118 鉄の扉の先

“鉄の扉”基、地下室への扉を見つけた僕は扉に鍵がついていないか確認する。


 取手をもって、持ち上げれば多少の抵抗感はあったものの、すんなりと開いた。


 鍵はかかってないらしい。


 ゆっくりと扉を動かし、なるべく軋まないように開ける。


 扉を開けて現れてたのは、地下に続く古びた階段だった。


 いつかのダンジョンのような自然にできた洞窟を改造して作ったわけではなく、壁も天井も階段もきちんと舗装されている。


 だが、あちこちからほころびが見える。


 この屋敷と同じで、ずいぶんと古いものらしい。


 この部屋の近くに人が来ていないことを確認して、扉の中にはいる。


 中に入って気がついたことだが、作りの問題からか、外からの音が全くといっていいほど聞こえてこない。


 これは、その逆もありうると言うことだ。


 僕にとって好都合だ。


 ローレスかアーネチカさんを地下に監禁しているのなら監視がついている可能性がある。


 少し会話しただけで見えた執着心、きちんと隠されているのであれば簡単にバレないような地下室。十四年の歳月をかけてまで二人を探し続けた執念。


 そんなものを持っている人物が監視をつけないとは思えない。


 この環境ならば、うまいことことを運べば監視を無力化し人一人運び出すことくらいできるだろう。


 必要最低限の光量で足元を照らし、消音魔法を靴に使って、階段を下っていく。


 体感で一階分、降りただろうか。


 少し開けた空間があって、その先には扉があった。


 近づき、魔法がかけられていなかを確認するが、特段魔法はかけられていないらしい。


 地下室の扉の隠し方といい、扉が簡単に開いたことといい、この扉に鍵がついていないことといい、いささか不用心すぎではないだろうか。


 誘われている可能性も、なくはないだろう。


 まあ、その時はその時だ。


 魔法をスタングレネードのように使えば脱出の時間稼ぎにはなるだろう。


 他にも足止めになりそうな魔法は色々とつかえるしな。


 杖を構えつつ、扉を開いた。


 扉の先には保管庫の様なところに出た。


 あちこちにある木箱、その中にはやや灰色の混ざった薄い赤の、向こうが透けて見えるくらい透明な液体が入った小瓶が並べられていた。


 周囲には他にも空き箱や、赤い液体の空ビン、手枷、ろくでもない効果の魔法薬と魔具、そらから魔導書と医療品。


 あとは、ドレスと男性用の服がいつくかある。


 このドレス達、ローザベッラ婦人が着るには、どうも大きい気がする。

 

 確か婦人はヒールでごまかしているが小柄で、このドレスはどちらかといえば高身長の女性が着るようの物だろう。


 サイズを間違えたのかとも思ったが、だからって丈をなおさないでこんなところに放置は変に思う。


 貴族だからもったいない精神とかないのかもしれないけど。


 それに大きめのドレスは、パーティーの時や今回あったときの婦人が着ていたものとは趣味が違う。


 婦人は青系統の落ち着いたものを、こちらはパステルカラーの可愛らしい感じのものだ。


 婦人にあったのは二回だけだし、趣味が変わったといわれれば閉口する他ないが……。


 隠すように荷物に紛れさせていることを考えると、もしやこれはアーネチカさんの物なんじゃないだろうか?


 それで男物の方はローレスの分か。


 連れ戻したあとに使わせる予定だったんだろうな。


 それはそうと、やや灰色の混ざった薄い赤の液体、これが気になる。


 ラベルにはラース憤怒と書かれていた。


 ラース?憤怒?怒り?


 意味が一つもわからないが、これは戌井から聞いた噂の一つである“危ない薬に手を出している”の正体ではないだろうか?


