4 小さな第一町人
「さっき木から落ちてたけど……打ったところ大丈夫?」
怯える人に声をかけるとこちらを一瞥したあとそっと、足音を立てないようにこちらの方へとやってきた。
背丈はここにいる者の誰よりも低く、顔立ちも幼い。一目見た程度では小学生よりも小さい子供と判断されるだろう幼さだ。
しかも服は少し古いのが見てとれてたが大事にされているのかボロではなかった。でもこの子が着るには大きい、お下がりかな?肩から下げた鞄からは食べ物が見えかくれしている。
「あ、あのぉ」
見た目に違わず幼く、可愛らしい声だ。
永華は手慣れたように幼い“少女”の背丈に会わせるようにしゃがみこみ、目線をあわせる。
「はぁい」
「あ、あのシマシマベアーさん。寝てるの?」
「あ〜……そうだね。寝てるかな」
そう告げると少女はあからさまにホッとし、体の力が抜けたのかストンと座り込んでしまう。
それほどまでにあの熊に追いかけられることが怖かったらしい。見た目通りの年齢ならば泣いて動けなくなることの方が普通だろうに、この小さな子はとても強かだ。
ところで、シマシマベアーとはこの熊に名前になるのだろうか?どちらかといえばスコティッシュフォールドとかマンチカンとか、そう種類を分別するためのものに近い気がする。
「にしてもなんで君だけで熊に追っかけられてたの?親は?」
「あのね、お姉さん」
涙を目の縁にためた少女が永華に声をかける。
「うん?どうしたの?」
「あのね、シマシマベアーさんね。ほんとはあんなこと、しないんだよ」
「え?それってどういうこと?」
「シマシマベアー……ずいぶんと可愛らしい」
とても同感。思わず頷いた。
「シマシマベアーさん、ほんとは優しいんだよ。お荷物とか運んでくれたり、迷子になったら助けてくれるの。私が何かして怒っちゃっただけなんだよ」
「それは……」
少女の言葉に戸惑う。あの顔はまさに肉食獣の形相で、話で聞いたような振る舞いなんで想像できなかった。
偏ってしまった考えを一旦、すみに置き少女に色々聞くことにした。
「君のお名前聞いてもいいかな?お姉さんは永華っていうの。こっちの怖いお兄ちゃんはカルタお兄ちゃんだよ」
「おい」
「篠野部とか言いにくいからカルタで良いだろ。お兄ちゃん。それから怖い顔止めなよ、怖がられてるよ」
「……好きにしろ」
「言質とったり」
顔をしかめたものの幼い子供に怖がられるているという事実が心にくるのか、すぐにプイッと熊の方を向いて顔をそらした。
「お姉ちゃん達、仲良しなんだね。私ナノンっていうの」
「ん゛!?」
何をとってそんな判断をしたかはわからず、驚きで変な声が出た。篠野部も驚いているらしく、少し目を見開いていた。
「すぅ〜、ナノンちゃんって言うんだね。綺麗な響きで言い名前だね。お姉さん達にシマシマベアーさん?が怒っちゃうまでのこと教えてくれる?」
「うん、いいよ」
さっきの発言はスルーして、篠野部に目配せをする。
表情はすっかりいつも通りの無表情になっていた。相変わらず人形みたいなやつ。
ナノンちゃんの言う言葉に嘘は見えなかった。そして篠野部は正気でないと言った、あのシマシマベアーと呼ばれる熊。ああも狂暴になった理由は?正気でない理由は?どう考えてもなにかがあったのは明白、それを調べるべきだと判断した。
幸いカルタも永華と同じことを考えていたのか、すんなりと頷き熊に近づき、少し離れてたところから原因になりそうなものがないかを調べだした。
気絶してるとは言え、熊に近づくのは危ない気がするんだかなぁ……。
「じゃあ、聞かせて?」
「うん、私、今日お母さんに頼まれてちょっと遠いところに食べ物買いにいったの。帰ってたら迷っちゃって、でもね。シマシマベアーさんが見つけて町に送ってくれようとしてくれたんだよ」
「そうなの?シマシマベアーさん、町に送ろうとしてくれるなんてすごいいね」
