119 噂の真偽

「それで、捕まっているのは君だけか?アーネチカさんは?」


「俺とロンテだけ、母ちゃんのことはロンテが何か知ってるって風に言ってたけど……正直微妙だな」


 ローレスからなんでここにいるのか。ことのあらましを聞いた。


「ロンテ先輩は無事だったのか?」


「いや、俺と喧嘩して……それでアイツに腹踏まれてたから……」


 自分の子供だというのに容赦のない男だな……。


「それよりも前は?」


「前?あぁ、馬車の噂だな?俺たちに合うために抜け出すための細工だろうな。ピンピンしてたぞ」


「そうか」


 もしかすると、あの黒服達に襲われたのではないかと思っていたが、どうやら違ったようだ。


 話を戻して、ローレスはロンテ先輩に罠にはめられていると持っているようだが、どうにもロンテ先輩とローレスはすれ違っている気がする。


「罠、ね。その喧嘩の内容が本心だったとして、それが本当に罠だと思うのか?」


「それ、どういう意味だよ?」


「あの人、レイスがいなくなって、僕らがパーティーに参加することになった後、血相変えてやってきたんだよ」


「は!?パーティー!?誰に招待されたんだ?メメちゃんかレーピオの付き添いか?」


「いや、ローシュテール・ブレイブだが」


「は!?いやいやいや!なに考えてんだ!お前ならブレイブ家にどんな噂があるのか知ってるだろ?そうじゃなくてもレーピオ達が知ってるはずだ!」


「パーティーの一週間前に手紙がきて、断りきれず……。まあ、案の定ブレイブ家と関係あるかは知らないが、襲撃は受けたけどな」


「やぱりやベーことになってるじゃん!」


「吠えるな、うるさい」


「吠えさせてんの誰だよ!」


 多少ましになったが反響するから、まだうるさいな。


「安心しろ、掠り傷なんかの軽傷者が出ただけで特になにもなかった。不気味なくらいな」


「え、誰か拐われたりとかなかったわけ?」


「本当になにも」


「こわ……」


「同意だ」


 パーティーの前、ギリギリ聞こえるような小さい声で“隠した”と言っていた。


 “隠した”のはアーネチカさんのことだとして、ローシュテールの命令で動いているのならばアーネチカさんがこの場にいないのが不可解だ。


「話を戻すが、ロンテ先輩はアーネチカさんに会わせると言っていたのか?」


「確約はされていないし、もしかしたら誘い出すための嘘かもしれないけど、呼び出すために置かれてた板きれには“居場所を知っている、指定の場所に来たら案内しよう”って感じで書かれてたから……」


 それだけじゃ嘘かどうか判断がつかないな。


 本人に聞くのが一番手っ取り早い方法ではあるが、ブレイブ家の人間であるロンテ先輩がローシュテールが狙ってるアーネチカさんのことを話してくれるか……。


 そもそもレイスの高速をはずされている事実を知られれば、その場で先頭になる可能性もある。


 いや、待てよ?


 会う、会わないの前に先輩はどこにいるんだ?


 扉を開ける途中でローシュテールが部屋を出たのは知っている。ローシュテール以外に部屋の前を通ろうとする人はいなかったはず。


 いや、この屋敷の構造を把握しているわけではないから確実に言えることではないが、もしかして先輩も地下室に?


 いや、さすがにないだろう。だってブレイブ家の表向きの長男で、家を継ぐものだぞ。


 きっとどこかに部屋にレイスとは別に運ばれて手当てでも受けているに違いない。


 ……。


 そう考えた僕の頭のなかに、戌井から聞いたいくつかの噂がよぎった。


 “子供を虐待している”、“子供を虐待して殺してしまった”。


 それから“屋敷は夜になると鞭を打つ音と悲鳴が聞こえてくるらしい”と“側室の子供がいた”というもの。


 これらを総合すれば、ロンテ先輩は虐待をされていて夜になると鞭で叩かれている可能性がある……。


 子供を虐待して殺してしまったという話は尾びれや背鰭がついた噂だろう。


 だが、もしかしたら死んでしまったと噂されている子供はレイスのことではないか?出ていって、姿を表さないから、いつからか出てきた虐待しているという噂と混じってそんな風に噂されるようになった。