 証拠になりそうだから、箱の奥にあるものを一つ拝借していくか。あとはろくでもない効果の魔具も持っていこう。


 推定危ない薬が僕の思っているものと違ったときの保険だ。


 あとは医療品、買い漁っているという話しは本当らしいな。


 “人をさらって人体実験をしてる”という話もあながち間違いではないのかもしれない。


 結構環境が整っているから、僕がそう思ってしまうのも仕方がないだろう。


 推定危ない薬、ろくでもない効果の魔具を拝借して、他に進めるところがないか探す。


 木箱で隠れる場所に扉が二つあった。


 ひとまず、今目の前にいる方に入ってみる。


 絢爛豪華、この部屋に似合う言葉があるとするならばこれだろう。


 屋敷のなかとも見劣りしない内装の、おそらくは寝室。おかれているものからして女性用の部屋だろうがベッドの近くの壁につけられている綺麗な空間とは不釣り合いの太い鎖が転がっていた。


 太い鎖に先にあるのは、足枷だ。


 部屋の系統もさっき見つけたドレスと似かよっているところを見るに、アーネチカさんように監禁部屋か?


 悪趣味な……。


 この部屋には扉が一つある以外は何もなかった。


 扉を開けて中に入ってみれば、まさしく部屋ごとひっくり返したかのような荒れようの部屋が広がっていた。


 さっきの絢爛豪華な部屋とは大違い、落差が激しすぎる。


 足の踏み場は辛うじてあるのが救いだな。


 部屋に散らばっているのは、昔のレイス親子の写真やアーネチカさんとローシュテールのツーショット、アーネチカさん単体のもの。


 それから探し物関係の本に、洗脳……。


 こっちも倉庫と大差ないくらいろくでもないものしかないな。


 あと支離滅裂なことしか書かれていない紙しかない。読もうとすると頭がいたくなってくる具合だ。


 ローシュテールの部屋だろう、この部屋は倉庫ともさっきの監禁部屋とも繋がっているらしい。


 倉庫と監禁部屋以外に通じてそうな扉を見つけたのではいる。


 さて、こんどはどんなものが飛び出してくるか。


 憂鬱になりながらも扉を開けた、その先には牢屋のようなものがあった。


 その中にはボロボロのローレス・レイスが横たわっていた。


「レイス!」


 呼ぶが返事はない。


 慌てて近づくも格子が邪魔でしかたがない。鍵はおそらくではあるがローシュテールが持っているだろうから、牢から出すには鍵を壊す他ないか……。


 牢屋の鍵を光のレーザーで切って中に入る。


 適当に片腕だけ壁から吊るされた手枷をつけられて倒れているレイスだが、口の回りには新し目の血がつき、服にも染み込んでいる。


 治癒魔法を使ってみると掠り傷などが治っていく。


 治り具合からして、見た目ほどの怪我を負っているわけではないらしい。


 その事実に安堵して、ホッと息を吐いた。


「レイス、レイス」


 レイスの方を揺すってみれると、小さい呻き声をあげて、ゆっくりと目を開いた。


「……し、ののべ?」


「そうだ」


 パチパチと瞬きをするレイス。


 寝起きだからか、血が足りないのか。頭が働いていないらしいレイスは何が起きているのかわかっていないと言いたげな不思議そうな顔をして、僕をきちんと認識したとたん飛び起きた。


「篠野部!?」


「うるさい、敵地ど真ん中で大声をあげるな」


「え?あ……!そ、の……ごめん……。うっ……」


 いきなり起き上がったせいか、レイスは頭を押さえる。ふらふらとするのか、頭痛がするのか。


「えっと……ごめん、巻き込んだ」


「僕がここにいる理由、知っているのか?」


「俺や、母ちゃんに対する人質のため……」


 レイスは巻き込んだことが後ろめたいらしい。一向に僕と目を合わせようとしないし、さっきっから僕の方を見ようとしない。


「はぁ、まあ、そうだな」


「……文句とか、ねーの?」


「ないと言えば嘘だが、今言うことでもないだろう。僕は自分で選択してここにいる、レイスが罪悪感を持つ必要はない」


「でも__」


 僕はレイスの言葉を遮る。


「いずれは、こうなっていだろうな。戌井なんか、レイスがいなくなったときに飛び出しそうだった」


「……」


「君の望まない結果になるだろうから、と言って止めていたが、それがいつまで持つかわからなかったし、遅かれ早かれ誰かが君のもとに現れていただろう」


「……」


「迎えの役が僕になったというだけの話だ。……君が僕にたいして罪悪感を抱いているのなら、とっととこの屋敷を出るぞ。長居したくない」


 僕の言葉に、レイスは静かにうなずいた。


「文句はあとで聞いてもらうからな」


「お手柔らかにな……」

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