31 珍しいパン
永華のドヤ顔を無視して、カルタは素直に疑問をぶつけた。
「なにしたんだ?」
「やらかしたみたいな言い方やめよう?たらこパンだよ」
「さっきの?」
「そう、さっきパン焼いてたの。あれ、たらこパンの試作と試食が目的だったんだよね。どうも、この世界も私らの世界と同様に東の島国以外じゃ魚卵食べようとする人は中々いないんだって。タコもそうだし、生卵もそう」
よくよく考えてみればタコや魚卵、生卵などの鮮度が大事なものや衛生管理がしっかりしていないと食べられないものはマーキュリー家の食卓で見たことはないのだ。
「で、たらこパンの話したら作ってみようってなったのが一週間前。海辺じゃないし特殊な注文になっちゃうから少し値が張ったけどそれだけの価値があると思われたみたいでさ、生たらこを塩ふって寝かせてパンにして、試食が今日」
「で、アイデア料として給料に色がついたと」
「そんなとこ、明太子は作り方わからから断念しちゃった。唐辛子後がけでもよかったんだけど唐辛子自体が早々出回ってはもんじゃなくてさぁ」
「そもそもなんでたらこが作れるんだ……?」
「おばあちゃん直伝で~す。漬け物や糠床もできるよ」
「渋い高校生……」
いや、祖父に所謂サバイバル技術を叩き込まれてる僕の言えることじゃないかもしれない。
「そんで、値段はちょっと高くなるけど試しに数量限定で並べて、売れ行きが良ければ継続的にお給料増えるらしいよ!夕飯時から並べる予定〜」
「朗報だな。宣伝活動、頑張ってくれ」
「篠野部もやるんだよ」
カルタが不満げに「喋るのは苦手だ」と言えば鋭く「話術は苦手じゃないっていていた」と返された。カルタは前、自分で言ったことを思い出した。
「さりげなく進めるくらいできるでしょ?例えば「新作いかがですか~」って」
「はぁ……それができたら世の中の口下手は苦労しないと思うがな」
「仕事なんだから__」
カラン、コロン。
誰かの来店を知らせるためにドアベルが鳴った。カルタと永華はドアベルの音に気がつくと口論とも言えない言い合いをすぐにやめる。
「いらっしゃいませ~」
「……」
入ってきたのはマントを羽織、フードを被った、見るからに不振な人物だった。カルタは咄嗟に羊皮紙をカウンターの下に隠し、警戒体制に入る。
「……君ら、ここで働いていたのか」
フードの下には見知った顔があった。昨日出会い、予想以上の大事に巻き込まれていた騎士。ヘラクレス・アリス。
「え?騎士?何でいるの?」
「いや、パンを買いに来たんだが……」
「バカ、パン屋に来る理由がそれ以外に何がある」
「あ、そっか。好きなの選んでね~」
予想外の来訪者に永華は困惑する。自体は解決したとは言え巻き込まれた翌日、まさか不審者スタイルで我らが店にやってくるとは思わなかったからだ。
はぁ……。警戒して損した……。
ヘラクレスは永華の言葉に軽く返事をするとトレーとトングを持って店のなかを回りだした。しばらくすると立ち止まり、二人の方へとやってくる。会計かとも思ったが、どうも違うらしい。
「……噂で、ここはどんなパンもうまいと聞いたんだが君らのオススメ、あるか?」
「オススメ?う~ん……私はメロンパンかな。上のクッキー部分はさくさくで美味しいし、甘さもちょうど言い感じで美味しいんだよね」
「クロワッサン、サイズが小さめで食べやすい」
「メロンパンにクロワッサンか。いいな。えぇっと、これとこれか」
ヒョイヒョイとトレーの上にパンを積み上げていく。トレーには軽くパンの山ができており、いったい体のどこに入るのかわからない量だ。
「あ、あのさぁ……」
「ん?どうした?」
「それ、食べきれるの?」
「食べきれるぞ。それに、食べるのは俺だけじゃあないんだ。仲の良い奴らに頼まれたのもある。今選んでいるのが自分の分だ」
「あぁ、そうゆう……。ならいいや」
「ん、あともう一つ欲しいんだがな。どれがいいか……。変り種とかないか?」
「変り種……色々あるけど殆ど売れちゃってるんだよねえ」
「残りはそぼろ煮のパン、レーズンとチーズのパンの二つだけだ」
マーキュリー・ベーカリーの変り種。それはいくつかあるものの他に無いものなだけあって人気は高く、現在は残り二つである。
「うぅん、それはそれで旨そうだが……どうしようか」
どれにしようか決めかねているらしい、うんうんとうなって視線をあっちこっちにさ迷わせている。
変り種……。そういえば僕らからすればそうでもないがたらこパンは変り種になるのではないか?いや、でもまだ店頭に並べてないものを提案するのはどうなんだろう。