 ……色々考えたが、どうしたって最悪を想像してしまう。


「……ロンテ先輩は、どこにいるか。わかるか?」


「それは……。えっと、俺の記憶はロンテが気絶してアイツに捕まったところまでしかないから、わかんないな」


「なら、ここの構造は把握しているか?」


「いや、十四年ぶりだからなんとも……。地下なんかは特に近づくなって言われてたし」


 十四年前に出ていっていると聞いていたから、そこまで期待はしていなかったが、やはり構造の把握はしていないか。


 覚えていたとしても少しだけなんだろうな。


 まぁ、僕だって小さい頃の記憶、それこそ小学校に上がる目の記憶は曖昧だ。


「では、あの“如何にも”な扉は?」


 僕が指をさしたのは牢屋の近くにある、重厚感のある扉だ。


 覗き窓がついているから中の様子は見ようと思えば見れるが……。


「さっきも言ったけど、近づくなってきつく言われてたから知らないな……」


「戌井でのようなことを言うが、どうも嫌な予感がする。それに、どうも濃い血の匂いは血塗れの君からではなく、あの扉の向こうから匂う……気がする」


「……同感だな」


 険しい表情のレイスは覗き窓のついている扉に近づき、中を覗くが静かに首を降った。中が暗すぎて見えないんだろう。


「人の息づかいが聞こえるから誰かはいる。誰かは、な……」


 僕たち二人の中で、その誰かはほとんど確定してしまっていた。


 レイスは只でさえ出血のしすぎたせいで顔色の悪いのに、中の人物のことを思ってか、血の気が引いていた。


「助けたいというのか?」


「わかる?」


「君たちのようなお人好しなら言うと思った」


 まったく、呆れたものだな。


 確かに後味が悪いかもしれないが、それで敵対されてしまったらどうするというんだろうか。


 まあ、どうせ、この手のタイプは何を言おうとテコでも動こうとしないだろうから、何かあったときは部屋のやつを……。


 ため息を吐く。これは呆れから来るものだ。


 少し、これから起こる可能性がある展開を考えて、口を開いた。


「わかった。どうせ言っても聞かないだろうし、好きにしたら?」


「ありがとう」


 レイスは覚悟を決めた顔をして、分厚い扉を開いた。


 扉が広がる瞬間、ムワッと血の匂いが広がった。


 部屋が暗いからよく見えないが、ジャラジャラと鎖の動く音と、か細い人の息づかいが聞こえてきていた。


 レイスがズンズンと進んでいくなか、僕は鞄の中に念のためを思って入れていた救急箱を取り出した。


 使うだろうと思って持ってきていたが、使用するのは僕が想定した人物ではないようだ。


 レイスの時は緊急事態だからと思って、不馴れで治りの遅い魔法を使った。失血死や痛みでのショック死を避けるための処置だ。


 出血が少なく、死ぬ可能性がないのならば、こちらを使おう。


 現状魔力の温存はしたし、的に完全復活されて逆転されてしまうのは勘弁だからな。


 救急箱を取り出してすぐ、僕は自己魔法を使って電球変わりの光の玉を作り出した。


 光の玉が部屋の中央、天井の近くに移動すると部屋全体が照らされた。


「……っ!」


「ロンテッ!」


 この部屋の中央、そこには天井から垂れた鎖に両手を捕らえられ、レイスとの喧嘩でできた傷は手当てされることもなく、ロンテ先輩の背中は服が破れて、あちこちが腫れ上がり血が滲んでいる。


 レイスが名を呼んでも返事はない。いや、返事は返せない。


 気絶しているのか、返事をするだけの気力がないのか。


 この地獄のような状態を見ると、どっちにしたって変ではない話だ。


 レイスは何度もロンテ先輩の名を呼ぶ。


 何度も、何度も。


 優しく錠を外して、静かに地面に下ろす。


 そして僕が持ってきた救急箱で、できうるかぎりの手当てをした。


 さて、現状を理解したら、この人はどんな反応をするんだろうか?


 暴れたり、人を呼ばれたり、敵対したり、そんな風にならなければいいのに。

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