32 お駄賃

先日手に入れた雑用といっても過言ではない内容の依頼書の数々、学費諸々を稼ぐ目的で引き受けることにした。


 僕たちは効率の問題からふた手にわかれて、ギルドの依頼を片付けるために町のあちこちを巡っていた。


 現在、僕は清掃代行という仕事のため老夫婦の家に来ている。年を取るごとに体が言うことを聞かなくなり腰をかがめること、高所、重たいものに関する作業が難しくなったのだと。


 それから、まだまともの動ける方であるらしい旦那は、つい先日に重たい荷物を運ぼうとしてぎっくり腰になってしまったらしい。それでギルドに依頼を出したそうだ。


「ふぅ……頼まれた場所は一通り掃除しました。ゴミの処理もしました。後程確認をお願いします」


「あらあら、まあまあ、あいかわらず礼儀正しい子ねえ。ありがとうねぇ。年取っちゃうと体が言うこと聞いてくれないから助かったわ」


 老婆はほけほけと笑う。


「はいこれ、お駄賃ね」


「……あの、これ多くないですか?」


 老婆から差し出された袋は想定よりも重たく、中見が提示額よりも多いのは用意に想像ができた。


 ボケてはいないはず……。老人だし、きっと単純間違えたのだろう。後々トラブルになると面倒だから、さっさと過剰な分は返さなければ。そう思っての発言だった。


「いえ、それであってるわよ?」


「いや、これ明らかに多いですよね?提示額なら、この重さの半分くらいだと思うんですけど……」


「今までの分よ」


「今まで……?」


 ギルドの依頼書に手を付け始めたのが今日だ。これより前に金銭の取引が発生する様なことはしていない。


 強いて言えば旦那さんの畑の何度か苗を運ぶ作業や、水やりを手伝った程度だ。それらだって有効に情報を得るためのものだったんだが……。


 それか?もしそれだとして、なんで急に……。


「うふふ、若者の背を押すのは私らは年配の役目だからねえ。良いから貰っておきなさいな、うふふふふ……」


「は、はぁ……?」


 椅子に座って紅茶を飲んでいる老人の方を「これって良いんですか?」との意味を込めて視線を送る。


 老人は僕の視線に気がついたものの、良い笑顔で頷くだけだった。


 これは……貰って良いのだろうか?この老夫婦はなにかをたくらんでいるとかではないだろう。単純にお手伝いをしたからお小遣いを、ということなんだろうか。


 その度にお菓子とか貰っていたんだが……。


 まぁ、いい。学費の足しにしよう。


「……ありがたく、いただきます」


「ええ、ええ。そうしなさい」


 清掃代行の仕事は老婆に太鼓判をおされ、別の依頼に赴くことになった。


 次に向かうのは薪割りの代行の依頼、そこでも余分にお金を貰ってしまった。困惑しつつも依頼者の押しに負け受け取ってしまう。


 ギルドの職員に行っても受け取っておけと言われてしまった。


 そうこうしているうちに指定の時間となったので集合場所の噴水がある広場に向かった。


「篠野部〜!」


 お昼時に昼食を取るついでに成果報告として集まることにしていたが、キラキラと輝かしい表情でこちらまで駆けてくる。まるで飼い主を見つけた犬のようだ。


「とっ、とっとぉっ!!」


 走っていたからか、スカートの裾を思いっきり踏んづけてしまう。一歩、二歩、三歩、何とか体勢を整えようとするが走っていたこともあり、そのまま転けてしまった。


 ビタンッ!!__


 僕は一連の流れを呆れた目で見ていた。


「……何しているんだ?」


「うぅ……痛い、恥ずかしい……」


 往来で派手に転けてしまったのが恥ずかしいらしく、打ち付けた額と鼻と一緒に顔を赤くしていた。


「はぁ……」


「うぐぐ……心配の一つくらいしてもよくない?」


「報酬は無くしてないか?」


「そっちじゃなくて私!」


「冗談もわからないのか?」


「……もういいし!報酬無くしてないから!」


 さっきまでのキラキラとした表情から一変して不機嫌丸出しの顔になった。


 軽く睨まれつつも手を差し伸べようとしたら戌井はパッと立ち上がり、転けたときについた埃は払った。


「んっしょ……むぅ、少し汚れちゃった」


「……怪我はなさそうだな」


 行き場のなくなった手を見つめ数秒、ポケットの中にしまいこむ。一瞬不思議そうな顔をされたが行く予定だった喫茶店へ一足先に向かっていけば後ろを慌ててついてきた。




 喫茶店にはいると緩やかな音楽とコーヒーの匂い、ドアベルがカルタ達を迎え入れた。


 静かな店内、御昼時から少し時間をずらしたからか予想通り客は少ない。店主に案内されたのは四人程はいれそうな席だった。


 メニューを決め、ほどなくして水が運ばれてくる。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


「アイスコーヒーとペペロンチーノをお願いします。あぁ、それとミルクも砂糖もいりません」


「私、アイスカフェオレとカルボナーラでお願いします」


「アイスコーヒー、アイスカフェオレ、ペペロンチーノ、カルボナーラをお一つずつ。コーヒーはミルクも砂糖もお付けしない、以上でよろしかったでしょうか?」


「はい!」


 昼食が運ばれてくるまでの間の時間は成果報告の時間となった。


「二つ終わらせた。清掃代行と薪割り代行」


「こっちは三つ。飼い犬の散歩と買い出し、荷物の移動。最初の二つが早めに終わったから三つ目いったけど腰がしんどいや……。あぁ、重たかった」


「コーヒーとカフェオレです」


「あ、どうも〜……で、なんか皆そろって書いてる額よりも多めに出してくれるんだよね」


 「あ、ちょっと苦い……。まぁ、ありがたいけどさ、ふしぎよね〜」と呑気にいってカフェオレを飲んでいる。感謝はすれども深くは気にしていないらしい。


「僕もそうだ。「若者の背を押すのも」どうたらこうたらと、一体なんなんだか……」


「ん〜……孫を可愛がる感覚なんじゃないの?まぁ、実際のところは知らないけど悪いものじゃないんだし、そこまで気にしなくて良いんじゃない?」


「……そうか」


 コーヒーを一口飲む。


 やがてパスタが運ばれてきて自然と話しは終わり、少し遅れた昼食の時間となった。


「ん〜!ここのカルボナーラ美味しい〜!」


 戌井の表情は顔には「美味しい」と書かれているようなものだったんだ。まんま顔にでている。


 カウンターの中でコップを拭いている店主は微笑ましそうな、嬉しそうな表情で戌井をみていた。


「ん……」


 僕もペペロンチーノを食べてみる。うん、悪くはない。


 ここはコーヒーも良いし、雰囲気も悪くない、当たりと行って良いだろう。今度、一人できてみるのも良いな。


「カルボナーラに牛スジは驚いたけど甘めで美味しいな、コレ。一緒に食べると余計美味しい。凄い柔らかいし、どうやってるんだろ?パンにはさんだらうれるかな……?いや、挟むにしちゃ甘いか」


 何やら永華はブツブツと次の新作のパンについて考えている。カルタは一瞬、永華を見たが過ぎに興味をコーヒーとペペロンチーノにうつした。


 パスタを完食した後、永華はデザートを頼もうとしたが金策中だと言うことを思い出したのか断念していた。その顔は非常に悔しそうだった。


 店主は微笑ましそうに笑っていたし、カルタはスンッとした真顔でコーヒーを飲んでいた。


「絶対あそこのデザート美味しいのに……。ガトーショコラ……フォンダンショコラ……レアチーズケーキ……」


「うるさい、食べたいんだったら早く金を稼いで余裕を持たせることだな」


「うぅ、篠野部が冷たい……。いつものことだけどさァ。正論だし、その予定ですけどお!」


「そうか」


 適当に返事を返してフラりと永華から離れていく。


「うぇ!?どこ行くの?」


「は?続きだが?」


「一言くらい残してこ?」


「続き行ってくる」


「あ、うん。いってらっしゃ〜い」


 返事は返さなかった。

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