6 眩しい

ナノンと会話しつつ、シマシマベアーの先導についていくと森の置くに自然光とは別の光がうっすらと見えた。


「なにあれ?」


「赤っぽい?もしかして松明か!」


「なんで……いや、こんだけ暗くなってて子供が返ってこなかったら探しに行くか」


 さらに進んでいくと光の見える方向から、ざわめく人の声が聞こえてくる。その中からナノンを呼ぶ声も聞こえる。


「お母さんだ!」


 ナノンを呼んだのは母親だったらしい、それに反応したナノンは走りだしシマシマベアーも、それについていく。


 ナノンを追いかけ森を抜けると泣いた母親と父親に抱き締められたナノンがいた。


 シマシマベアーは一歩引いたところで見ており、町の人に与えられたのか、キャベツを丸々一玉咥えていた。


「探しにこようとしてたんだろうなあ」


「やはり、服装や装飾品を見るに文明レベルは中世ほどか。便利な生活は期待できそうにないな」


「ああ、みたいね」


 あたりを照らすのは町の人たちの持つ松明程度、懐中電灯なんてものはなかった。


「ぐう、ぐうう、ぐぐう」


「ん?ごめんね。私、君の言葉はわかんないんだ」


「ぐう」


「う〜ん、わかる?」


「人語しかわからん」


 まあ、そりゃそうだろう。そうでなきゃナノンちゃんとシマシマベアーの会話に突っ込みなんていれていないんだから。


 両親に抱き締められたナノンがなにかを話している。シマシマベアーのことか、二人のことか、さだかではないが表情からして悪いことではないようだ。


 親子感動の再開をどこか遠い目で、なにかその光景を通して見るかのように、二人は黙り込む。


「仲良さそうだね」


「ああ」


 カルタの声はさっきまでとは違う、なにか別の感情を孕んだ、少し冷たい声だった。特にそれを指摘することもなく、一瞬だけ顔をみて視線を親子に向けた。


 さて、もとの予定どおりに人里にたどり着いた。ここに来て新たに出てくるもの、それが次の問題である。その内容は衣食住である。人間がいきることに必要なことだと言うものは多いだろう。


 衣食住を安定させるのに必要なものは?金である。よって今後の目標は“金を稼ぐこと”となるだろう。


「これから先、どうする?」


「どうするもこうするも、ある程度安定した生活が送りたいのなら金稼ぎだろうな。調べものをするにも安定した場所が必要だろうし」


「だよねえ〜。となると働かなきゃ」


 世の中は世知辛いのだ。基本的に金銭のないものには慈悲をくれない、寧ろ辺りがきついところがある。


「そこのお二人さん」


 ナノンに似た顔立ち、いやナノンの方が似ていると表現すべきか。ともかく、先ほどまでナノンを抱き締め、話していた婦人が二人に声をかけた。


「先ほどの話、失礼ながら聞かせていただきました。私はイザベラ・マーキュリーと申します。ナノンの側にいるのが旦那のイルゼです。」


 二人は向き直り、イザベラにならい自己紹介をした。


「ご丁寧にありがとうございます。僕は篠野部カルタと言います」


「戌井永華です」


「お二人は東の方の出身なのですか」


「ええ、そうです。なぜお分かりに?」


「ファミリーネームとファーストネームのならびに違和感を感じましたので」


 東の方の出身というのはある意味間違いではないだろう。


 ここにきて永華はふと思い当たる。海外の一部を除き大体が苗字が後に来るのだと。


 これから名乗るときは気を付けた方が良さそうだ。


「そういうことでしたか」


「ええ。聞けばお二人、住む場所も働く宛もない様子ですね。旅をされているのですか?」


「ああ〜」


 旅?無論のこと違う。とはいえだ、推定異世界転移したと言う話なんてできやしない。どう誤魔化すべきか、そう迷っていると篠野部が一歩、踏み出した。


「事故で森のなかに放り出されてしまいまして、どこに進もうにも遭難してしまいそうで不安に思っていたらお嬢さんにあったんです」


 突先に出たにしては随分と立派な嘘である。口裏あわせはあとにして、今はカルタに任せるのが最適だろう。永華がそう判断して、カルタの隣で「そう、そう」と合図地を打った。


「それは大変でしたでしょう。娘のお礼もしたいですし、シマシマベアーに刺さっていたと言う注射器のこともお聞きしたいですし、我が家へ来ませんか?部屋ならば余っておりますから」


