117 鉄製の扉

カルタ視点


ローシュテールが帰ってきたあと、いろんな音が聞こえた。


 廊下を歩く音、重たいものを引きうずるような音、ヒステリックな婦人の声、誰かが倒れこむような音、扉が開閉るする音、それから鉄製のものが擦れる音、重たいものが落ちた音。


 それからは静かだった。


 多分、ローシュテールが帰ってきてレイス親子の両方か、片方を連れて帰ってきた。 


 それで、さっき出ていった婦人がローシュテールに食って掛かった。


 食って掛かっただろう婦人をローシュテールは振り払い、婦人が倒れこんだのを放置して、どこか扉が鉄製のものが扉になっている部屋に入った。


 音からしてそんな感じだったんだろうな、と思う。


 引きずって運ぶという手荒な真似をしているところをみるに捕まったのはローレスかもしれない。


 ローシュテールはアーネチカさんに執着しているようだし、見つけたのならば、もっと丁寧に扱うだろう。


 それか、数時間前にあったローシュテールのようすからして、ロンテ先輩よりもレイス親子って言う感じがしたから確率は低いだろうが、ロンテ先輩の可能性もあるかな。


 さて、そろそろ戌井が僕を探して、いないことに気がついた頃だろうか?


 僕が仕掛けたのは二つ。


 魔方陣についての情報と、戌井宛の置き手紙。


 まだ確証は得られていないが、僕たちを呼んだ魔方陣は元は一人用のものだった可能性がある。


 その可能性を考えた理由だが、最近の授業で習った使役魔獣を召喚するための魔方陣だ。


 呼ぶ種族ごとに魔方陣は違ってくるが、共通して同じなのが“呼ぶ数が増えるごとに魔方陣を重ねること”だった。


 重ねるといっても一つ目の魔方陣のまわりに一周、ぐるりと囲むように図形やら呪文やらを描くだけなのだが。同じ効果でも重複させることから“重ねる”と表現するらしい。


 それを聞いて、改めて僕たちを呼んだ魔方陣を思い出した。


 あの魔方陣に周りを囲むように描かれた図形や呪文はなかった。


 まあ、あの魔方陣は古い形式のものだから、その理論が通じるかといえば微妙である。


 今使われている魔方陣は改良に改良を重ねた結果、知識があれば扱える程度に簡略化された代物だ。


 それに比べ、古いもの、とりわけエルフから教えられた当初のものなんかは形も呪文も複雑で、膨大な知識と空間が必要だったらしい。


 表現するのならプログラミングが一番近いだろうか?


 その可能性を戌井が見つけるように仕向けた。


 フラッといなくなることがあると発覚してから報連相はしっかりしろときつく言っているので、見つけた時は間違いなく僕に知らせるために探し回るだろう。


 そして僕にいないことに気がつく。


 僕がいないことに気がついた戌井は実家から来た手紙の選別に四苦八苦しているレーピオと、勉強に勤しんでいるベイノットのもとに行くだろう。


 そして、ローレスのように置き手紙を残しているのではないかと考える。


 あとは男子寮の二人が僕の隠した戌井宛の手紙を見つけ、中身をみる。


 比較的簡単な、でもいろは唄を知っていなければ解けない暗号を使って僕のおかれている状態を知ってもらう。


 そうすればさすがに三人目だ。学校も、戌井達も動くだろう。


 戌井達の方は釘を刺しているが、意味はないだろうな。


 一度脱出する素振りを見せたが、婦人がなにも言っていないのか、おそらくは鉄でできているだろう扉に直行していたのだし魔法の強化はされていないはず。


 やりやすくするためにレイス親子が二人揃って捕まったところで、とも考えたが手遅れになられたら困る。


 十四年間もローシュテールから逃げ切ったわけだし、申し訳ないがアーネチカさんよりも捕まっているであろうローレスを優先させてもらおう。


 扉に耳を当てて、外から音がしないか確認する。


 あとは何も聞こえてこず、不気味なくらいに静かだ。


 そろそろ脱出時だな。


 袖の中から小ぶりナイフを取り出す。


 もしもの時を考えて袖のなかに隠し持っていたものだ。身体検査をしなかったことは迂闊だと思うが、僕からすれば運が良かったと言わざる終えないだろう。


 その気はないが、小降りのナイフでも、刺せば人は死ぬ。それを実感するなんてことにならないことを祈るばかりだ。


 テーブルクロスの魔方陣をみる限り、魔法封じの効果だけで、部屋から出れないようになっているのは別問題のようである。


 魔法が使えれば魔法ごと扉を吹き飛ばすことも、出きるかもしれないが、それだけの騒ぎを起こすと流石に捕まっているであろうローレスが危ない。


 外に出ようとすると弾かれる魔法が何か他の手段をとるべきだろうな。


 あれも魔方陣でしているのだろうか?


 ……いや、婦人の発言を真とするのなら魔方陣ではないだろう。


 なにせ婦人は「魔法でガチガチに固めた部屋」と言っていたからだ。


 魔法で固めているのなら、魔法封じの魔方陣をぶつけてやれば……と思ったが効果はこの部屋の中だけとしていされているから、魔法封じの魔方陣の転用は無理そうだ。


 それなら部屋の中から扉の向こう側に無効化するための魔法を使うしかないな。これなら魔法封じの魔方陣を無効化してしまえばどうにかなるだろう。


 数が多ければ時間がかかりそうだが……。


 まあ、やる他ない。大人しくしておいて消されるなんて真っ平ごめんだしな。


 テーブルクロスの魔方陣、魔法封じの魔方陣に目をやる。


 持ち上げて、持っていたナイフで切り裂いた。


「呆気ないな」


 しかも、このテーブルクロス、魔方陣の形で作っているからか粗が目立つ。


 これなら、使えるか検証中ではあるものの、戌井が作った簡単な魔方陣の入りの布の方ができが良いものだ。




 扉の魔法と格闘すること三十分程度。


「これで最後の一つ……」


 ようやく最後の一つを無効化した。


 魔法を無効化されたことを、万一にでも悟られないように慎重に無効化していっていたら、これだけ時間がかかってしまった。


 魔法学校に戻るまで体力を使うというのに、ここですでに精神的に少し疲れてしまった。


 まあ、だからといっても、これ以上はこの部屋にいる気はないのだが。


「ふぅ……」


 息を吐いて、覚悟を決める。


 魔方陣で作った幻を見せる魔法、それを使って僕が今もなお僕がソファに座っている様子が見れる。


 なんか、もう一人の僕が現れたみたいで気持ち悪いけど、ここは我慢だ。


 数少ない荷物が入った鞄を肩にかけ、杖をもって扉の前に立つ。


 ドアノブをゆっくりと回し、ゆっくりと扉を開ける。


 事前に確認していたとおり、回りには人がいる気配はない。


 魔法を無効化しているなかで、部屋の前を通る気配はブツブツとなにかを言っているローシュテール以外になかったことから使用人達は無闇に屋敷の中を移動しようとしないのかもしれない。


 まあ、この屋敷の主人達の気にさわることをしたら職を失うのだから最低限以外は視界に入りたくはないんだろう。


 婦人は、さっきのことがあるし部屋で休んでいるのかもな。


 自己魔法で透明になってから音を立てないように部屋を出て、扉を閉める。


 ひとまず、監禁されていた部屋からの脱出はできた。


 次の目標は捕まっているであろうローレスと、少しでも僕たちが有利になるような悪事の証拠を探すこと。


 まあ、悪事の証拠は二の次だ。どこにあるのかもわからないし、あれば良いなと言う感じ。


 ローレスは、さっき部屋の前を通りすぎていったローシュテールのようすからして鉄の扉から出されていないだろう。


 悪事の証拠は鉄の扉の先書斎の方にでもありそうだな。


 正確な場所は把握していないが、音の方向にある部屋を調べていけばわかるだろう。


 さて、透明になったまま音がした方向に進んでいく。


 落ち着いた色の壁に、天井には幾何学模様。


 敷かれた高級そうなカーペットは都合良く、僕の足を音を吸収して消してくれる。


 途中、部屋を探索している途中や廊下を進んでいる途中で何度か怯えている使用人とすれ違った。


 他にも一度だけだが苛立っている婦人、ご機嫌なローシュテールにも遭遇したものの、誰にも気がつかれることはなかった。


 ここにいる使用人が人間ばかりで助かった。


 獣人なら匂いや音に敏感だし、人形は勘がいいし魔力に敏感な者が稀にいる、魔族は大体の者が魔力に敏感だ。


 魔眼を持っている者がいないのも運がいい。


 僕がみる限りは人間しかいない気がする。


 そういっても見分けがつくわけではないから、限りなく人間に近い容姿をしていたら判別はつかない。


 例えばレーピオのようにハーフであれど、亜人のように見えない、人間にしか見えない者もいる。例を挙げるとするならばホビットだ。


 そうでなくとも、エルフは特徴的な耳を隠してしまえば同じ結果になるだろう。


 人に見つからないように屋敷の探索を続けること数十分。


 たびたび人に遭遇していた僕は時々胸をドキドキさせていたが、怪しいものを見つけた。


 とある部屋、部屋のなかに敷かれているずれて寄ってしまったカーペット。それを怪しく思いめくってみれば、この屋敷に不似合いなほどの存在が出てきた。


 錆びており、塗装も剥げてしまっているところが多々見られる。


 僕の探していた鉄製の扉、思ったよりも簡単に見つかった。


 それは地下へと続く扉だった。

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