「へへ、そうなの!あ……でもね、町につくまで半分くらいのところでね。シマシマベアーさん怒っちゃったの」
ナノンの表情がコロコロと変わる。パァッと輝くような、花のような笑顔になったかと思えば、今度はしゅんと萎れた向日葵のようにうつ向いてしまった。
「シマシマベアーさんが怒った理由、わかるかな?」
「ううん、わかんない」
ナノンちゃんは首を左右にふった。
「でも、ナノンが何かしたんだと思うの。他に理由になりそうなこともなかったから」
「ん〜、そっかぁ、でもナノンちゃんはシマシマベアーさんの嫌なことした覚えはないんでしょう?ならナノンちゃんに怒ったんじゃないと思うけどな」
「そう、かなあ」
「そうだと思うよ?」
「そうだといいなあ」
ナノンからすればいきなり理由も説明されずに激怒されたようなものだろう。それはひどく心を傷つけるはず、ならちゃんとフォローはしてあげなければ、そう思っての発言だった。
「あ、そうだ。これは聞いた方がいいかな。シマシマベアーさんが怒るちょっと前、なにか変なことなかった?」
「変なこと?」
「うん、例えば、シマシマベアーさんが怪我してたとか、見慣れないものがあったとか、そう言う感じのこと」
そう聞くとナノンちゃんは「う〜ん、う〜ん」と唸っては必死に思い出そうとしているのか、右に左にと首を捻る。その姿は必死にモスキート音を聞き取ろうとしている犬や猫を連想させた。
ナノンちゃん、なんか犬っぽいな。
微笑ましいと、その姿を眺めているとナノンは少し大きな声を出した。
「あ!あのね、森を歩いてるときにね。ピカッて光ったの」
「お、何が光ったかわかる?」
「ん〜ん、それはわかんない」
「そっか、教えてくれてありがとうね」
「うん」
森で光るなにか、そう聞くと思い浮かぶのもは水くらいだった。それ以外となれば、どれをとっても誰かが持ち込んだとしか思えない。第三者がなにかを目的として、光るものを置いたんだろう。
その目的は?狙いは?そう考えていると不意になにかが光った気がした。
慌ててそちらを向けば篠野部がなにかを持っていた。それは細長い透明な筒で、中には赤みの強いピンク色の液体が入っていた。
「あった」
目を凝らすと先の方に細い針が見える。
あれは、小さな注射器?
「推測だが光ったものはスコープかなにかじゃないか」
「スコープ?」
「ああ、レンズが光を反射したんだろう」
「……銃あたりか」
「たぶん、ざっと5分の一ってところかな。解析できるような文明レベルなら、そう言う施設に預ければ良いけど、とりあえず持ってようか」
篠野部はそう言うとポケットからハンカチを取り出し、それで注射器を包んでポケットへと入れた。
「気絶している彼だが、そのうち目が覚めて元の状態に戻るかもしれないね。この薬の効果がわからない時点で、断言なんかできないけど」
「ほんと!?」
「ああ」
「なら待ってたら起きたとき仲直りできる?」
「まあ、効果が継続でなく、なおかつ薬が抜けっきっていればできるだろうね」
ナノンちゃんはカルタの言葉を難しく感じたのか、少し不思議そうにしていた。
「ただ薬が抜けきっている保証も、持続性がない保証もない。また襲われる前に早くはなれた方がいい」
そう言われてあることをふと思いついた。今後に関わる重大なことだ。
永華とカルタは町の場所がわからず、なるべく真っ直ぐに進んで、どうにか町に辿り着こうと四苦八苦していた。そしてナノンも森で迷い、シマシマベアーによる案内で森を抜けようとしていた。
そう、三人揃って森のなかで遭難しており、唯一迷わずに森のそとへいける存在が今は脅威となっているのだ。詰みかな?
思わず頭を抱え込み、深いため息を吐いてしまう。二人にどうかしたかと声をかけられたが、これをどう伝えるべきか。
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