「……戌井、たらこパン」
「え?あぁ、そういやあれも変り種の部類か。売って良いか聞いてくる」
「わかった」
永華が厨房へと消えていく。
「試作だが、変り種がある。店主に許可を取りに行っているから少し待っていてくれないか?」
「ん?別に良いけど、どんなものなの?」
「火を通した魚卵とバターを硬めのパンに塗ったもの」
「は?」
「なにいってんだ、こいつ」とでも言いたげな怪訝な顔をされてしまった。
騎士の反応を見て思ったが、イザベラさんもよくGOサインを出したものだ。
「き、君らは悪食なんだな……」
「故郷じゃ何らおかしなことでもなかったんだがな」
「ま、まじか。……極東の人たちはクラーケンや海のコカトリスも食べるって聞いたけど、もしや本当なのか?悪食すぎるだろ……」
なんだろう。最後の方は聞こえなかったが変なイメージを持たれた気がする。
ちなみにだが、海のコカトリスとはフグのことである。
「お待たせしました~。自家製たらこパンです!とりあえず味見ように切り分けた奴を用意したけど味見する?」
パンをのせたトレーを持った戌井が厨房から出てくる。後ろにはイザベラさんがいた。
「え!?あ、あぁ……う~ん、まぁ、卵だしなあ……」
「ふふ、私も最初はビックリしたけど、とっても美味しいんですよ。そのパン」
警戒しているのが丸見えな騎士は笑顔のイザベラの言葉に、未だ警戒しつつもパンを手に取った。
「いただく」
「どうぞ~♪」
物珍しそうに見たあと、パクリと半分ほど食べた。
「んむ、モグモグ……むっ!」
険しかった表情が一変して頬をうっすら赤くし目を見開いて、残りの半分も口の中へと消えていった。あっという間に食べ終わったヘラクレスの目はキラキラと輝いていた。
「魚卵というから警戒したがとても旨いな。プチプチした食間は好き嫌いが別れるかもしれないがバターとの相性が最高だ。しかも結構、好みの味だ」
「好みなの?そりゃよかった。これ仕入れの都合上、少し高いから買うなら気を付けてね。そんで一応、試食の分が三つあるんだけど、どうする?」
「うむむ。珍しいパン、財布に余裕あり……二つ!二つ買う!」
「まいど~♪アレルギーと通風に気を付けてね。篠野部、袋詰めよろしく」
「ん、わかった」
どうもヘラクレスの好みにぴったりだったらしい。好物を前にした幼い子供のような彼はトレーの上で山になっている分とたらこパン二斤をかった。
「うふふ、やっぱり好評ね。明日には店頭に並べましょう!それからおまけとして小さく切ったものをプレゼントしても良いわね」
永華の少し後ろでヘラクレスの反応を見ていたイザベラはルンルンと今後の予定について考えている。仕入れる生たらこの量、生たらこをたらこにするために必要な塩の量、それを買うのに必要などを計算しながら奥に引っ込んでいった。
「そういえば、あの後大丈夫だった?」
「あの後?」
「いや、チンピラ背負ってったあと騒がしかったじゃん」
そういえばそんなこともあったか。あの時は疲れていて、あれ以上の面道後とにか変わりたくない一心で心配そうな戌井に声をかけマーキュリー家まで戻ったんだった。
「あ~……いや、あれはか。俺が不審者と間違われて駐屯地に行く前にこの町の憲兵達に連行されそうになった」
「あ、やっぱり……」
「フードを脱いだら何とかなったがな。また別の意味で騒がれた」
ヘラクレスは遠い目をしている。どうも大変な目に遭ったらしい、南無阿弥陀仏。
「じゃあ、そろそろお暇させてもらう。さすがに待ってる連中に怒られかねないからな」
「パンの山抱えたままで大丈夫?落とさないでよ?」
「これくらい平気だ。ここのパン噂通りの味だったし、町に滞在してる間にまた来る」
「はーい、ありがとうございました~」
「ありがとうございました……」
フードを被ったヘラクレスは袋にはいったパンを抱え、小走りで宿のある方向へと向かっていく。
「むふふ、これからの給料が楽しみですねぇ」
「少なくとも騎士がいる間は一定数売れそうだな」
たらこパン、翌日からの売り出しとなったがヘラクレスが宣伝でもしたのか、イザベラが触れ回ったのか、夜になる頃には完売していた。
この成果に永華は笑顔でサムズアップしていた。カルタには辛辣な言葉を吐いた。
この日からヘラクレスは常連となり仲間を引き連れてくることが多々あり、とても稼げたらしい。
帰る日にはパンが食べれなくなるのが嫌だと駄々をこねていたが巨漢の騎士に回収されていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます