビール、器に詰め込まれた枝豆の皮、絞られるタイミングを永遠に失って所在なさげに残されたレモン。それらを眺めながら、束の間、そんなことを考える。
どういうことそれ笑
質問を投げかけてきた、はす向かいに座る赤ら顔の上司は、たぶんそう言う。
え、俺らが汚いってことっすか?
やっぱ歴が長いと言うこと違うわ~。
魔法使い一歩手前でまだそんなこと言ってんの。
この後風俗連れてってやろうか。
会話の種が尽きて、少しずつ増えてきた沈黙に平静なふりをして耐えている周りのみんなも、たぶんそう言う。
納得してくれる人は一人もいないだろう。
じゃあ答えは決まっている。
「僕が聴きたいっすよーーーー!!!」
これ一択。表情筋をマックスまで張った笑顔で、悔しそうに大声を出すのがポイント。眉を下げれたらなおよし。
周りが発声しながら肩を揺らし、何人かはのけぞった。端的に言うとウケた。
同じ卓で、遠くに座っている何人かも、こちらの会話に加わろうと姿勢を変えた気配があった。口の中に残っていたビールが、急速に乾いていくのを感じる。
「別に特別ブスってわけでも、デブってわけでもないのになあお前!」
「まじすか!! あざーす!!」
部署内で唯一の童貞というのは、何かと話題の種になる。
何があったわけでもないのに、部長の「今日飲み行くぞ」の一声で開かれた飲み会の終盤ではなおさら。
何百回と繰り返したリアクションを反芻すればいいだけなのでこちらとしては楽だ。しかもこれだけみんなが笑ってくれるならお釣りがくるくらいだ。
会社に限らず、童貞が僕の要素の一つとして完全に根付いてしまったグループというのはいくつかある。中には、童貞という要素なしには僕という存在を語れない。僕と童貞がイコールで結びついている。名前じゃなくて童貞と呼んでもらったほうが早くて楽。そんなコミュニティすらある。
自虐をコミュニケーションの基礎としてきた僕にも、かなりの原因があり、場合によっては自らいじってもらおうと働きかけるから始末に負えない。しかも抵抗がないときている。
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