野球が見たかっただけなのじゃ

 明らかに善意で言っているし、イナリ自身初心者ではある。それに……「覚醒者」とやらの実力をイナリは知らない。

 もしかしたら凄いのかもしれないし、そうではないのかもしれない。

 まあ、測定時の反応を見るにイナリは自分が「凄い」部類に入ることはなんとなく分かっている。しかし、それだけで全てが判断できるとも思えない。


(すてえたすについては、まだ分からんことも多い。此処は覚醒者事情について詳しくなるためにも、話を受けるのが吉、じゃな)


 そう結論付けると、イナリは職員に頭を下げる。


「ご厚意痛み入る。ぱーてーの仲介、是非お願いしたい」

「え、あ、はい! お任せください、張り切っちゃいますね!」

「うむうむ。期待させていただく」

「では、こちらの7番の番号札をお持ちになって、あちらのマッチングサービス待合室にてお待ちください!」

「う、む。まっちんぐさあびすじゃな」


 どうにも横文字に慣れなくて困るが、いつかは慣れなければいけないと思いつつもイナリは示された場所へと移動していく。

 どうやら専用の広間になっているその場所には自分でパーティメンバーを探すためのパソコンや呼び出し番号を表示するためのモニター、休憩用の椅子などが完備されていた。

 しかし……何よりイナリの目を惹きつけたのは、おまけのように置かれたテレビだった。

 イナリの知るそれよりもずっと大きく、薄く……そして何より美しい映像。

 ダイヤルもないのにどうやって番組選択をしているのかは謎だが……思わず耳をピーンとたててにじり寄ってしまう。


「おお……おお、おお! てれびは此処まで進化しておったのか。しかしだいやるも無しに、如何様にして番組を変更しておるのか。もしやこんなところにまで覚醒者の技術が……?」


 となると、番組を変えるのは如何なる力か?

 念力ではないだろう、するともっと感応系の力だろうか?

 テレビに意思を伝え、番組の変更を為す。そういうことが可能なのであれば……なるほど、なんたる極楽か。早速試さねばならぬと、やったことはないがイナリはテレビに思念を送り始めた。


(番組よ変われー、野球が見たいのじゃ。野球ー)


 やったこともない技だが、覚醒者にできるならできるかもしれない。

 そんな根拠のない自信と共にイナリは思念を送り……かくして、テレビの画面が砂嵐になり始めた。それ自体はイナリには何の問題もないのだが、アナログ放送など知らぬ世代はガタッと立ち上がる。とどめはテレビから聞こえる音だ。


『や、きゅ、み……』

「う、うわあああああ! テレビが変になったぞ!」

「故障か!?」


 瞬間イナリはハッとしたように思念を送るのをやめ……途端にテレビの画面は元に戻る。

 やってきた職員たちがテレビを囲むのを見て「すまん……」とイナリは謝りにいくが、逆に「え?」と困惑されてしまう。


「いや、番組を変更しようと思うてのう。しかし、上手く思念が送れなんだ」

「え? いえ、え?」


 しかしそんな謝り方をされても、職員としてもわけがわからない。


「えーと……申し訳ありませんが、故障していないか調べますので失礼します」

「あ、いや……」


 職員がリモコンで番組を変え始めるとイナリは「あれで操作するんじゃったのか……」と納得するが、「問題なし」と判断した職員たちは首を傾げながらも去っていく。

 なんだかこれ以上問題を蒸し返しても仕方なしとイナリは判断するが、申し訳なさそうに耳をぺたんと伏せてテレビから離れていく。


(いかんのう、足らぬが実力なら1人で籠り鍛えればよいが、常識ばかりはそれでどうにかなるものでもなし。何しろ何が足りぬかも皆目見当がつかぬ)


 世の中が、イナリが居た頃と変わりすぎている。テレビ1つにしたところでこの有様だ。他にどんなものが変わっているかイナリには想像もつかないし、それでやらかした際に「それが常識だと知らなかった」などと言ったが最後、どうしようもない奴扱いされても文句すら言えない。そうなる前にどうにかしなければならないが……こうなると、覚醒者のイロハを先程学んだことが活きてくる。

 一般生活の常識を知らずとも、覚醒者の常識をある程度知っていればダンジョン攻略に関してはそれなりに立ち回れる。後はゆっくりと他人の振る舞いを見て学べばいい。そうしたことに関してはイナリは得意な「つもり」だった。

 勿論「つもり」であって、先程テレビをホラーなことにしたばかりなのだが。

 ひとまずは情報からと思い置かれた雑誌を手に取ってみるが、何やらサッパリ分からない。


(なになに、株取引の落とし穴。覚醒者関連びじねすの熱狂に便乗した悪質べんちゃあモドキの乱立、未公開株の裏取引と詐欺……)


「……かぶ、とはなんじゃったかの。聞き覚えはあるんじゃが……」


 まさか野菜のカブではあるまい、とイナリは首を傾げる。しかしまあよく分からないが世の中には悪の種は尽きまじ、ということではあるようだ。

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