 いったいどここまで知られているのか、わからないがざっくりとナノンちゃんが話したんだろう。


「え?」


「は?い、いや、我々としては願ったりかなったりですがいいのですか?えたいの知れないものを家に入れても」


「確かにお二人はえたいの知れない方々でしょう。ですが、悪い方々ではないと私は判断しました。悪い人はそうやって心配しないし、娘も懐かないでしょうから」


 イザベラさんは暖かい笑顔でそういってのけた。肝の据わった人だ、女傑とはこういった人を指すのだろうか。


「私は私の判断と、娘の話を信じただけです」


「……そこまで言われちゃ断る方が野暮じゃない?」


「そうだね。では、よろしくお願いします」


「ええ、それでは案内しますね。ナノン、お父さん、返ってご飯にしましょ。皆さんも!」


 イザベラの一声で集まっていた町の人々は次々に帰路に着いていった。ナノンの頭を撫でたり、ナノン親子に声をかけたりと、ナノンがとても心配されて、大事にされていたことが察せられた。


 シマシマベアーはその場に座ると、目を閉じて寝る姿勢をとった。森の中に帰る気はないらしい。


 ナノンとナノンを肩車した父親のイルゼ、そして母親のイザベラについていくとナノンが道すがら町の説明を始めた。


「あそこがね、ユノンちゃんのおうちなの!それでね、あっちが図書館なの!」


「図書館でか…!」


「調べがいありそうだな」


「ナノン、あんまりお父さんの上で暴れないでくれ」


 ナノンの言葉に返事を返しつつ後ろから親子の姿を眺める。本当に眩しいくらい、仲のいい家族だ。


 石畳で舗装された道を案内されるがままに進んでいく。中世ヨーロッパを思わせる建築物に挟まれた道は、少しばかり坂になっている。


 案内された先はナノンの話の通りのパン屋で、想像していたよりも大きなものだった。名前は「マーキュリー・ベーカリー」と言うらしい、看板にカタカナで記されていた。


 ここでの共通語は日本語に近しいもののようだ。外国語や未知の言語でないのはとてもありがたい。


 ドアに備え付けられたベルが綺麗な音を立てて迎え入れる。店先から進みリビングらしきところに案内された椅子に座るように促される。


 人の家に招かれる頃なんて早々なかった永華はどうすればいいのかわからず、ただ椅子に座り縮こまっていた。


 チラッと隣をみれば、篠野部はなにを考えてるかわからないような表情をして大人しく椅子に座っていた。


 カルタの前にはイルゼが座り、いわゆるお誕生日席と言われる場所にナノンが座った。


 台所であろう場所から音が止んだと思えばイルゼが呼ばれ食器と料理が運ばれてきた。


「あ、あの〜」


「ん?どうかしましたか?」


「あ、いえ、その、お食事までいただいちゃっていいんですか?」


「ええ、無論ですよ。腹が減ってはなんとやらと言いますしね」


「そ、すか」


 目の前に置かれた皿には湯気の立つ、暖かそうなハンバーグがのかっていた。次に置かれた深い器には野菜とウィンナーの入ったポトフだ。


 どれもこれも食欲をそそる香りをさせ、まるで料理事態がキラキラと輝いているように見えた。


「おいしそ」


 思わず匂いにつられ呟きが漏れた。


「今日は特製のポトフとハンバーグ、サラダですよ」


 呟きを聞かれたのか微笑ましげな顔でメニューを告げられた。慌てて取り繕うとすると余計に微笑ましげな表情をされ羞恥心から愛想笑いで誤魔化すことにした。


「は、はは」


「ふふ、一杯食べてくださいね」


 あ、これ食いしん坊と思われたかも。


「お母さんのご飯美味しいんだよ!」


 そういうナノンの目はキラキラと宝石のように輝いてハンバーグに釘付けとなっており、言葉の説得力は十分なほどあった。


「子供か」


「う、うっせ」


 篠野部の言葉に余計に恥ずかしくなってきた。


 食器を並べ終え、夫婦が席に着く。


「それでは手を合わせて」


 イザベラさんの言葉に慌てて、手を合わせる、文化も日本よりらしい。


「いただきます」


 それぞれの声が家に響く。


 二人の客を向かえ、団欒の始まりである。

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