5 どうするべき?
「さて、君の町には薬屋はあるかい?」
「お薬屋さん?あるよ。ヨート通りのシェンちゃんとこの隣だよ!」
「……わからん」
薬屋の場所を聞いたカルタは天をあおいだ。シェンって誰だ。ヨート通りってどこだ。
ふうっと息を吐いて、顔を上げる。
「篠野部よお。ここにいる全員、道に迷って今なんだよ?道案内できるのシマシマベアーくらいなんだよ」
永華がそう言うと、なん拍か置いて「あっ」とこぼした。どうやら本気で忘れてしまっていたらしい。
今、この場にいる三人とれる行動は“遭難覚悟で進むこと”と“危ないのを覚悟でシマシマベアーが起きるのを待つこと”の二つだ。他に方法があるなら、それもいいかもしれない。
「忘れてた?」
「……危険を承知で待つか、遭難してもいいから先に進むかの二つか」
「無視すんなよ」
話を聞いたていたのに忘れていたのが恥ずかしいのか、気にくわないのかはわからないが丸っきり無視されてしまった。
そしてシマシマベアーの方に目を向けた。
「シマシマベアーさん起きるまで待つに一票」
「ナノンも!」
多数決ならこの時点で決定だろう。
ナノンの側にしゃがみこんでいた状態から立ちあがり、カルタの近くに寄って声を潜める。
「というか、どっちにしろ死ぬか生きるかの賭けでしょ。森を進んで遭難で終わり、奇跡が起きて脱出、正気のシマシマベアーさんが見つけてくれて脱出、薬のせいで狂暴なシマシマベアーさんに見つかってお陀仏。シマシマベアーさんを待って薬が抜けていることを確認して脱出、襲われてお陀仏。な?」
「君の鞄に発煙筒とか、照明弾とか入ってないのか」
「あるわけないでしょ。そんなの。あったら最初に出してるって」
改めて鞄の中のラインナップを見返しても学校で扱うものやさっきの作戦で使った醤油と音楽プレイヤー、スピーカー、イヤホン、ジッポライター、スマホ、モバイルバッテリー、折り畳み傘、その他色々という感じである。
「これでなにができるの?」
「枝や木の葉を集めれば狼煙を上げられるな。だがドラゴンに興味を持たれたら熊以前の問題だし……待ちか」
「やっぱり?」
「ああ、ここで一番の脅威はドラゴン、次が遭難すること、そして凶暴化した熊だ。ドラゴンの」
「ひぇっ」
篠野部がドラゴンについてはなそうとすると黒い毛玉がむくり起き上がり、とてつもなく情けない悲鳴がこぼれ落ちた。
「は?」
「後ろ」
「……いいか、ゆっくり下がれ。背中を見せるな、離れるな」
なんかさっきもこんなことあったような。
それは置いておいて、ジリジリを後ろへ下がっていく。そっと、音を立てないように折り畳み傘を取り出し構える。
その場の空気が重いものになり、私たちの間に緊張が走る。
シマシマベアーは状況が理解できていないのか、一度首を捻るとぐるり周囲を見渡す。私たち、いや、ナノンちゃんがいることに気がつけばまるで背後にキュウリを置かれた猫のように飛び上がったびあがった。私たちも飛び上がった。
「シマシマベアーさん?」
ナノンが小さい声で呼べば大きなシマシマベアーは体を小さくし、その場に伏せた。さながら怒られるようなことをした、幼い子供のようだった。
「シマシマベアーさん、もう大丈夫なの?」
「あ、ちょっ」
「まっ」
シマシマベアーが正気だと確信したのか、ナノンは臆することなく近付いていく。対するシマシマベアーはナノンが近付くたびにちょっとずつ後ろへ下がっていっている
「くあ」
「ほんと?怒ってない?」
「くあくあ」
「そっかあ、よかった」
「くあ、くああ」
「謝んなくていいよ、大丈夫だよ。シマシマベアーさんがやりたくてしたことじゃないんでしょ?」
止め損ねた二人は唖然とシマシマベアーとナノンの会話を、その風景を見ていた。
「……会話しているのか?」
「みたいだね?」
「なんで会話できるんだ?」
「小さい子はわりと動物と会話できるよ?」
「嘘だろ!?」
構えていた折り畳み傘を適当に鞄のなかにしまい、勢いよくこちらを向いた篠野部にさっきよりはだいぶん冷静な頭で答える。
「七歳まで神の子とかいうし、そういうものなんじゃない?」
「なんでそんなあっさりと……」
「下の子達がそうだったし」
「嘘だろ……」
驚きに固まっているカルタを放置してナノンとシマシマベアーの元へ進んでいく。
怖くないかと問われれば怖いと答えるが、叱られた子供のようにしょんぼりとしているのを見ると、どうも少し、ほんとに少し恐怖が薄れる。
それに比べ、さっきまで狂暴だった熊の近くに少女を一人というのはちょっと、すぐに引き離したいがそれをすると私が食べられそうだったでしていない。
「シマシマベアーさん大丈夫そう?」
「うん!お姉ちゃん、腰引けてるけど大丈夫?」
「ははは、まあ、ね」
そりゃね、怖いもん。前言撤回する、恐怖は薄れてなんかない。熊だよ?小さいならまだしも成獣じゃん。怖いよ。
「ぐうぐう」
「シマシマベアーさんがね、「ごめんね」だって」
「あ、うん」
それ以上はなにもいえず、相づちを打つだけとなった。
「あ、シマシマベアーさん。町まで案内してほしいの。お願いできますか?」
「ぐう」
「えへへ、ありがとうございます」
どうやら町まで案内してくれるらしい。とてもありがいたい。
「篠野部〜、いつまで固まってるんだ?案内してくれるみたいだよ」
「え?あ、ああ、わかった。なんで君そんな、ファンタジーなことに対応できるんだ??」
「なに言ってんの?深く考えずにノリで流してるにきまってんじゃん。深く考えるのは時間ができたときでいいでしょ」
「お兄さん大丈夫?」
「あ、だい、じょうぶだ。うん」
ナノンにも心配されるほどに固まるカルタはどうするべきか。「もう、放置でいい?」と考えるほどに永華は疲れていた。
ただここで置いていくとあとが大変のなのは目に見えているので置いていかない。そもそも寝覚めが悪いからしない。
「適当なのか」
「適当だよ。考えるのあと、疲れた」
「確かにその方がいいか。うん、とりあえず町だな」
「じゃあ、しゅっぱーつ!!」
「ぐう!」
シマシマベアーを先頭にナノンの住む町に向かう。シマシマベアーがいるからか、周囲の動物は遠巻きに見るだけで近寄ってこようとはしなかった。
走り回っている間にだいぶん町から離れてしまったらしく、時間がかかるとナノンちゃん経由でシマシマベアーが言っていた。
「向かってるのってナノンちゃんの住んでるところだよね。どんなところなの?」
「バイスの町っていうの」
「バイス?」
「うん!ご飯美味しくてね?それから町の人たちいい人なんだよ!」
先にご飯が来るあたり微笑ましい。
町のことを話すナノンの表情は輝いており色んなことを話してくれる。家がパン屋をしていること、近くにある図書館のこと、仲のいい友達のこと、学校のこと、親のこと。話を聞くだけでもなかなか楽しいものだ。
「それでね。お母さんの作るパンってとおっても美味しいんだよ」
「……ナノンちゃんのお母さんの作るパンって、そんなに美味しいんだ」
「パンか。いいな」
「ぐう」
とても平和な会話だ。
進むうちに、だんだんと空が水色、オレンジと変化を遂げる。
「暮れてきたな」
「暗くなってきたね。シマシマベアーさん、まだかかる?」
「ぐうう、ぐう。ぐう」
「もうちょっとだって」
この世界も日が暮れるらしい。まだ夕方程度の暗さだが、森の中と言うのもあって薄暗い。
「もう少しか〜。もう、薄暗いけど……」
「進めるだけ進めばいいんだろ。その分足元要注意だがな」
「そうだね。シマシマベアーさんが牽制になってるみたいだし、大丈夫か」
空を見上げると月、それから小さい光が砂のようにたくさん浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます